映画評「クワイエットルームにようこそ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2007年日本映画 監督松尾スズキ
ネタバレあり

名前が面白いので興味を持ってはいるものの「ユメ十夜」の中の短編しか観たことがない松尾スズキが芥川賞候補になったという自らの小説を映像化したドラマ。

薬の飲み過ぎ(オーヴァードーズ)で救急病院内科を経て精神病院の保護観察室に拘禁されたフリーライター内田有紀が、自分は自殺する気もないのにここに監禁される理由はないと反抗しても退院の許される気配がない。やがて一般病室に解放されて奇妙な患者たちと交流するうちに、ここに収容されるに至るまでの彼女を巡る真相が明らかになっていく。

ヒロインがお笑いが好きな為に真面目な前夫(塚本晋也)と別れてお笑い作家・宮藤官九郎と同棲しているという設定に乗じて、前半は先般観た韓国映画の精神病院もの「サイボーグでも大丈夫」と同じように患者の変てこな様子を交えたドタバタ喜劇と言っても良い展開だが、お話が進むに連れてシリアス度が増してくる。
 僕にはこれが一番不満である。この辺りが一貫しないとどんな内容であろうと観客に強く印象付けることは難しいのは、映画どころか演劇が始まって約3000年、変らない。

作者としては精神病院という閉塞的な場所を舞台にした重苦しい物語だから喜劇仕立てにしたのだろうし、その気持ちは理解できるが、後半のシリアスを前提に考えるなら患者の奇妙な行動を観照的に捉えるだけでも可笑し味が出し得る。或いはその逆に前半の喜劇タッチをほぼ維持してもシリアスなテーマを描けないこともない。そう簡単なことではないが、どちらにしてもそれが出来たら相当興味深い作品になったはずである。

もう一つ首をかしげるのは、サスペンス映画のどんでん返しよろしく、ヒロインが実は自殺願望者だったことが解る終盤の急展開。夫から彼女への手紙を中年の患者・大竹しのぶが暴露する形式で判明するわけだが、ヒロインにその自覚が全くなかったように見える(彼女自身が過去を振り返るナラタージュでは自殺の自の字も出て来ない)のは潜在意識と解釈しても些か変で、彼女の内面を徐々に浮かび上がらせる狙いがあるにしても自然な構成とは言いにくい。

彼女は真面目な前夫に対し「つまらないから」と言って子供を堕ろした挙句に離婚、その前夫がやがて自殺する。「父と夫の血を途絶えさせた」という彼女の無念な思いは酷烈でハイライトと言っても良いくらいだが、前半の喜劇部分ではその思いが全く伏せられているのでどうにも後出しじゃんけんみたいな印象が残ってしまうのである。本人さえ気付かない真実というのもないことはないのだろうが...。

そして幕切れでは、自分と正対することができた時退院を許された彼女は寄せ書きも親しくなった人のEメール・アドレスも捨てる。勿論過去と縁を切り、二度と同じ過ちを繰り返さない決意を示す、なかなか印象の良いラスト・シーンなので、最初からシリアスで良かったのではないかという思いが益々強くなる。

僕の部屋も静かです。

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