映画評「炎上」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1958年日本映画 監督・市川崑
ネタバレあり
1950年に起きた金閣寺放火事件を元に書かれた三島由紀夫の小説「金閣寺」を和田夏十が脚色、市川崑が映像化した秀作である。映画では聚閣寺と名称を変えられている。
聚閣舎利殿の美しさに傾倒していた父親(浜村純)が亡くなって息子の吾市(市川雷蔵)が聚閣寺で修行することになる。住職(中村鴈治郎)と父親が親友だったからだが、少年は吃音者なので自閉的になっている。住職はそうしたことを無視して目に掛け、また修行僧の一人も親しくしてくれるが、親友は帰郷した際に事故死してしまう。
戦争が終って社会の様相が変わると寺にも変化が起き、住職は経営的手腕を発揮、芸者を囲うようになる。大学に進学していた吾市が米兵と戯れていた妊娠中の女を流産させるヘマをやり、それを速やかに報告できなかったことで住職の不信を買うが、足の悪い同級生・戸刈(仲代達矢)に吹き込まれ、住職の本性を確かるべく厭がらせをして以来完全に見放される。粋がっている戸刈も惨めな正体を晒す。
といった具合に彼が完全に孤立化していく過程を、丹念に心理描写を織り混ぜて、緊密度高く綴る市川崑の手腕が素晴らしい。相当どろどろした物語であるが、市川演出が持ち味の乾いたタッチで進めるので、必要以上に湿っぽく重くならないのが良い。
やがて自殺をすることも出来ない彼が聚閣への憧憬を保持しようと、周囲の俗物たちがその本来の美を貶めている聚閣を焼く決心をする。吃音を媒介として彼の内面が屈折していった結果がこの悲劇である。
焼き落ちた聚閣の残骸に幻滅を覚えるだけというのが彼の辿り着いた心境で、父親(へ)の思いと同質化していた聚閣の美が彼の心中で消滅した時彼の存在理由も消える。それが逮捕され護送される列車から飛び降りて死ぬ理由である。
物語を通して主人公と同級生の劣等感、住職や信欣三演ずる副司(ふうす)に見る偽善といった人間の弱くて醜い部分が浮かび上がる構成も絶品。
緊密度の高さは名人・宮川一夫の抜群の撮影テクニックによるモノクロ映像の貢献度が高く、燃え上がる聚閣など神がかり的。黛敏郎の前衛的な音楽も見事にマッチしている。
実は本作を最初に観たのは30年近く前のオールナイトで、子供時代に観た「眠狂四郎」シリーズの妖艶な市川雷蔵しか知らなかった僕は本作における彼の一見地味な風貌に驚いたものだが、その地味な風貌に物凄い内面演技が秘められ鬼気迫る。
1958年日本映画 監督・市川崑
ネタバレあり
1950年に起きた金閣寺放火事件を元に書かれた三島由紀夫の小説「金閣寺」を和田夏十が脚色、市川崑が映像化した秀作である。映画では聚閣寺と名称を変えられている。
聚閣舎利殿の美しさに傾倒していた父親(浜村純)が亡くなって息子の吾市(市川雷蔵)が聚閣寺で修行することになる。住職(中村鴈治郎)と父親が親友だったからだが、少年は吃音者なので自閉的になっている。住職はそうしたことを無視して目に掛け、また修行僧の一人も親しくしてくれるが、親友は帰郷した際に事故死してしまう。
戦争が終って社会の様相が変わると寺にも変化が起き、住職は経営的手腕を発揮、芸者を囲うようになる。大学に進学していた吾市が米兵と戯れていた妊娠中の女を流産させるヘマをやり、それを速やかに報告できなかったことで住職の不信を買うが、足の悪い同級生・戸刈(仲代達矢)に吹き込まれ、住職の本性を確かるべく厭がらせをして以来完全に見放される。粋がっている戸刈も惨めな正体を晒す。
といった具合に彼が完全に孤立化していく過程を、丹念に心理描写を織り混ぜて、緊密度高く綴る市川崑の手腕が素晴らしい。相当どろどろした物語であるが、市川演出が持ち味の乾いたタッチで進めるので、必要以上に湿っぽく重くならないのが良い。
やがて自殺をすることも出来ない彼が聚閣への憧憬を保持しようと、周囲の俗物たちがその本来の美を貶めている聚閣を焼く決心をする。吃音を媒介として彼の内面が屈折していった結果がこの悲劇である。
焼き落ちた聚閣の残骸に幻滅を覚えるだけというのが彼の辿り着いた心境で、父親(へ)の思いと同質化していた聚閣の美が彼の心中で消滅した時彼の存在理由も消える。それが逮捕され護送される列車から飛び降りて死ぬ理由である。
物語を通して主人公と同級生の劣等感、住職や信欣三演ずる副司(ふうす)に見る偽善といった人間の弱くて醜い部分が浮かび上がる構成も絶品。
緊密度の高さは名人・宮川一夫の抜群の撮影テクニックによるモノクロ映像の貢献度が高く、燃え上がる聚閣など神がかり的。黛敏郎の前衛的な音楽も見事にマッチしている。
実は本作を最初に観たのは30年近く前のオールナイトで、子供時代に観た「眠狂四郎」シリーズの妖艶な市川雷蔵しか知らなかった僕は本作における彼の一見地味な風貌に驚いたものだが、その地味な風貌に物凄い内面演技が秘められ鬼気迫る。
この記事へのコメント
>「眠狂四郎」シリーズの妖艶な市川雷蔵しか知らなかった僕は本作における彼の一見地味な風貌に驚いたものだが、その地味な風貌に物凄い内面演技が秘められ鬼気迫る。
全く!市川雷蔵といえば私の記憶はニヒルな眠狂四郎っていうイメージが強くって、本作をみて、立っている姿に、どこにも染まれない悲しい存在感は、彼ならではのものだろうと思いました。彼って決して華やかな顔立ちではないんですよね。むしろはかなげな顔立ちをしている。監督特集で本作を観て、市川雷蔵を役者として凄いなって思い、感想をあげたものをTBしますね。この役の市川雷蔵をみて三島由紀夫が絶賛したとか。
>TB貼り逃げ
いつかはコメントしにいらっしゃると期待しておりました。
これで安心して眠れます(笑)。
>眠狂四郎
ニヒルで金髪で(笑)妖艶で・・・恰好良い姿ばかりが脳裏に焼き付いていましたから、映画館で観た時は「同一人物か!」と思いましたよ。
しかし、あの格好良さは彼の深い内面演技から来ていたのだと思うと、やはり稀有な役者なのでした。
>三島由紀夫が絶賛
さもありなん。
個人的には、「金閣寺」と「仮面の告白」が彼の小説では好きです。
「木枯し紋次郎」と言えば市川崑監督だからです。
>彼が完全に孤立化していく過程を、丹念に心理描写を織り混ぜて、緊密度高く綴る
さすが市川崑監督です。そして脚本が奥様の和田夏十さん。名コンビです。
「眠狂四郎」や「忍びの者」シリーズとは全く違うキャラを市川雷蔵がうまく演じていました。
>勝新が格好良すぎるんです(笑)
紋次郎は、殺陣の最中にふらついて転んだり、刀を落としてしまう事もあります。それが「本当らしい」感じでいいんですよ(笑)。
>バート・ケネディ監督
ラクエル・ウェルチ主演「女ガンマン 皆殺しのメロディ」も中々面白かったです。悪役のアーネスト・ボーグナインがすごくいいです!
>「木枯し紋次郎」と言えば市川崑監督だからです。
なるほど。市川監督が映画以外に可能性を模索していた頃ですね。
>さすが市川崑監督です。そして脚本が奥様の和田夏十さん。名コンビ
実は先月三島由紀夫の「金閣寺」を読み直してみたのですが、うまく脚色していると思いました。
>紋次郎は、殺陣の最中にふらついて転んだり、刀を落としてしまう
実際の闘いではそんな感じだったでしょうねえ^^
>「女ガンマン 皆殺しのメロディ」
70年代初めにケネディの親父(笑)が人気の衰えてきたマカロニ・ウェスタンを意識したようなお話を英国で撮ったところが映画史的に面白いと思いましたが、悪役をコミカルに扱い過ぎたのは失敗でしょう。何となく可笑しい人が殺されると、ざまあみろと思いにくい。
タランティーノ「キル・ビル」の元ネタの一つらしいですね。
僕は大学4年の秋に大失恋。その気持ちを癒す為に随分読書をしました。「金閣寺」もその一つです。吃音者や足が悪い人の事を描く。それが却って三島の優しさを感じました。若い頃に華奢な体にコンプレックスを持っていた三島。
>何となく可笑しい人が殺されると、ざまあみろと思いにくい。
なるほど!やっぱり悪役はどこまでも憎たらしい方がいいですね。昭和の時代劇の悪役がまさにそうです。
>タランティーノ「キル・ビル」の元ネタの一つ
女性が色々と復讐をしていく・・・。
>ケネディの親父
評価が低い「続・荒野の七人」。僕は割と好きです。ペキンパー作品の常連ウォーレン・オーツ(悪人面)が女好きで短気。仲間と口喧嘩にもなる。
第1作でマックィーンが演じたヴィンを第2作ではロバート・フラーが演じるけどちょっと弱々しい感じ。役者さんの個性をうまく使っています。
>
>若い頃に華奢な体にコンプレックスを持っていた三島。
自伝的な小説「仮面の告白」を読むとよく解りるのですが、そのコンプレックスが、肉体的にがっちりした人間の死や滅びを求めさせていたようです。だから、彼は軍人を崇める。何故なら、彼らは死に近い存在だから。非常に屈折した心理が、それが彼をして男性に傾倒させていくんですね。
「金閣寺」放火事件は、そんな彼の為に起きたような事件だったように思います。犯人が彼に書かせたくて事件を起こしたと言いたくなる程です。
>評価が低い「続・荒野の七人」。僕は割と好きです。
さらにその後の二作よりは良いと思います。と言いつつ、何十年か前に見て以来どれも見ていないんですけどね^^;
全部保存しているあるので、いずれ見ます。
僕は「仮面の告白」は途中で読むのをやめてしまいました。内容があまりわからないまま。あの小説は三島のコンプレックスや男性の傾倒とか色々あったんですね。教えて下さってありがとうございます。
僕が最後まで読んだのは「女神」でした。理想の女性美を追い求め、自分の娘を美の化身にしようと教育する父親。
>全部保存しているあるので、いずれ見ます。
ご意見をお待ちしております。
>「木枯し紋次郎」
相変わらず最近僕は、はまっています。中山道の大井宿の事などいろいろ勉強になります。今まで知らなかった事を知ると嬉しいです。
>僕は「仮面の告白」は途中で読むのをやめてしまいました。
どぎつい小説ですから読む人を選ぶかもしれませんが、高校の時に最初に読んだ三島がこれで、非常に面白く、続いて「金閣寺」を読み、これも興味深かった為、他の作品にも手を出しましたが、「仮面の告白」のインパクトがとにかく凄かった。
今年この二作を同じ順番で読みました。やはり同じように面白かったですね。高校の時には感じ取れなかった両作品に通底するところが今回は感じ取れたように思います。
>理想の女性美を追い求め、自分の娘を美の化身にしようと教育する父親
ふーむ、「ピグマリオン」(「マイ・フェア・レディ」の原作)のヴァリエーションみたいな話ですね。
この頃の三島は正統的な父親像(父親らしい父親)に相当反発を覚えていたらしく、「午後の曳航」という作品では、母親と再婚した元船乗りを、秀才を気取る連中の一人として殺します(死ぬところまでは描かれませんが)。この父親は一見非正統的な父親に見えますが、果して?
>>「木枯し紋次郎」
>相変わらず最近僕は、はまっています。中山道の大井宿
対象を絞って深くというのも良いですね。
僕みたいに何でも手を出すと碌なことがない。好き嫌いが少ないから、一つのところに留まれないのは、一種の悪癖デス。
中山道と縁のある小都市に住んでおります。ちょいと碓氷峠を超えると長野県です。避暑地で有名な軽井沢は庭みたいなものですね(ちと大袈裟)。
>ちょいと碓氷峠を超えると長野県です。
中山道のロマンを感じます。
>対象を絞って深く
昨日見た新・座頭市。片足が不自由な女性(20代後半)と座頭市の淡い恋。切なかったです。
>焼き落ちた聚閣の残骸に幻滅を覚える
コンプレックスとは無縁の人ではわからない心境でしょう。子供の頃からずっと周囲から煽てられて育った人は僕みたいなタイプの男の気持ちはわからない。僕をふった女性がそうでした(苦笑)。
>中山道のロマンを感じます。
利根川の大きな支流に碓氷川(うすいがわ)というのがあり、そのさらに支流を遡って水野湧き出ているところまで行ったことがあります。小学校の郷土部の時でしたね。そこから少し歩くと軽井沢です。
>煽てられて育った人は僕みたいなタイプの男の気持ちはわからない。
それで、「金閣寺」の若者たちへの共感というか、三島の彼らの扱いに親近感を覚えたわけですね。
僕もごく軽い吃りがあり、異様に緊張したり、興奮すると上手く話せないことがあります。だから、僕にとっては、程よい緊張が一番良いんですね。そこに多少コンプレックスがあったかな。
しかし、僕くらいの吃りは想像以上に多く、僕の同僚は皆多かれ少なかれ、吃っていました。それぞれタイプが違うのが面白かった。
>碓氷川(うすいがわ)
長野県と群馬県の境にある高い山から高崎市に流れていくんですね。
昨日見た「木枯し紋次郎」では幸手宿から矢板宿まで歩く。その途中で舟に乗る場面が出て来ました。
>軽い吃りがあり、異様に緊張したり、興奮すると上手く話せない
僕も同じです。そして、それにつられて相手も吃ってしまう場合があります。その人は普段は吃らないのに・・・(苦笑)。
1970年代は映画もドラマも暗いものが多いですが、僕は好きです。むしろ1980年代前半のように妙に明るく振る舞おうとした時代の方が嫌ですね(笑)。
>住職(中村鴈治郎)
この作品では真面目ですが、「破戒」(1962年版)では女狂いの住職を演じていました。
>チャールズ皇太子、有名なお笑い芸人、現役のプロ野球選手が感染。
>驚いています。
英国ジョンソン首相も感染を公表しましたね。やれやれ。
有名人が感染すると、一般人の危機意識が強くなる効果があると思います。
>長野県と群馬県の境にある高い山から高崎市に流れていくんですね。
日本の古い映画によく出て来る浅間山があります。この周辺の色々な支流が集まって碓氷川になり、高崎まで流れ、烏川と合流して利根川になります。
>昨日見た「木枯し紋次郎」では幸手宿から矢板宿まで歩く。
>その途中で舟に乗る場面が出て来ました。
結構歩きますねえ。埼玉から栃木北部でしょう?
舟も良いですね。
>>住職(中村鴈治郎)
中村雁治郎はあくの強い役がお得意で、主役の悪役のような役を得意としていましたね。悪役は通常主役にならないわけですが、そういう珍しい役をこなせる希少な役者でしたね。
>英国ジョンソン首相も感染を公表
検索すると皆がますます不安になるような記事の書き方が多いです。
>浅間山
天明3年(1783年)に噴火。その後、大飢饉を引き起こす。日本人の約1%が餓死。その時の将軍は徳川家治(十代)。そして老中はご存じ田沼意次!
>舟も良いですね。
歩かずに済みます。川下りの舟。上流に戻すのは大変だったそうですね。
>中村雁治郎はあくの強い役がお得意
「鍵」(1959年。市川崑監督作品)の古美術鑑定家役も面白かったです。
>検索すると皆がますます不安になるような記事の書き方が多いです。
良し悪しですよね。
余り恐れずに行動をするのも問題ですし、恐れすぎるのも問題。
日本の場合は、一月・二月に過剰な反応をし、感染者が増えて来た今頃になって気が緩んでました。それで、東京都知事があのような発表をしたのでしょう。
>>浅間山
>天明3年(1783年)に噴火。
鬼押出しができた出来事ですね。嫁と義母の死体が出て来て、涙を誘われましたね。嫁は自分だけが助かろうとせず、背負ったまま亡くなったようです。
その190年後の1972年~73年に結構大きな噴火があり、直後に集めたその降灰(砂)を30年間ほど保管していました。僕がいない間もそれを取っておいてくれたわが両親は偉かったです。
>>中村雁治郎
>「鍵」(1959年。市川崑監督作品)の古美術鑑定家役も面白かったです。
こういうのはお手の物でしたね。
井原西鶴を映画化した「大阪物語」では、物凄い吝嗇家を演じて厭らしさが良く出ていましたねえ。ケチが募って最後には狂気に陥ってしまう。
>鬼押出し
この言葉は初めて知りました。画像を見ましたが、やっぱり凄いです。
そして村の再編成の為に妻を失った夫と夫を失った妻を夫婦とし、子供を失った親と親を失った子供を結びつけたんですね。熱泥流に埋まった土地の上に再び区画が組まれ、過去の財産の多寡にかかわらず、全てのものに平等に土地が分け与えられた。まさに復興。
>僕がいない間もそれを取っておいてくれたわが両親
良いお父さん、お母さんですね。
>井原西鶴を映画化した「大阪物語」
これはまだ見ていません。そのうちに・・・(こればかり!)。
中村雁治郎が京マチ子と共演した映画「浮草」(小津安二郎監督)も良かったです。
>>鬼押出し
>この言葉は初めて知りました。画像を見ましたが、やっぱり凄いです。
関東甲信越の人にはかなり有名ですし、僕にはほぼ地元。十数年前に最後に行った時は霧が凄かったなあ。
昨年「ブラタモリ」に出てきて、感慨深いものを覚えましたよ。
>中村雁治郎
>京マチ子と共演した映画「浮草」(小津安二郎監督)
滋味あふれる作品でしたねえ。小津の作品ですから、当然悪役ではないですが、旅芸人のあくの強さをよく出していましたね。