映画評「昼顔」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1967年フランス映画 監督ルイス・ブニュエル
ネタバレあり

ジョゼフ・ケッセルが1929年に発表した有名な同名小説をルイス・ブニュエルが映像化した当時の話題作。映画化までに38年も掛っているのは、より多くの人に触れられる故に映画界の倫理観が文学界よりそれだけ遅れていたことを物語るものであろう。再鑑賞作品。

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外科医(ジャン・ソレル)の妻セブリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は不感症で夫を満足させられないことに罪悪感を覚え、不感症を直す手段となればと時間限定で勤める娼館の女になる。しかし、運の悪いことに、そこの客であるチンピラ、ピエール・クレマンティがぞっこん惚れ込んで自宅まで押し掛け、邪魔となる夫に銃撃する。夫は一命をとりとめたものの全身不随になり、彼女は甲斐甲斐しく世話をする。

本稿ではまず他人のふんどしで相撲を取って、allcinemaの解説とそれに対する投稿者の批判について考えてみることにしよう。
 「若い外科医の妻セブリーヌは、外見は貞淑な女性だったが、内面には激しい情欲が渦巻いていた。淫らな妄想に駆られたあげく、彼女は、昼間だけの娼婦として欲望に身をまかせるようになる」という解説のヒロイン像は間違いであると投稿者M氏は指摘、ほんの短いフラッシュバックから示唆されるのは彼女が少女時代にブルーカラーにいたずらをされ、反キリスト教的になっていること。それが彼女の不感症の原因であり、その解決策が時間限定の娼婦になることである、と続く。

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これは正しいと思われる一方で、解説のヒロイン像も不正確ではあるが間違いとは言い切れない。何故なら彼女の不感症は下層階級の人物では起こらず、彼女の脳裏をよぎる、夫から鞭打たれ泥を投げ付けられるマゾヒスティックな幻想が夫に対する罪悪感の反映のみならず、彼女の内部において形成された異常性欲そのものでもあると解釈することを否定しきれないからである。
 マノエル・デ・オリヴェイラは彼女のマゾヒズムを「(夫に対する)サディズムを隠す仮面」と、その後日談を扱った映画「夜顔」で年老いた知人ユッソン(ミシェル・ピッコリ)に言わせているが、その趣旨が僕にはよく理解できる。

つまり、ブニュエルがこの上流婦人の心的屈折をシニカルに見ていることを忘れてはならず、ただ彼女が夫を満足させたいが故に娼婦になったという、理路整然としているがストレートすぎる解釈も面白くないと言わざるを得ない。
 一方、「内面には激しい情欲が渦巻いていた」ことは認められていても、「娼婦として欲望に身をまかせるようになる」という解説の文言は一面しか表現しておらず、余りに舌足らずである。

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幻想が多い作品である。既に述べた印象的な被虐シーンが代表的なもので、途中の死体プレイも紛らわしい。彼女が娼婦になった後なので現実と考えたほうが話として繋がりやすいが、いずれにせよ、相手が貴族でありさほど性的なものではないと考えると、ブニュエルの反上流階級の立場等示唆するところが多い。
 幕切れで全身不随になった夫が突然起き上がる。ストレートに考えれば、これは幻想である。しかし、彼女の嗜好を考え併せた時彼の負傷するまでのお話が全て幻想で、立ち上がる彼が現実なのではないかとひねくれて見るのもブニュエル作品だけに面白いような気がする。

カトリーヌ・ドヌーブの美しさが圧巻。

この記事へのコメント

2008年10月26日 23:06
WOWOWで「昼顔」を放映していたので、オカピーさんのレビューに登場するのを期待していました!

ブニュエルはこの作品と「哀しみのトリスターナ」が特に好きです。
20歳くらいの時に、これまたやっぱりNHK-BSのノーカット字幕・名作特集みたいなくくりで放映された時に観ました。
ストーリーはまったく違うのですが、どことなく三島の小説「美徳のよろめき」を連想する雰囲気があり、しかもシュールなミュージッククリップみたいな(いい意味で)支離滅裂な映像がかなりストライクでした。
「官能の裏側」がテーマの一つにあると思うのですが、妙なエロティシズムはまったく感じられず、むしろ寓話的で滑稽な印象さえ与えて、それでいて女性はどこまでも美しく撮られている・・・というところが面白いなぁと思いました。
この監督はなんとなく視点が画家的ですね。
オカピー
2008年10月27日 02:07
RAYさん、こんばんは。

遠い昔に二回観たので「夜顔」の放映がなければ見なかったかもしれません。危なかったですね(笑)。
「哀しみのトリスターナ」も以前観ていますが、結構「昼顔」と出演者等でこんがらがっていました。あははは。

この作品は言わば二重構造になっていて、貞淑な顔をした夫の為に犠牲になると同時に夫をいじめる為に娼婦になる。これが一つの層を成し、激情を内面に秘めた上流女性のお話という表層的な理解と、夫の為に犠牲になる妻の心理を追う作品という深層的な理解が可能。

ところが、全体が幻想であったとするともっと大きな層ができて、単に内側にどろどろした思いを持った上流女性の話となります。

>寓話的で滑稽
そうですね。
シリアスなように見えて、ブニュエル爺さん、観客をからかっているのかもしれません。最後の場面を見るとそんな感じが強まります。

>視点が画家的
空間把握が独特な感じがしますが、そういうことですか?
2008年10月29日 00:37
こんばんは。たびたびお邪魔します。

>空間把握が独特な感じがしますが、そういうことですか?

それもあるのですが、どちらかというと「画作り」そのもののことを指して言ってみました。
つまり、妄想シーンでの「尋常でないほどキレイなドヌーヴが、汚い泥まみれになる図」とか、絵を描く男性には、こういうシチュエーションでこういう図の絵を描く人がいるなぁ・・・と思ったからです。
うまく言えないのですが、「キレイなものをただキレイに描く」ことよりも、創作の対象(モチーフ)をヒネった形で再構築するのを好む人が、絵を描く人には多く、ブニュエルも同じような印象を受けたからです。
オカピー
2008年10月29日 01:13
RAYさん、こんばんは。

>「画作り」
な~るほど。
昔、色々幅広く読んでいた頃、そういう画家を主人公にしたエロ小説を読んだことがありますよ。
いや、あの作者は本作に影響されたのかも。時代的に少し後くらいだし。

ブニュエルが画家的だとしたら、若い時にダリと一緒に仕事をしたからかもしれませんね。

話が変わりますが、ドヌーブは清楚すぎてミスキャスト、というとんちんかんなコメントを読みましたよ。外面が清楚でないと成立しないお話なんですけどね。
2008年11月05日 07:55
おはようございます。
「夜顔」を合わせてみようと思いつつ、まだ達成できていません・・・
このままでは日が暮れてしまいますね(苦笑)
昼顔は単体で見た時、どこまでが妄想でどこまでが現実かっていうのがよくわからなくて掴みきれずにいつも鑑賞してしまいます。
でもわざと曖昧にしているのですよね。
ピコリ演じるユッソンだけが彼女の本質を見抜いてる。
彼女の中ではどれもが真実なんちゃって!
初めて客をとって「どうだった?」って聞かれて「最高だった!」って答えるドヌーヴ様。セブリーヌは滑稽だけど、美しい。
忍びの術、ありがとうございました。
オカピー
2008年11月06日 02:15
しゅべる&こぼるさん、こんばんは。

>「夜顔」
も一筋縄では行かないかもですよ(笑)。
オリヴェイラ流に「昼顔」を解釈している部分もあるのですが、解説編というわけでもないので。
短いので「えいやっ」でご覧になっては如何ですか?

>わざと曖昧
勿論そうでしょうね。
恐らく原作では、ごくストレートにセブリーヌは外面と内面の違う女性であるというお話として描かれていると思われます。
いつか読まないといけないなあ。

>ユッソン
その彼らしさは「夜顔」でも出ているような気がします。

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