映画評「パンズ・ラビリンス」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年スペイン=メキシコ映画 監督ギエルモ・デル・トロ
ネタバレあり
スペイン内戦は色々な文学作品や映画を生み出したが、当事国が生んだ作品では共に幼い少年少女を主人公にした「ミツバチのささやき」と「蝶の舌」が断然の秀作。本作はまた毛色が違うが、ダーク・ファンタジー形式で内戦にアプローチした極めて印象的な力作である。
1944年、少女オフェリア(イバナ・パケロ)は、母カルメン(アリアドナ・ヒル)に連れられ、その再婚相手ビダル大尉(セルジ・ロペス)の指揮する山中の駐屯地に到着。妖精のような虫に誘われるまま地下へ降りていくとパン(牧神)が現れ、「貴女は地底にある魔法国の王女。三つの課題を乗り越えると元の国に帰ることができる」と告げる。
義父が罪のない農民もゲリラも平気で殺す残忍な人間であること、母が日増しに衰弱していくことに絶望する彼女は、地下に住む大蛙に石を食べさせて鍵を獲得する第一の試練を克服する。続く試練は食料のある部屋から<あるもの>を取り出すことだが、そこに置かれた物は一切飲食してはいけないというルールを破った為にパンは怒り、ここで一旦望みは消え去る。
評判の良さは漏れ伝わって来ていたが、腹蔵なく告白すれば、僕は第二の試練の途中までコンピューター・ゲームとさして変わらぬファンタジー部分にがっかりさせられていた。並行する現実部分と上手く絡み合ってもいず、期待外れではないか。
が、少女がテーブルの上の果物に手を付け、監視者たるペイルマンに追われる辺りから俄然感興が増してくる。一つはペイルマンの造形の面白さ。手に目を挿入して必死に追いかけてくる。妖精まで食べてしまう。ここに至ると地上世界の残酷さが顕現しているようにも思え、いつの間にか手に汗を握っている。ファンタジーには辛口の僕にしてこれだからなかなか大したものである。
人間になりたがったという植物マンドラゴラを母のベッドの下に置くと母は小康を取り戻すが、その植物が義父に発見されて燃やされると母は赤ん坊を産んで死ぬ。第三の試練はその赤ん坊から血を取ることだが、義父の目を掠めて奪取して迷路に逃げ込むオフェリア。パンの要求を拒んだ時義父がピストルを彼女に向けて発射する。オフェリアは赤子の血を奪う(実は奪うなの意味なり)という逆説的試練を乗り越えたオフェリアは現実の世界で命を失い、魔法国の姫として蘇生する。
どこまでを幻想と理解するかによって意味が大きく変わった「昼顔」と違って、こちらは全部現実或いは全部幻想と両極端に理解しても、ファシズムへの嫌悪を表白するという作者ギエルモ・デル・トロの狙いは些かも動かない。
血で汚れるファシズムと対照を成すのが少女性、あくまで透明な少女の純真である。血や時計、種々のメタファーが散見されるが、各々の細かな意味合いについては、他に素晴らしいブログ記事が色々あるので、全体把握をスタンスとする僕はご遠慮申し上げましょう。
物語の構成は「不思議な国のアリス」を思い起こさせる。また、その「アリス」の宮崎駿版と解釈している「千と千尋の神隠し」の【現実に隣接する異界】というテーマ性に通ずるものがあるのも大変興味深い。
ヒロインの名が「ハムレット」のオフェリア、母親と家政婦の名がメリメの小説「カルメン」に登場するカルメンとメルセデスと同じなのは、何か意図があるのかもしれないが、僕の現在の知識では解らない。
いずれにしても、スペイン内戦を語る時に避けられない映像作品になったことは間違いないであろう。
ペイルマンより、ベルイマンの方が良い――映画ファンより。
2006年スペイン=メキシコ映画 監督ギエルモ・デル・トロ
ネタバレあり
スペイン内戦は色々な文学作品や映画を生み出したが、当事国が生んだ作品では共に幼い少年少女を主人公にした「ミツバチのささやき」と「蝶の舌」が断然の秀作。本作はまた毛色が違うが、ダーク・ファンタジー形式で内戦にアプローチした極めて印象的な力作である。
1944年、少女オフェリア(イバナ・パケロ)は、母カルメン(アリアドナ・ヒル)に連れられ、その再婚相手ビダル大尉(セルジ・ロペス)の指揮する山中の駐屯地に到着。妖精のような虫に誘われるまま地下へ降りていくとパン(牧神)が現れ、「貴女は地底にある魔法国の王女。三つの課題を乗り越えると元の国に帰ることができる」と告げる。
義父が罪のない農民もゲリラも平気で殺す残忍な人間であること、母が日増しに衰弱していくことに絶望する彼女は、地下に住む大蛙に石を食べさせて鍵を獲得する第一の試練を克服する。続く試練は食料のある部屋から<あるもの>を取り出すことだが、そこに置かれた物は一切飲食してはいけないというルールを破った為にパンは怒り、ここで一旦望みは消え去る。
評判の良さは漏れ伝わって来ていたが、腹蔵なく告白すれば、僕は第二の試練の途中までコンピューター・ゲームとさして変わらぬファンタジー部分にがっかりさせられていた。並行する現実部分と上手く絡み合ってもいず、期待外れではないか。
が、少女がテーブルの上の果物に手を付け、監視者たるペイルマンに追われる辺りから俄然感興が増してくる。一つはペイルマンの造形の面白さ。手に目を挿入して必死に追いかけてくる。妖精まで食べてしまう。ここに至ると地上世界の残酷さが顕現しているようにも思え、いつの間にか手に汗を握っている。ファンタジーには辛口の僕にしてこれだからなかなか大したものである。
人間になりたがったという植物マンドラゴラを母のベッドの下に置くと母は小康を取り戻すが、その植物が義父に発見されて燃やされると母は赤ん坊を産んで死ぬ。第三の試練はその赤ん坊から血を取ることだが、義父の目を掠めて奪取して迷路に逃げ込むオフェリア。パンの要求を拒んだ時義父がピストルを彼女に向けて発射する。オフェリアは赤子の血を奪う(実は奪うなの意味なり)という逆説的試練を乗り越えたオフェリアは現実の世界で命を失い、魔法国の姫として蘇生する。
どこまでを幻想と理解するかによって意味が大きく変わった「昼顔」と違って、こちらは全部現実或いは全部幻想と両極端に理解しても、ファシズムへの嫌悪を表白するという作者ギエルモ・デル・トロの狙いは些かも動かない。
血で汚れるファシズムと対照を成すのが少女性、あくまで透明な少女の純真である。血や時計、種々のメタファーが散見されるが、各々の細かな意味合いについては、他に素晴らしいブログ記事が色々あるので、全体把握をスタンスとする僕はご遠慮申し上げましょう。
物語の構成は「不思議な国のアリス」を思い起こさせる。また、その「アリス」の宮崎駿版と解釈している「千と千尋の神隠し」の【現実に隣接する異界】というテーマ性に通ずるものがあるのも大変興味深い。
ヒロインの名が「ハムレット」のオフェリア、母親と家政婦の名がメリメの小説「カルメン」に登場するカルメンとメルセデスと同じなのは、何か意図があるのかもしれないが、僕の現在の知識では解らない。
いずれにしても、スペイン内戦を語る時に避けられない映像作品になったことは間違いないであろう。
ペイルマンより、ベルイマンの方が良い――映画ファンより。
この記事へのコメント
というのは、私は昨年、劇場で観たのですが、客観評価すると映画としての出来は7点か8点だと思ったのですが、自分の好みからすると「わたし的には3点だ!映画」だったからです。
なので、逆にオカピーさんは7~8点以上をつけられるのでは?と予想していました。(「キル・ビル」あたりの採点を思い出すと・・・!
メッセージ性の強さ、種々のメタファーを用いたプロットの上手さなどは解るのですが、「コンピューター・ゲームとさして変わらぬファンタジー部分」とオカピーさんも指摘されている通り、どうもCAPCOMのRPG(ロール・プレイング・ゲーム)のような映像センスがピンと来ませんでした。
それと予想以上の血生臭さと残酷描写に、夜、うなされそうで・・・。
感受性の強い子供とかには、絶対観せられない作品のように感じ、その意味ではPG-12ではなくR-18レベルですね。
とはいえ、映画史には残りそうな力作ではあったと思います。
僕は、PG-12にも、不満があって、こういう映画は、小学生にこそ見せたらいいんだと思っています。魘されてもいいんです。そのときは歴史も知りませんから、このシーンはなにを暗喩しているか分からないでしょう。
だけど、潜在意識に、豊穣なイメージの幅みたいなものを持つということは、とっても大切なことだと個人的には思っています。
ペイルマンは、助演男優賞ものでしたよね(笑)
パンにしろ、カエルにしろ、キャラクターが不気味で良かったです。
この作品も『千尋』も、引越しがスタートになってますよね。
環境の変化への不安が、少女に幻想を見せるのでしょうね。
現実に戻ろうとする千尋と、幻想の国を目指すオフェリア
ゴールの違いが、結末の差となりましたね。
ファンタジーはどちらかと言うと辛い評価になりますし、残酷な描写が好みというわけでもないので、好みから言えば決して上の方には行かないです。^^;
僕の場合やはり出来栄え。
これだけ色々な要素を盛り込み、テーマをきちんと消化し、映像的な表現も十分ですと、そうそう悪い点は付けられないかなっと。
前半は記述したとおり、さほどとは思わなかったのですけどね。
>RPG
僕はコンピューター・ゲームの類は一切やらないので想像で言っただけですが、やはりそんなものですか。
その昔大学時代に流行り出したインベーダー・ゲームも一度やりませんでしたよ。
>感受性の強い子供とかには、絶対観せられない
下のkimionさんは反対のご意見のようです。^^
僕は、例えば映画が犯罪行為を誘発するといった理由での規制には賛同できないですが、親心としては解らないでもないですね。
上のRAYさんへのコメントバックでも述べましたが、犯罪行為の誘発といった理由での規制は全く感心しないのですが、特に敏感な子供を持つ親御さんの立場なら解らなくもないです。
僕は何でも観せちゃいますけど。
そういう微妙なレイティングがされるような作品が数多く作られる時代にもなったということですね。
僕等の少年時代には成人向けしかなかったので、結構露骨なベッドシーンなんか平気で観られましたし、何事につけ社会がのんびりしていました。
>引越しがスタート
おおっ、鋭いですね!
確かに環境の変化は、特に子供には、幻想を抱かせるほどの不安を誘発するかもしれません。ましてあのような大変な状況下では。
結末が違うのは、「千と千尋」が少女の成長物語というスタンス、こちらが多分に風刺的な立場で作られたという違いでしょうね。
この前にこの監督作で同じくスペイン内戦を舞台にした「デビルズ・バックボーン」も見ていたので、空想と現実を行きかう世界のこの映像は強く胸打たれましたね。スペイン内戦の傷の深さをあらためて思いました。
劇場で観ただけですが、何度か見ると監督が名前なども含めここにおめた風刺の意味などもさらに見えてくるでしょうね。PG12だけれど、子供たちに見てもらいたい作品だと思いましたね。
おっしゃるとおり、あの目玉を手にくっつけてやってくるペイルマン辺りから面白くなっていきましたよね。
なんかゲゲゲの鬼太郎の世界ですわ。
オフェリアがまさかぶどうを食べるとは思わない観客はハラハラし出すんですよね。大丈夫なのか?って。
この作品のレビューを読むだけであの切ない子守歌が聞こえてくるようです。わたしは未就学の子には見せたくないけど、ある程度大きい子になら観てほしいと思ってます。ニンフとマンドラゴラは可哀想でしたね。(涙
「感受性の強い子供とかには、絶対観せられない作品」と断言してしまったのは、不用意な発言だったみたいで恐縮です。
一般論的な「犯罪行為を誘発するから映画を規制」といった主旨でレイティングすることには、もちろん反対なのですが、ただ「ティーン」にはまだなっていない12歳以下の子供は、感受性も含む情緒の成長も個人差が大きいので、もう少し「自分の意志で観るべき、観ないべき」とジャッジができる年齢まで待ってもいい作品のように感じてしまったため、先のような発言になってしまいました。
余談ですが、どうも自分の幼少時代が、視覚的に捉えたものに対して異常に過敏で、暴力的な映像をちょっとでも見ると、自分が殴られているような傷みを覚え、小学生のくせに頭痛になってしまうような子だったので、同じような子は今の時代もいるように思い心配になりました!
>「デビルズ・バックボーン」
未見です。本作を深く理解する為には観た方が良いみたいですね。
( ..)φメモメモ
>スペイン内戦の傷跡
「ミツバチのささやき」「蝶の舌」と並んで純粋な子供の眼を通すと、その歪みが見えてくると、映像作家たちは感じているようですね。
ケン・ローチの「大地と自由」といった作品もありますが、僕らにはこれらの作品の方が解りやすいですね。
後でそちらに伺います。
こちらにもトラコメ有難うございました。
>高評価
そうですね、好みとは違いますが、盛り込んだ内容をきちんと消化できていた気もしますし、映像も迫力ありました。
ペイルマンは面白かったから、最初の大蛙までその面白さが遡った感じもありまする。
>オフェリアがまさかぶどうを食べるとは思わない
あの辺りが子供らしさということなんですね、きっと。余りに利口すぎてもつまらない(笑)。
>マンドラゴラ
植物なのに憐れでしたね。何だか赤ん坊に見えたですよ。
>たびたびのコメント
いや、コメントはアクセスを増やすので大歓迎です。^^)v
>不用意な発言だったみたいで恐縮です。
いえいえ、色々な反応があって僕はハッピーですよ。
kimionさん、シュエットさん、しゅべる&こぼるさん、それぞれのご意見が伺えて面白かった。
遠慮なく何でも仰ってください。
僕の悪口だけは勘弁してね。^^;
個人的にそういうご経験があるならなおさらですよね。
例えば、自分の経験から「競争が学業を伸ばす」というのが持論となっていますが、人によってはその逆の場合もあるでしょう。なかなか難しいですよ、この辺りは。
一つだけ確かなのは人によって違うということです。だから、レイティングに反対する人も多いのでしょう。
そうでしたか。
それはご同慶の至りです。
今日はばてましたので、午後にでも別途お伺い致します。
この作品に関しては、TBコメしようかどうしようか相当悩みました。悩んだ挙句、こっそりTB差し上げることに(苦笑)。
劇中に多く見られるメタファーは、そのひとつひとつを丁寧に検証されているレビューを他でたくさんみかけたので、私もごっそり割愛してしまったクチです(_ _。)。
とにかく今作は、何度見ても人間の愚行の罪深さに胸が痛む思いのする作品ですよね。特に小さな子供のいる私にとっては、正直辛い描写もあって…。しかし、“ファンタジー映画”という枠組みを超えて、いつまでも忘れられない作品になると思います。
>TBコメしようかどうしようか相当悩みました
ええっ、評価もバッティングしてないのに。しくしく。
>私もごっそり割愛してしまったクチです(_ _。)。
いやいや、僕なんか中味について何も言っていないのに等しい。
我がスタンスは元来「森を観て木は観ない」ですが(爆)。
こんな記事ですまんと思っていますよ。
>特に小さな子供のいる私にとっては
子供には泣かされることも多い代わりに、その辺は割り切って観ることもできる僕ではありますが、豆酢さんはその点実に豆、もとい、真面目ですよね。
>ファンタジー映画
豆酢さんは、宮崎駿は余り関心がないとのことですが、僕は彼の作品群について常々「ファンタジーは現実を描くための手段であって目的ではない」と評してきました。彼に限らずきちんとした作家はそうだと思います。
ハリウッド製のファンタジーは現実をベースにすることがあっても、決して手段ではなく目的にしてしまう。これでは面白くもならないし、まして心を打つとは到底思わないですね。