映画評「乱」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1985年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
黒澤明の第27作は、28年前の「蜘蛛巣城」でも取り上げたウィリアム・シェークスピアの四代悲劇から今度は「リア王」を翻案して作り上げた大型時代劇である。
戦国の乱世、猛将として周囲に名を馳せた戦国大名の一文字秀虎(仲代達矢)が寄る年波の為に家督と一の城を長男・太郎(寺尾聰)に譲ることを宣言するが、体裁ばかりの太郎はいざ城を継ぐと正室楓の方(原田美枝子)にそそのかされて体良く追い払う。仕方なく次男・次郎(根津甚八)の二の城に身を寄せようとするが、同じ穴のむじなである。
誠意の言葉を讒言と勘違いして追い出した三男・三郎(隆大介)が受け継ぐはずだった三の城に秀虎が身を寄せていると、太郎と次郎の連合軍が攻撃を加えてくる。次郎は混乱に紛れて太郎を暗殺、楓の方と結びついて繰り広げた悪逆非道の末に、三郎が婿入りした隣国・藤巻氏の軍勢に滅ぼされ、発狂して野を彷徨した末に死んだ父親を運ぶ三郎も何者かに撃たれて死んでしまう。
価値観の乱れ狂った戦国時代を描写することにより人間の普遍的な弱さと愚かさを訴える内容は、男女の逆転はあるものの殆ど「リア王」そのままなので創意という点では物足りないが、秀虎が三人の息子に【三本の矢】の譬え話をする毛利元就のエピソードを加えたところに工夫がある。
狂った世の中という意味で最も象徴的な人物は楓の方で、秀虎に一族を滅ぼされ太郎に嫁がされた恨みをあらゆる姦計をめぐらして一族にぶつけ、その為には同じ経緯を辿って次郎の正室になった末の方(宮崎美子)の首まで要求するのである。これほど時代の狂気に翻弄された人物もあるまい。その彼女が「いやじゃ、いやじゃ」と泣くふりをしながら蛾を殺す、外面如菩薩内心如夜叉を地で行く場面は正に強烈、本作の白眉と思う。
また、日本にピーター扮する狂阿弥のような道化がいたとは思えないが、原作通りの狂言回しとして上手く機能している。「狂った今の世で気が狂うなら気は確かだ」といった彼の言葉の数々は箴言として記憶に残るものが多い。
アカデミー賞を受賞したワダエミによる豪華絢爛な衣装は後々軍勢が入り乱れる時に効果を発揮する。長男が黄色、次男が赤、三男が青という区分を序盤のうちに明確に示し(一番上の画像参照)、カラー映画の特徴を生かしているからである。
また、前作「影武者」同様物凄い美術(村木与四郎)と人海戦術による合戦模様が圧巻。物量から言えば前作を上回り、城の炎上場面には圧倒されてしまう。
1985年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
黒澤明の第27作は、28年前の「蜘蛛巣城」でも取り上げたウィリアム・シェークスピアの四代悲劇から今度は「リア王」を翻案して作り上げた大型時代劇である。
戦国の乱世、猛将として周囲に名を馳せた戦国大名の一文字秀虎(仲代達矢)が寄る年波の為に家督と一の城を長男・太郎(寺尾聰)に譲ることを宣言するが、体裁ばかりの太郎はいざ城を継ぐと正室楓の方(原田美枝子)にそそのかされて体良く追い払う。仕方なく次男・次郎(根津甚八)の二の城に身を寄せようとするが、同じ穴のむじなである。
誠意の言葉を讒言と勘違いして追い出した三男・三郎(隆大介)が受け継ぐはずだった三の城に秀虎が身を寄せていると、太郎と次郎の連合軍が攻撃を加えてくる。次郎は混乱に紛れて太郎を暗殺、楓の方と結びついて繰り広げた悪逆非道の末に、三郎が婿入りした隣国・藤巻氏の軍勢に滅ぼされ、発狂して野を彷徨した末に死んだ父親を運ぶ三郎も何者かに撃たれて死んでしまう。
価値観の乱れ狂った戦国時代を描写することにより人間の普遍的な弱さと愚かさを訴える内容は、男女の逆転はあるものの殆ど「リア王」そのままなので創意という点では物足りないが、秀虎が三人の息子に【三本の矢】の譬え話をする毛利元就のエピソードを加えたところに工夫がある。
狂った世の中という意味で最も象徴的な人物は楓の方で、秀虎に一族を滅ぼされ太郎に嫁がされた恨みをあらゆる姦計をめぐらして一族にぶつけ、その為には同じ経緯を辿って次郎の正室になった末の方(宮崎美子)の首まで要求するのである。これほど時代の狂気に翻弄された人物もあるまい。その彼女が「いやじゃ、いやじゃ」と泣くふりをしながら蛾を殺す、外面如菩薩内心如夜叉を地で行く場面は正に強烈、本作の白眉と思う。
また、日本にピーター扮する狂阿弥のような道化がいたとは思えないが、原作通りの狂言回しとして上手く機能している。「狂った今の世で気が狂うなら気は確かだ」といった彼の言葉の数々は箴言として記憶に残るものが多い。
アカデミー賞を受賞したワダエミによる豪華絢爛な衣装は後々軍勢が入り乱れる時に効果を発揮する。長男が黄色、次男が赤、三男が青という区分を序盤のうちに明確に示し(一番上の画像参照)、カラー映画の特徴を生かしているからである。
また、前作「影武者」同様物凄い美術(村木与四郎)と人海戦術による合戦模様が圧巻。物量から言えば前作を上回り、城の炎上場面には圧倒されてしまう。
この記事へのコメント
わたし、この作品のラスト・シークエンスの「この世に神などあるものかあ」というピーターの絶叫に対して、「神も悲しんでおられるのだ」というやりとり。
ジ~ンときましたよ。
黒澤作品が、本当に言葉を大切にしていることがわかります(言葉が多いという批判もありますが)。
そして、オカピーさんのおっしゃるとおりでしょうね。いつものとおり、まったくの納得批評です。特にワダエミの起用は大正解でしょうね。
>正室になった末の方(宮崎美子)
彼女の最期にも本当に嫌になりましたよ。あの弟どうやって生きていくんでしょうね?
では、また。
>ラスト・・・言葉を大切にしている・・・言葉が多いという批判
そうですね。
どちらも正しいと思います。
僕はあくまで黒澤ファンとして「黒澤明は言葉が多い」と思っている部類ですが、しかし、簡潔であれば映画は良いのかと言えば必ずしもそうではなくて、観客が解っていることを改めて言うことで作品のエネルギーを出す作品も、黒澤御大に限らず少なからずあるのも現実です。
だから、映画に完璧というものはない、という理屈にもなるわけです。
>ワダエミの起用は大正解
単に衣装として素晴らしいだけでなく、御大の意を汲んでいましたね。
>楓の方と末の方
この対照こそ戦国の狂気を象徴するものですね。
同病相憐れむべき相手にすら、共感を持つことができぬ楓の方。
マクベス夫人に通ずるところがあるものの、あちらは人間が原罪として持っている業でしたが、彼女の場合は戦国時代の狂気がも歪めたものでしょう。
どちらにしても怖いですね。
そして原田美枝子の演技が素晴らしいです。
>デブラ・パジェット
茶色のコンタクトレンズを装着してネイティブアメリカンを演じたそうですね。
32歳で引退。現在88歳で健在。
>多分国民健康保険のようなものがないのも一因でしょうね。
国民健康保険って大事なんですね。それがよくわかります。
>ロシア帝国をさほど憎んでいなかったということでしょう。
>フランス革命も始まりは貴族や僧侶からです。
そういう事でしたか。インテリ階級がやった事は庶民には歓迎されなかった?
>実朝は一流の歌人でしたし。
権力には興味がなかったけど巻き込まれてしまいました・・・。
>そして原田美枝子の演技が素晴らしいです。
十代の「青春の殺人者」の頃から見ていますが、立派な女優になりましたよねえ。
>>デブラ・パジェット
>茶色のコンタクトレンズを装着してネイティブアメリカンを演じたそうですね。
一時期ちょっと惹かれていた時代がありました。
インディアンという言葉は、厳密にはアメリカでも日本でも差別用語とされていません(但し、使うのに慎重を要する言葉とはされている)ので、僕は必要のない限りネイティブは使いません。エスキモー/イヌイット(エスキモーが差別用語というのも嘘、イヌイットはエスキモーの中に含まれる部族なので、イヌイットと言われるのを嫌うエスキモーの部族がいます)、ハワイのカナカ族もネイティブで、区別を付ける為(アメリカがインディアン事務局、インディアン居留地という言葉を未だに使っているのはそういうことでしょう)。
アメリカ映画では多くインディアンと言っています。勿論、現代劇の中ではネイティブ・アメリカンという表現が多いですかね。
>そういう事でしたか。インテリ階級がやった事は庶民には歓迎されなかった?
歓迎しないということはなかったでしょうが、彼らが期待したほどの感謝がされなかったのでしょうね。
ロシア平民は、ソ連になっても結局豊かになれませんでした。現在の高齢者にはソ連時代が良いと思っている人が多いようですが、知識不足も甚だしいですし、安易な懐古趣味ですね。そこへソ連時代が大好きなプーチンが最近スターリンに絡むまずい記録を発表するのを禁じましたから。
5月9日に何があるでしょうかねえ。噂では国民を動員して、戦争開始を宣言するとも(その意味では、今までロシアが軍事行動としてきた言い方は正しいのでしょう)。
「
>インディアンという言葉は、厳密にはアメリカでも日本でも差別用語とされていません
インディアンという言葉を使ってはいけないかなと思って躊躇いました(苦笑)。
>ロシア平民は、ソ連になっても結局豊かになれませんでした。
君主、主義、政治、与党その他が変わっても国はそんなに変わらないと言う事でしょうか?
以前話題にしたかも知れませんが、その国がある場所や資源、気候によって国の進む方向はそんなに変わらないままなのでしょうか?
>健さんが演じたら別の映画になったのではと言う人もいますが(笑)
そうでしょうね。
黒沢監督は、台詞で表現するところも多いので、“男は黙って”タイプの健さんを使った場合、ムードが大きく変わるでしょうねえ。
彼が断わった理由は何だったんでしょうかねえ?
>インディアンという言葉を使ってはいけないかなと思って躊躇いました(苦笑)
全く自由に使って良いというわけでもなさそうなので、その慎重さは必要かもしれません。
西部劇の対訳で“先住民”とやられると腹が立ちますけどね(笑)
>君主、主義、政治、与党その他が変わっても国はそんなに変わらないと言う事でしょうか?
ドイツやフランスの例もありますから、一概には言えないのですが。
複数の民族を支配下に置く中国やロシアのように伝統的に面積の大きな国には、その土地の大きさ故に国民や周囲の他民族に対し、支配的・高圧的になるのかもしれませんね。
>その国がある場所や資源、気候によって国の進む方向はそんなに変わらないままなのでしょうか?
地政学の問題は重要ですね。第一次産業に大きな影響を与える気候、資源は国の在り方を相当左右します。どちらかと言えば、資源がない先進国が帝国主義になってきましたが、結局植民地政策にコストがかかりますし、もはや侵略が国際法上許されない以上、資源確保を目的とする帝国主義は復権しないと思います。帝国主義は独裁傾向の理由ではないですね。
今回のロシアは資源というより民族主義的背景で、前述通り、国の面積が大きな国は身動きがとれにくく自縛に陥りやすいのかもしれません。
>彼が断わった理由は何だったんでしょうかねえ?
『居酒屋兆治』(1983年)の準備が進み、監督の降旗康男に義理立てしたため、健さんは出演を断ったそうです。でもその後偶然『乱』のロケ地を通ったことがあり、出演すれば良かったと後悔していたとか(苦笑)。
>ドイツやフランスの例もありますから、一概には言えないのですが。
この二国は主義を変えて良かったって事ですね。
>その土地の大きさ故に国民や周囲の他民族に対し、支配的・高圧的になるのかも
うかうかしていると他の民族が攻めてくる可能性があるのでしょう。
>第一次産業に大きな影響を与える気候、資源は国の在り方を相当左右します。
やはりどの場所に国が存在するかは大きいです。
>ローリングストーンズの「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」
昔観ました。映画館か、TVか?
2年くらい前にストーンズのライブ映画「レディーズ・アンド・ジェントルメン」のDVDを買って観ました。これが素晴らしかった。
ライブ映画の映画としての評価というのはなかなか難しいもので、ライブとしては素晴らしくても映画としてどうなのかという観点が切り離せない。しかし、余り難しく考えなくても良いのかもしれませんね。
>監督の降旗康男に義理立てしたため、健さんは出演を断ったそうです。
スケジュールがバッティングしたというのが最大の理由ということですね。
まして、「冬の華」以来多くの作品で組んできた降旗監督であればなおさら。
>でもその後偶然『乱』のロケ地を通ったことがあり、出演すれば良かったと後悔していたとか(苦笑)。
それが人情ですね。
スターシステムが崩壊し五社協定がなくなった後も、結局、黒澤作品にはでずしまい。
>この二国は主義を変えて良かったって事ですね。
人類が進む方向に素直に従ったということですかね。勿論、どちらの国も或いは英国も米国も相当ひどいことをやったものですが、その反省を生かせるところもありました。ロシアや中国にはそれがないのか・・・ということなのだと思います。
モニュメント・バレーの風景(特に岩山)やたくさんの馬が走る場面が素晴らしかったです。黒澤明監督はジョン・フォードの影響を随分受けていたんですよね?
そして『アパッチ砦』を見て驚いたのがペドロ・アルメンダリス(「007 ロシアより愛をこめて」トルコ支局長・ケリム役)が族長との交渉の通訳をするビューフォート上等兵役で出ていた事です。その役が似合っていました。
>ストーンズのライブ映画「レディーズ・アンド・ジェントルメン」
見たいです。
>「冬の華」以来多くの作品で組んできた降旗監督
ジョン・ウェインとジョン・フォード監督みたいなものです。
>結局、黒澤作品にはでずしまい。
惜しかったです。
>ロシアや中国にはそれがないのか・・・
そのあたりが東側そして共産圏という事でしょうか?
>『アパッチ砦』を見ました。
>モニュメント・バレーの風景(特に岩山)やたくさんの馬が走る場面が素晴らしかったです。
ジョン・フォードの西部劇における情景はいつも絶品ですね。特にモノクロ時代が良い。
>黒澤明監督はジョン・フォードの影響を随分受けていたんですよね?
そうですね。影響というか、タイプが似ている作家だなあと思います。
ジャン=リュック・ゴダールは"日本のジョン・フォードに興味はない”などと言っていました。が、超大作「映画史」の中で「羅生門」が出て来ましたけれど(笑)
>>ロシアや中国にはそれがないのか・・・
>そのあたりが東側そして共産圏という事でしょうか?
共産圏というより伝統的にこの二国は大国主義、覇権主義の国家なんでしょうね。特に中国は紀元前の昔から自ら中華(世界の中心)という国ですから。
ロシア人が作った国かもしれませんが、ロシア最初の国は現在のキエフ(キーウ)を首都とするキエフ大公国であるので、キーウを現在首都とするウクライナをもっと大事にしてもらいたいですね。
欧州の旧ソ連の各国は、ベラルーシ以外いやいやソ連に加わったので、ソ連的ではないですね。寧ろ中央アジアの~スタンという国々が多くソ連時代を引きずっている(独裁的)と思います。
ベン・ジョンソンとハリー・ケリー・ジュニアが2頭の馬に跨る場面が凄かったです。
『アパッチ砦』の半分の製作費。フォード監督もいろいろ苦労したそうでうね。
>が、超大作「映画史」の中で「羅生門」が出て来ましたけれど(笑)
興味があったわけですね(笑)。
>ロシア最初の国は現在のキエフ(キーウ)を首都とするキエフ大公国であるので
>寧ろ中央アジアの~スタンという国々が多くソ連時代を引きずっている(独裁的)
いろいろ勉強になります。
>鎌倉殿の13人
舟の漕ぎ手を射殺す禁じ手をした義経の事がネットで随分話題になっていますね。
そして彼の役目が終わって腹違いの兄頼朝に疎まれて殺される悲劇。
>「リオ・グランデの砦」も見ました。
「砦」三部作も暫く観ていないのでそろそろ観るタイミングだと思っています。それぞれ二回観ていると思いますが、それでもお話をすぐに忘れますねえ。
「リオ・グランデの砦」は、「子鹿物語」で知られる子役クロード・ジャーマン・ジュニアがウェインの息子役で出てくる映画として記憶しております。モーリン・オハラは例によって別居中の妻。ジョン・ウェインとモーリンの共演作はこれ以降そういう格好になって行きます。20年後くらいの「100万ドルの決闘」もそうでした。
>ソ連時代を引きずっている(独裁的)
先月末放送された「朝まで生テレビ」を見ていたら、あるパネリストが、プーチンはロシアではなくソ連の人と言っていました。
また、ソ連は、社会主義(共産主義)ではなく、KGB体制(監視による体制)の国。それはロシアになっても変わらず、プーチンから別の人間が大統領になっても変わらないだろう。中国もソ連の傀儡政権として誕生したので、全く同じだ、とも。
>義経
>彼の役目が終わって腹違いの兄頼朝に疎まれて殺される悲劇。
僕は、先年、吉川英治の「新・平家物語」を読んでその辺りを十分堪能しました。