映画評「マディソン郡の橋」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1995年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
クリント・イーストウッドは監督としての腕前を徐々に上げ、近年ではアメリカを代表する力のある監督になっているが、「マディソン郡の橋」は近年評判になった彼の諸力作より完成度の高い傑作と思っている。
1965年のアイオワ、夫と娘と息子がステート・フェアに出かけたので主婦メリル・ストリープが一種の解放感を味わっていると、自宅前に車が止まる。ナショナル・ジオグラフィックの写真家イーストウッドが近くにある橋を探しているのだと言う。時間があるので道案内をすることになる。
下調べを終えた写真家が青い花を差し出すと彼女が「毒草よ」とジョークを言う場面から魅了されてしまう。彼女の写真家に対する評価がよく表れているからである。彼の前では夫より開放的な気分になり、かつ軽口を叩ける気分になっているのだ。彼に「ご主人はどんな人」と訊かれて「清潔な人」と答えるのも、夫は真面目だが面白味のないという彼女の不満が滲み出、この二つの言動により彼女がこの突然の訪問者に心を揺り動かされ始めているのがよく解る。最小限の台詞と表現でヒロインの心情を把握させるイーストウッドの呼吸とメリルの演技にただ感服するばかりである。
その晩二人は食事を楽しみ翌日再び会うことを誓うわけだが、二人の会話を通してアメリカの保守的な農業地帯に埋もれる主婦の世界を飛び回る写真家への憧憬と嫉妬が鮮やかに浮き彫りになっていく。彼は彼女の夢そのものであるから、道ならぬ関係に陥るのは何ら不思議ではない。二人の肉体関係を成就させるのは肉欲かもしれないが、それを駆り立てるのは農夫たる夫との結婚で潰された夢への彼女なりの追慕であり、新たに始まるかもしれない自由への願望である。
家族が帰る日の前日即ち4日目、「一緒に行こう、あと二日ここにいるから考えてみて」と言って彼は去る。
この後が僕の大好きな雨の場面。夫と買い出しに出た店で彼と再会した後、夫が運転する車が赤信号で止まる。前に停まっているのはイーストウッドの車である。青信号になっても前の車は動かない。夫は何にも知らずにイライラする。その時彼女の手はドア・ノブに掛かっている。暫くして前の車は動き出す。ノブから外れた掌は真っ赤になっている。ヒロインの心中の葛藤で張り詰める、映画史に残る名シーンと言って憚らない。メリルの演技が圧巻、胸をえぐられるような思いで息苦しくなるほどである。青信号になっても車を発車させない彼女を待つイーストウッドの心情も想像に余りある。
24年後、死んだ母親の書き残した手紙を相続者たる子供たちが読む回想形式で綴られるわけだが、橋から遺灰をばらまけという彼女の願いを馬鹿らしいと言っていた息子が実行に移す幕切れでは正に感極まる。不倫だろうが年が離れていようが、他人の愛を批判することなど誰も出来ない、真の愛は人間の生命そのものなのであるから。家庭の不和が決定的になる前に母親からそれを教えられた子供たちは幸福である。
トンネル型の珍しい橋を中心とした景観も魅力の一つだが、やはり主演二人の好演が作品を支えていると言って良い。
1995年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
クリント・イーストウッドは監督としての腕前を徐々に上げ、近年ではアメリカを代表する力のある監督になっているが、「マディソン郡の橋」は近年評判になった彼の諸力作より完成度の高い傑作と思っている。
1965年のアイオワ、夫と娘と息子がステート・フェアに出かけたので主婦メリル・ストリープが一種の解放感を味わっていると、自宅前に車が止まる。ナショナル・ジオグラフィックの写真家イーストウッドが近くにある橋を探しているのだと言う。時間があるので道案内をすることになる。
下調べを終えた写真家が青い花を差し出すと彼女が「毒草よ」とジョークを言う場面から魅了されてしまう。彼女の写真家に対する評価がよく表れているからである。彼の前では夫より開放的な気分になり、かつ軽口を叩ける気分になっているのだ。彼に「ご主人はどんな人」と訊かれて「清潔な人」と答えるのも、夫は真面目だが面白味のないという彼女の不満が滲み出、この二つの言動により彼女がこの突然の訪問者に心を揺り動かされ始めているのがよく解る。最小限の台詞と表現でヒロインの心情を把握させるイーストウッドの呼吸とメリルの演技にただ感服するばかりである。
その晩二人は食事を楽しみ翌日再び会うことを誓うわけだが、二人の会話を通してアメリカの保守的な農業地帯に埋もれる主婦の世界を飛び回る写真家への憧憬と嫉妬が鮮やかに浮き彫りになっていく。彼は彼女の夢そのものであるから、道ならぬ関係に陥るのは何ら不思議ではない。二人の肉体関係を成就させるのは肉欲かもしれないが、それを駆り立てるのは農夫たる夫との結婚で潰された夢への彼女なりの追慕であり、新たに始まるかもしれない自由への願望である。
家族が帰る日の前日即ち4日目、「一緒に行こう、あと二日ここにいるから考えてみて」と言って彼は去る。
この後が僕の大好きな雨の場面。夫と買い出しに出た店で彼と再会した後、夫が運転する車が赤信号で止まる。前に停まっているのはイーストウッドの車である。青信号になっても前の車は動かない。夫は何にも知らずにイライラする。その時彼女の手はドア・ノブに掛かっている。暫くして前の車は動き出す。ノブから外れた掌は真っ赤になっている。ヒロインの心中の葛藤で張り詰める、映画史に残る名シーンと言って憚らない。メリルの演技が圧巻、胸をえぐられるような思いで息苦しくなるほどである。青信号になっても車を発車させない彼女を待つイーストウッドの心情も想像に余りある。
24年後、死んだ母親の書き残した手紙を相続者たる子供たちが読む回想形式で綴られるわけだが、橋から遺灰をばらまけという彼女の願いを馬鹿らしいと言っていた息子が実行に移す幕切れでは正に感極まる。不倫だろうが年が離れていようが、他人の愛を批判することなど誰も出来ない、真の愛は人間の生命そのものなのであるから。家庭の不和が決定的になる前に母親からそれを教えられた子供たちは幸福である。
トンネル型の珍しい橋を中心とした景観も魅力の一つだが、やはり主演二人の好演が作品を支えていると言って良い。
この記事へのコメント
イーストウッドはTVのローハイド(50年前)、マカロニウエススターン(43年前)、ダーティーハリーと見てきましたが、と書いて、見たのはアクションものばかりと認識。見てみます
イーストウッドはTVのローハイド(50年前)、マカロニウエススターン(40年前)、ダーティーハリーシリーズと見てきていますが、
僕は出演作品では「ダーティハリー」第1作が一押しですが、監督作品(出演もしていますけどね)としては本作が最高傑作と思います。
最近の監督作品はテーマが哲学的になってきて、きちんと作られてはいるけれど、生活感情を伴った裸の作品ではないなという気がしまして、本作には及ばない気がします。
終戦直後の大傑作「逢びき」に似たテーマですし、出来栄えも拮抗するのではないでしょうか。
あの映画のシリア・ジョンスンも凄いですが、本作のメリル・ストリープの演技は絶品。ひたすら参りました。
これらの公開時、わが映画サークルの、特に
深読み好みファン達が口角泡飛ばして騒いで
いたのを今思い出していました。^^
こういうメロドラマ的なものも細やかに
撮れるイーストウッドの手腕こそ口角泡
飛ばし評価をしてもらいたいもの
ですよね~♪
そして
名女優M・ストリープの才能を
遺憾なく発揮させ、自らもクリント・
“キンケイド”を情感たっぷりに演じ切った。
まったく大したもんです。
どうもメロドラマを軽んじる映画ファンが
多くてちょいと困ります~。
メロドラマこそ難しい。
素晴らしいメロドラマは同時に優れた
ヒューマン(人間)ドラマですもん。
本作など如実な例ですね。
イーストウッドの息子さん、カイル君の
「センチメンタル・アドベンチャー」
先日観ましたよ。
彼はいまお父さんのジャズ好きを引き継いで
有名なベース・プレーヤーになりましたね。
>メロドラマこそ難しい。
そうですとも。
メロドラマと単純な映画こそ難しい。
実際ダメな映画が多いのも確かだからこそ、その差をしっかり判断しなくちゃね。
僕はジャンルで決めつけることだけはしないで来ましたよ。
この作品は非常に素直に、かつ、感服するくらい繊細に描いていますね。
ヒロインの心情が手に取るように解るんだなあ。
メリル・ストリープは素晴らしい女優と認めつつ、必ずしも好きなタイプではなかったですが、本作は圧巻。
映画史に残る名演じゃないでしょうか。
>カイル君
時々父親の映画の音楽も手伝っているようですね。
開設して3か月弱しか経っていないので、まだまだ未熟なブログではありますが、できるだけたくさんの方々に読んでいただけるよう努力して、映画ブログのジャンル自体が盛り上がるよう、頑張ります。
さて、「マディソン郡の橋」ですが、お気に入りの場面が私と同じだと知り、非常に嬉しいです。あの魂を揺さぶられる演技には、やられました。
まさに ふてえ、ママである・・・顔
ただ 救いもあります。 その写真家と駆け落ちしなかったことと 駆け落ちしなくても妊娠もしてなかったことです。
その現場の描写はないですが 男と女の肉体じゃあ 女は体力的にも負けちゃいますし 遺言書に不謹慎にも残すくらいですから肉体の相性はピッタシだったでしょう・・・
写真家の男性が若くてガッチリしてたら ママは昇天しまくって ”死んでいた”よ。ベッドで(;゚Д゚)
お久しぶりです。元気そうでなにより。
うまいコメント・バックが、僕の才能では、できませんよ~TT
その奥さんは旦那が亡くなってから随分年月が過ぎてから(?)に死去。息子と娘が真実を知る。あのラストで良かったのかなと思います。
>夫人は城を貸し出すだけですから、嘘でも大損はないでしょう。
そうであって欲しいです。
>検察が機能して田中角栄は逮捕されていますし。
俵孝太郎氏が講演会で言った「あれはアメリカにやられた!」を思い出します。
>つくづく見てやろうと思います。
コロナのせいで中々会えないんですね。
>不幸ではないけど退屈な日々。そして・・・。
現在の尺度では、その程度の理由で、他の男女(この映画の場合は男)によろめくというのはけしからんということになるでしょう。そういうのは、僕の趣味でもありませんが、しかし、本当に悪い事なのだろうか、と言われると答えに窮します。
男女が別の家の人間に結ばれるのは、僕は生物学上の危険性からと言い、ボーヴォワールは家政上の必要性からと言い、恐らくその両方が合わさって近親相姦は道徳・法律上禁止になりました。
不倫が道徳・法律上禁じられたのは、想像するに、子供の認知という問題が大きかったと思います。これも厳密には経済の理由でしょうね。避妊の技術もよく知られず、まして中近東の宗教では堕胎は罪とされたので、必然的にその前段となる不倫(僕らの子供時代は不貞と言いましたね)も禁じられたのでしょう。今はDNAで100%正確に父親は解りますし、科学は法律を変えることになりますね。しかし、日本の民法を見ても、なかなか人間の道徳意識が科学に追いつかない。
>俵孝太郎氏が講演会で言った「あれはアメリカにやられた!」
懐かしいなあ。
金丸信も逮捕されたし、大物政治家も安心できなかった時代。
今度の林という検事長が検事総長になったら、黒川という問題の検事長が法務事務次官の時に不問に付された佐川某や、桜を見る会に絡んだ官僚・政治家(多分あべっちも)を訴追して欲しいですね。
あべっち(の政権)の支持率が下がったとは言え、全てにおいてデタラメで能力のなさを発揮したのに、未だに40%近くあるのは不思議ですが、解らないという項目を除いた時事通信の最新調査では不支持が60%を超えて(そうでない場合は均衡)、正確な国民意識が解ってきました。
最近の安倍批判の中で面白かったのは、緊急事態宣言を出すのにあそこまで躊躇する人では、リベラルが心配するような思い切ったことはできないだろうという意見。僕は、それ以前からそう思っていましたけど。
>本当に悪い事なのだろうか、と言われると答えに窮します。
僕と同じ職場で思い切って離婚に踏み切った女性、他の男性と再婚した女性、いろいろいます。その人にしかわからない事情があるのでしょう。
>金丸信も逮捕されたし、大物政治家も安心できなかった時代。
あの頃は司法が強かったのでしょう。政治家も強かった。
>黒川という問題の検事長
頼むから退職金を貰わないで欲しいです。個人事業主で自殺した人の苦しみをわかってくれ!
>リベラルが心配するような思い切ったことはできない
そう思います。
>「夕陽の挽歌」を見ました。
昔観ているので大失敗という程ではないですが、「夕陽の群盗」と混同して録画しませんでした。
ブレイク・エドワーズとしては畑違いの西部劇ですから、無理に観なくても良いと思いますが、古い映画は極力録ることにしていますので、その意味で残念。
>その人にしかわからない事情があるのでしょう。
それは芸能人も同じ。関係のない人が余り騒ぐなって。
>あの頃は司法が強かったのでしょう。政治家も強かった。
検察も正義の味方というわけではないですが、政治家に関しては強くあってほしい。
>頼むから退職金を貰わないで欲しいです。
>個人事業主で自殺した人の苦しみをわかってくれ!
任命権者であったはずの政権の説明がデタラメ。国民をなめるなと言いたいですね。
あべっちは事ある毎に“責任を感じる”と言いますが、“責任を感じる”だけなら誰でも出来る。責任は感じるものではなく“取る”ものでしょう。一刻も早く辞めるのが責任を取ること。但し、今はコロナで国が落ち着きませんから、任期いっぱいやってよろしいです。しかし、4期までの延長は是非やめて下さいと願います(政権周囲も多分限界を感じているでしょう)。
>「夕陽の群盗」
若い頃のジェフ・ブリッジス は、ああ言う役が似合っています。北軍の徴兵から逃げた青年が悪党になっていく役。あまり生き方が器用ではない若者の役。
>一刻も早く辞めるのが責任を取ること。
それとマスク配布の失敗を素直に認めて謝罪して欲しいです。もちろん良心的な飲食店の経営者が店じまいしたり、自ら命を絶った事に対する謝罪です。ボンボン育ちの政治家にはわからないでしょう。僕の近所のお弁当屋さん(評判が良い)も平日は休みにする事が増えました。苦しんでらっしゃると思います。
>4期までの延長は是非やめて下さい
それと小池女史。やる気満々ですが・・・。
>メリル・ストリープ
僕よりずっと年上ですが、僕が映画を観始めてから何年も経って出て来た女優なので、何となくその女優としての成長ぶりを見るのが楽しみでしたね。「ジュリア」の初々しい彼女が「ディア・ハンター」を経て「クレイマー・クレイマー」で大躍進、見事に成長して現在に至ります。
僕の高校時代からの親友K君は「ジュリア」の頃から彼女が好きだと言っていましたが、今の貫禄ぶりをどう思っているか聞きたいものです。遠く離れて暮らし、電話もし合わないので、長らく映画の話をしていません。
>若い頃のジェフ・ブリッジス は、ああ言う役が似合っています。
そうですね。この間の「サンダーボルト」もその類でしたよね。「ラスト・ショー」は少し違いますが、人物像と人物像の間に共鳴し合うものがあります。
>それと小池女史。やる気満々ですが・・・
今となれば、希望の党が凄い勢いの時に都政をうっちゃって国政に打って出て欲しかったなあ。彼女の政治を買うわけではないですが、少なくとも自民党=公明党政権が過半数を維持できなくなって驕ることができなくなり、もっと国民寄りの政治になったはずですし、誰が見ても怪しいモリカケ問題で安倍政権は確実に退陣になったはず。