映画評「レミーのおいしいレストラン」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2006年アメリカ映画 監督ブラッド・バード
ネタバレあり
ディズニー・アニメは1970年代くらいに発想的に行き詰ってその後新味のあるアニメを生み出せていないが、ディズニーが配給を引き受けているピクサーは着想が新鮮で抜群である。しかし、心底感心したのは本作が初めて。
映像でテーマを見事に表現していた「Mr.インクレディブル」のブラッド・バードの次作だが、簡潔な表現をすっかり忘れてしまった実写映画作家に見習って貰いたい秀作である。
人間の料理に精通しているねずみのレミーは、名シェフたる故グストーの幻影に導かれてパリのレストラン”グストー”に辿り着く。そこで新入りの雑用係であるリングイニが店のスープを台無しにするのを見かけて慌てて直す。これが客に受けたので現シェフのスキナーはそれを作ったと思われたリングイニを料理係に仕方なく格上げ、リングイニとレミーのコンビはグストーの残したレシピとは違う料理を出してさらに評判を得るが、奢る彼と縁の下の力持ちのレミーの心が乖離した為、厳しい料理評論家イーゴの品評に対して大ピンチを迎える。
チャップリンと比較する人もいるが、僕にはフランク・キャプラの世界の再現に見える。キャプラの理想主義的ヒューマニズムは1990年頃から復活してきて、傑作「オペラ・ハット」のリメイク「Mr.ディーズ」なんてのもあったのが、現在を舞台にすると調子が良すぎてもう一つ馴染まない。
では、本作が僕を感心させたのは何であろうか。常識を破りつつキャプラ流の定石を上手く活用したことである。具体的に言えば、不潔の象徴であろうネズミを厨房の主人公にするという逆転の発想で我々の目を引き、悪役の定石的扱いで我々をホッとさせる、その鮮やかさである。
レミーの田舎料理で人間性を取り戻したイーゴが営業停止になる店を推したことで廃業に追い込まれるもレミーがシェフを務めるレストランに投資して大成功というのは正にキャプラ的な人間味溢れる展開。もう一方の悪役スキナーはひどい目に遭いながらも保健所職員と協力して“グストー”を営業停止に追い込むことに成功、登場する人物が全員それなりにハッピーになるのはキャプラより楽観的なくらい。
レミーは「素晴らしき哉、人生!」の苦悩するジェームズ・スチュワートみたいなもので、人間VSネズミの関係で苦悩するうちに自分のいるべき場所を見出す。ネズミの家族主義が最後に効果を発揮する終盤の展開も一度分散した者が一致協力するという定石を上手く活用して大いに宜しい。リングイニはキャプラ作品でいつも主人公をかき乱すジーン・アーサーの役目だが、これまた自分に適した場所に気付かされるわけで、映画は"Anyone can cook."をキーワードに「人間は夫々の可能性を追い求めるべきだ」と主張するのである。
イーゴの最後の言葉はまがりなりに映画を語る立場の者として頷くばかり。座右の銘にしたい。
「平凡である」とする批評より、平凡な作品の方に価値がある。正にその通り。
2006年アメリカ映画 監督ブラッド・バード
ネタバレあり
ディズニー・アニメは1970年代くらいに発想的に行き詰ってその後新味のあるアニメを生み出せていないが、ディズニーが配給を引き受けているピクサーは着想が新鮮で抜群である。しかし、心底感心したのは本作が初めて。
映像でテーマを見事に表現していた「Mr.インクレディブル」のブラッド・バードの次作だが、簡潔な表現をすっかり忘れてしまった実写映画作家に見習って貰いたい秀作である。
人間の料理に精通しているねずみのレミーは、名シェフたる故グストーの幻影に導かれてパリのレストラン”グストー”に辿り着く。そこで新入りの雑用係であるリングイニが店のスープを台無しにするのを見かけて慌てて直す。これが客に受けたので現シェフのスキナーはそれを作ったと思われたリングイニを料理係に仕方なく格上げ、リングイニとレミーのコンビはグストーの残したレシピとは違う料理を出してさらに評判を得るが、奢る彼と縁の下の力持ちのレミーの心が乖離した為、厳しい料理評論家イーゴの品評に対して大ピンチを迎える。
チャップリンと比較する人もいるが、僕にはフランク・キャプラの世界の再現に見える。キャプラの理想主義的ヒューマニズムは1990年頃から復活してきて、傑作「オペラ・ハット」のリメイク「Mr.ディーズ」なんてのもあったのが、現在を舞台にすると調子が良すぎてもう一つ馴染まない。
では、本作が僕を感心させたのは何であろうか。常識を破りつつキャプラ流の定石を上手く活用したことである。具体的に言えば、不潔の象徴であろうネズミを厨房の主人公にするという逆転の発想で我々の目を引き、悪役の定石的扱いで我々をホッとさせる、その鮮やかさである。
レミーの田舎料理で人間性を取り戻したイーゴが営業停止になる店を推したことで廃業に追い込まれるもレミーがシェフを務めるレストランに投資して大成功というのは正にキャプラ的な人間味溢れる展開。もう一方の悪役スキナーはひどい目に遭いながらも保健所職員と協力して“グストー”を営業停止に追い込むことに成功、登場する人物が全員それなりにハッピーになるのはキャプラより楽観的なくらい。
レミーは「素晴らしき哉、人生!」の苦悩するジェームズ・スチュワートみたいなもので、人間VSネズミの関係で苦悩するうちに自分のいるべき場所を見出す。ネズミの家族主義が最後に効果を発揮する終盤の展開も一度分散した者が一致協力するという定石を上手く活用して大いに宜しい。リングイニはキャプラ作品でいつも主人公をかき乱すジーン・アーサーの役目だが、これまた自分に適した場所に気付かされるわけで、映画は"Anyone can cook."をキーワードに「人間は夫々の可能性を追い求めるべきだ」と主張するのである。
イーゴの最後の言葉はまがりなりに映画を語る立場の者として頷くばかり。座右の銘にしたい。
「平凡である」とする批評より、平凡な作品の方に価値がある。正にその通り。
この記事へのコメント
最初は全然期待せずに見たんですが、とても面白くて、いいストーリーでしたね。
ネズミがレストランで働くとか、料理を作るとか、かなり意表をついた組み合わせで、下手をすると観客に気味悪がられてしまうと思うのですが、そこをあえてやった所がスゴイなーと思います。
アニメだからこそ、なのでしょうけど・・・。
この作品、もっと評価されてもいいと思うんですけどねー。
ピクサーの作品は好きなんですが、この映画は
オモチャや魚や車が喋る、今までの作品とは違い
少し不安を感じましたが、杞憂に終わりました。
やっぱりピクサーは、大人の鑑賞に耐えうる
作品を作ってくれますね。
>アニメだからこそ
それはあるでしょうね。
実写ならネズミはCGで書きあげることになり、それでは結局アニメと変わらないですし、どちらにしても実写では受け付けられない物語でした。
その一方、半ば擬人化もしているわけで、ましてアニメなのだから余りネズミの<不潔さ>を気にして観るのも首を傾げるところがあります。そんなことを言ったらミッキーマウスはどうなる!(笑)
>この作品、もっと評価されてもいいと思うんですけどねー。
やはり皆さん、ネズミを気にし過ぎているんでしょう。
映画として<何をやっているか>についてもっと見た方が良いと思うなあ。
アニメどころか、21世紀に作られたアメリカのメジャー映画の中でトップクラスの出来栄えではないかと感心しましたねえ。
現在、実写映画の作家連中は時系列を操作したり、どんでん返しに注目させようとしたり、ナレーションに頼ったりする結果、無駄な表現が目立ち、見かけは立派でも案外大したことのない作品が多いと思います。
その点本作は表現が簡潔で無駄がなくて素晴らしいですね。
CGの質に関しては今さらでしょう。
オカピーさんと同じく、私も9点献上です。
とても素直で分かりやすいストーリーでありながら、沢木耕太郎的な表現をすれば「久しぶりに上出来な”映画の時間”を与えてくれた」と言えるような、良い作品でしたネ。
キャラ作りが非常に素晴らしい。ある意味、ジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」なんかにも通じる気がしました。
善玉、悪玉の明確な設定、それでいて悪玉にも憎めない要素あったりするところなど。
素直な映画ってやっぱりいいですネ。
この映画、好きなんですが元がアニメなので、イラストにできないので、弊サイトでは紹介できないのが残念です!
>上出来な“映画の時間”
クラシックなスタイルの映画を見るとそういう印象を覚えることが多いですね。昔の映画なら何本かに1本そういう感想を持てたのにな。
現在は、作家が観客の止(とど)まるところのない刺激を満足しようとする余り、映画が映画である理由を忘れて、その場限りのアトラクションに近づいていますね。これでは“映画の時間”はまず味わえない。
>悪玉
彼等の扱いも二種類あって、方や人生の真実に気づいて成長し、方や悪玉のまま。それでも彼らなりの正義は通る。この辺のバランスも上手いと思いましたね。
>アニメなので、イラストにできない
RAYさんのブログならではの悩みですね。
Simple is best の見本のような作品でした。
ラストの評論家の言葉は、映画を作る者、見る者、皆へのメッセージなんでしょうね。
アメリカのアニメはそもそもシンプルなんですが、ピクサー以外は説教臭くそれを言葉で説明する傾向があって好かないですし、ディズニーに至っては70年前に自ら築いた手法から抜け出せず、お粗末な限り。
そこへピクサー、特にこのブラッド・バードの簡潔さは圧巻ですよ。感心しまくりです。^^
>評論家の言葉
料理ではなく、映画を観る者へのコメントですね。特に映画評論家へのね。そう言えば、ウッディー・アレンも「さよなら、さよならハリウッド」の最後でちょっと映画評論家を皮肉っていました。
なるほど、フランク・キャプラの精神を汲んでいるのか~。
レミーがジェームス・スチュワートか、いいですね~~。
これは劇場で観て、すごく感銘を受けました。
既成概念を打破しよう!というあのネズミごっちゃりシーン、
あそこで打破できるか否かで評価がわかれるんですよね。
もちろん子ども達は汚いなとど言わず、「すげー、かっこいい!」と思ったようですね。
わたし結構イーゴがお気に入りです。(笑)
スピンオフがあったら観たいな~。
ゲーリーじいさんとチェスさせたい!
これはアニメと侮るなかれの作品で、私も何気にさほど期待せずに観にいったのですが、良かったなって、しみじみ思いながら劇場を後にしました。
>キャプラ
僕が勝手に思っているだけですが、少なくともチャップリンじゃないでしょう。^^
>高評価
やはりキャプラ精神が現代感覚で蘇ったのが嬉しくて。キャプラのままだと今の時代では臭みがありすぎるだろうと思います。
映画として無駄がなく表現も簡潔で、メッセージはあるが説教臭さがない。理想的ではないですかね。
>あそこで打破できるか否かで評価がわかれるんですよね。
その為のアニメなんですけどね。
現実主義の人はその辺りを凌駕するのが難しいらしいです。「ウィラード」じゃあるまいし。僕には解らん。^^
>ゲーリーじいさん
イーゴは悪役タイプ1です(改心若しくは成長するタイプ)。
ピクサーの古いアニメですね。まるでピンと来なかった。
>すごいTB
いや、こちらから押しかけたのも結構ありますので。
アニメはB級映画と同じく、本来可能性の高い分野なんです。上手く作ればかなりよくできたA級映画(金をかけた映画のことをA級というので、内容ではないです)より良くなる程ですね。
本作などその典型ではないかな。21世紀に入って作られた実写映画で本作より上手く作られた作品あったかいな、と思いますね。
ワクワクさせる本もあれば(最近は
とんとお目にかかりませんが・笑)
さほど目をひくようなサプライズは
ないけれども結末が来て閉じるのが
もったいなく感じる本ってありますよね。
本作はその後者の最たるものにも通じる
面白さだと私は思いました。
あんなにニコニコ顔で映画館を出た
のも久しぶり~の感触を今でも
実感できますもの。
ネズミのシェフでフェイントかけといて
悪役がほんとうに「悪役」で、一癖ありそな
グルメ評論家に“キメ”を言わせて大団円~
何とまぁ~~ピクサー、実に巧い
あの寸詰まりの憎たらしい悪役、
ほんと、ヤなヤツ。(--)
鉄のフライパンでブッ叩いて宇宙の
果てまで飛ばしたいくらい
>ページをめくるのももどかしい
小学生の時に読んだ「ルパン」シリーズ全て、
中学生の時に読んだSF小説「ドウエル教授の首」、
大学生の時に読んだミステリー「幻の女」
などが相当します、吾輩にとって。
>結末が来て閉じるのがもったいなく感じる本
アンデルセン「即興詩人」
ヘッセ「春の嵐」
ゲーテ「若きウェルテルの悩み」
夏目漱石「こころ」
水上勉「五番町夕霧楼」
なんてのはそんな感じかな。
>ネズミのシェフでフェイント・・・
全て言い表されているでおます。
>あの寸詰まりの憎たらしい悪役
いい悪役がいるのでお話に芯ができましたね。
そんな彼にも一応花を持たせたバード氏、えらいです(笑)。