映画評「やわらかい手」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2007年ベルギー=ルクセンブルク=イギリス=ドイツ=フランス映画 監督サム・ガルバルスキー
ネタバレあり
本作で一番の話題は何と言っても久しぶりに映画に主演するマリアンヌ・フェイスフルである。40年前に人気絶頂だったアラン・ドロンと共演した「あの胸にもういちど」における【レザースーツの下は全裸】というファッションがセンセーションを起こし、70年代突如檜舞台から消えたからである。
本業の歌手としては80年代に復帰、映画には90年代以降少しずつ復帰していったようであるが、一昨年「マリー・アントワネット」ですっかりお変わりになったお姿(笑)に度肝を抜かれ、本作を見ると時間の残酷さに改めて溜息を洩らさざるを得ない。彼女を変えたのは時間だけではなくアルコールとドラッグに耽りホームレスになったこともある自堕落な破滅型人生、とあちこちのブログに書かれている。しかし、そんな溜息が映画が終わる頃には感嘆の溜息に変わると言って良い、そんな作品である。
ロンドン、50を過ぎた中年の主婦マリアンヌが難病を発症した孫の手術代を捻出する為に家財を売り払う。やがて6週間以内にオーストラリアで手術を行わないと命が危ないと宣告された為に、壁の向こうに立つ男を潤滑液を塗った手ひとつにより絶頂に導くフーゾク嬢に身を転ずる。
世界各地の風俗(一般的な意味の風俗でござる)を目にするのも映画を見る楽しみの一つであるが、こんな商売もあるのかと感心つかまつった。顔が見えないから想像を逞しく出来るという面があるにしても、金を払ってまでやることかねえ。
さすがに威張れる仕事ではないので彼女は頑なに秘密を守ろうとするが、気になった息子ケヴィン・ビショップが尾行した為にばれてしまう。息子は激怒する。
母親を神聖なものと思い込みたい彼の心境も解らぬではないものの、個人的に言わせて貰えば親の気持ちが解らぬ馬鹿息子である。
孫に好かれる義母がどうにも気に入らなかった嫁シヴォーン・ヒューレットは逆に彼女の気持ちを素直に受けとる。この辺りの人間関係の点出がなかなか見事。映像に心理がしっとりと沈潜しているのだ。
さらに映画に彩りを与えるが彼女の友人や同僚の反応で、気取った友人たちの一人ジェニー・アガターは彼女の仕事の内容を知るや冷たい態度を取り出す。典型的な英国的スノッブである。彼女に指導を施したドルカ・グリルシュは客がゼロになって首になった為に彼女を罵倒する。
allcinemaのコメントにこの二人の反応がリアリティを欠くという批判があるが、リアリティで何でもかんでも判断するのは極めて馬鹿げたことながら、本作のようなタイプでは重要な要素であることは間違いない。しかし、コメントの主は恵まれている人生を送ってきたのだろう、余りに実際の人間を信用し過ぎてバイアスがかかっている。半分の人間はそれなりに利口かもしれないが、残りはあんなもの、人類は基本的に愚かなものである。余り疑うのも賢くないが、善意に溢れた人間ばかりではないと知っていたほうが現実の人生においてもメリットがあるし、映画を見る上でもメリットがある。
さて、本作には老いらくの恋の要素もあり、彼女を雇う中年男ミキ・マノイロヴィッチは最初から彼女に対し好感を抱いていたようだし、ヒロイン自身も厚遇してくれる彼に対しては好意を持つ。そして彼女は折角用意されたオーストラリアに一緒に行く機会を捨てて落ち込んでいる彼の前に姿を現す。
つまり、この変てこな仕事は彼女が自分と向き合うチャンスだったらしく、子供と孫の為に苦労してきた初老婦人が息子たちの自立を見極め、初めて自分自身の為に生き始める、という素敵な幕切れを迎えるのだ。若い人のロマンスの結実とは違うぬくもりに我々の心も温かくなる。
マリアンヌ・フェイスフルが波乱の実人生の重みを感じさせる好演。70年代初めの青春スター、ジェニー・アガター(下の画像)も懐かしかった。出演作はぽつりぽつりと公開されているが、意識して観たのは「2300年未来への旅」以来のような気がする。大きな目をした彼女には若い時の印象が相当残っている。
2007年ベルギー=ルクセンブルク=イギリス=ドイツ=フランス映画 監督サム・ガルバルスキー
ネタバレあり
本作で一番の話題は何と言っても久しぶりに映画に主演するマリアンヌ・フェイスフルである。40年前に人気絶頂だったアラン・ドロンと共演した「あの胸にもういちど」における【レザースーツの下は全裸】というファッションがセンセーションを起こし、70年代突如檜舞台から消えたからである。
本業の歌手としては80年代に復帰、映画には90年代以降少しずつ復帰していったようであるが、一昨年「マリー・アントワネット」ですっかりお変わりになったお姿(笑)に度肝を抜かれ、本作を見ると時間の残酷さに改めて溜息を洩らさざるを得ない。彼女を変えたのは時間だけではなくアルコールとドラッグに耽りホームレスになったこともある自堕落な破滅型人生、とあちこちのブログに書かれている。しかし、そんな溜息が映画が終わる頃には感嘆の溜息に変わると言って良い、そんな作品である。
ロンドン、50を過ぎた中年の主婦マリアンヌが難病を発症した孫の手術代を捻出する為に家財を売り払う。やがて6週間以内にオーストラリアで手術を行わないと命が危ないと宣告された為に、壁の向こうに立つ男を潤滑液を塗った手ひとつにより絶頂に導くフーゾク嬢に身を転ずる。
世界各地の風俗(一般的な意味の風俗でござる)を目にするのも映画を見る楽しみの一つであるが、こんな商売もあるのかと感心つかまつった。顔が見えないから想像を逞しく出来るという面があるにしても、金を払ってまでやることかねえ。
さすがに威張れる仕事ではないので彼女は頑なに秘密を守ろうとするが、気になった息子ケヴィン・ビショップが尾行した為にばれてしまう。息子は激怒する。
母親を神聖なものと思い込みたい彼の心境も解らぬではないものの、個人的に言わせて貰えば親の気持ちが解らぬ馬鹿息子である。
孫に好かれる義母がどうにも気に入らなかった嫁シヴォーン・ヒューレットは逆に彼女の気持ちを素直に受けとる。この辺りの人間関係の点出がなかなか見事。映像に心理がしっとりと沈潜しているのだ。
さらに映画に彩りを与えるが彼女の友人や同僚の反応で、気取った友人たちの一人ジェニー・アガターは彼女の仕事の内容を知るや冷たい態度を取り出す。典型的な英国的スノッブである。彼女に指導を施したドルカ・グリルシュは客がゼロになって首になった為に彼女を罵倒する。
allcinemaのコメントにこの二人の反応がリアリティを欠くという批判があるが、リアリティで何でもかんでも判断するのは極めて馬鹿げたことながら、本作のようなタイプでは重要な要素であることは間違いない。しかし、コメントの主は恵まれている人生を送ってきたのだろう、余りに実際の人間を信用し過ぎてバイアスがかかっている。半分の人間はそれなりに利口かもしれないが、残りはあんなもの、人類は基本的に愚かなものである。余り疑うのも賢くないが、善意に溢れた人間ばかりではないと知っていたほうが現実の人生においてもメリットがあるし、映画を見る上でもメリットがある。
さて、本作には老いらくの恋の要素もあり、彼女を雇う中年男ミキ・マノイロヴィッチは最初から彼女に対し好感を抱いていたようだし、ヒロイン自身も厚遇してくれる彼に対しては好意を持つ。そして彼女は折角用意されたオーストラリアに一緒に行く機会を捨てて落ち込んでいる彼の前に姿を現す。
つまり、この変てこな仕事は彼女が自分と向き合うチャンスだったらしく、子供と孫の為に苦労してきた初老婦人が息子たちの自立を見極め、初めて自分自身の為に生き始める、という素敵な幕切れを迎えるのだ。若い人のロマンスの結実とは違うぬくもりに我々の心も温かくなる。
マリアンヌ・フェイスフルが波乱の実人生の重みを感じさせる好演。70年代初めの青春スター、ジェニー・アガター(下の画像)も懐かしかった。出演作はぽつりぽつりと公開されているが、意識して観たのは「2300年未来への旅」以来のような気がする。大きな目をした彼女には若い時の印象が相当残っている。
この記事へのコメント
>金を払ってまでやることかねえ。
このプレイはかなり前の新宿でスタートしました。
覗き部屋が出来た頃ですね。
これ、風俗プレイのなかで、一番安いんですね。
だから、手っ取り早く、抜きたい貧乏な青年たちに、人気だったんですね。
お茶のジュースを飲むなら自分で入れて飲む僕なんかは、変則的なマスターベーションにすぎないんじゃないかと思いますが、女性と接触するというのも半ば事実(実は壁の向こうが女性という保証はない)で、そこにお金を出す価値を見出しているわけですね。
新年明けましておめでとうございます。
「激突」をもっての挨拶はいたく嬉しかったです。
私はマリアンヌ・フェイスフルの「やわらかい手」をもって新年の挨拶とさせていただきます!
彼女の実際の手は、柔らかいかどうかわからないけれど、とてもいい声をしていた。優しく包み込むような、柔らかい声。それとちょっとためらったような笑顔。先日スコセッシ監督の「シャイン・ア・ライト」観ました。当時恋人だったミックは当時と違わぬスレンダーな身体と変わらぬ雰囲気。時の流れを感じますね。
この映画何も言いますまい。
マリアンヌ・フェイスフル観て、私もなんだか優しさと柔らかさをもらった気がしました。そして彼女の強さに元気もらった!
今年もよろしくお願いいたします。
そしてP様にとっても有意義な映画年でありますことを祈っております。
私は風邪気味。P様もご自愛くださいね。
では、また!
ちょっと思い出して追記でした。
11月以降は迷惑になってはいけないと思ってコメントもTBも極力控えたわけですが、少し元気が出てきたようなので、先日遅ればせながら「激突!」をお土産にご挨拶させて戴いたのでした。
>MF
体形だけ見たら百年の恋も醒めそうですが、人間的に実に魅力的な女性になったなあと思えてきますね。
>「シャイン・ア・ライト」
ふーん、スコセッシとストーンズの面々は同じ世代でしょ。ボブ・ディランもそうですか。
良い映画になっていそうですね。
>「インティマシー」
観てないなあ。僕は「マリー・アントワネット」でマリア・テレジアを演じていたMFに度肝を抜かれちゃった。と言ってもエンディング・クレジットを観て始めて判ったのですが。^^;
>有意義な映画年
有難うございます。
がたぴし言っている体が特に問題なければ、後は良い映画が出てくるのを待つだけです。
勿論新作だけでは力不足なので古い映画で生気を養いましてね。
こうして毎年400本余り観続けて何年経つのやら。
すっかり冷っこくなって硬くなって
これでは商売になりませんわね~(爆)
私の気のせいでしょうか、今回記事の文章、
難しい漢字もなく、とても滑らかで
読みやすく優しい語り口でいいですね。♪
>現実の人生においてもメリットがあるし、
映画を見る上でもメリットがある。
御意。
物事や事象は表裏一体であるという
ことをなぜにか噛みしめないで、突発的、
一点的にしか映画を観れない鑑賞者が
昨今多すぎます。
あのポワ~ンとしたお人形さんみたいな
若きフェイスフルのどこにこんな肝っ玉
ドスコイ根性が潜んでいたんでしょう。
こういうカタチででも我々の目の前に彼女の
“人生の軌跡”を映画はクッキリ観せてくれる。
映画はありがたきかな~。^^
>すっかり冷っこくなって硬くなって
冷え切ってしまいましたよ。(笑)
>読みやすく優しい語り口でいいですね。♪
わぁ~い、褒められちゃった。
漢字が少ないのは偶然かもしれませんが、展開ごとに映画評というより感想に近いものを書いたせいではないですかね~♪
この映画がそうさせたんですよ。
>一点的にしか
そうなんです。
白か黒か、善か悪かという二元論も目立ちますよね。
非常に狭くて小さな、そして単純な世界で人生を過ごしてきたのではないか、としか言いようがないです。
>フェイスフル
俗な言葉で言えば、自滅型の人生が【芸のこやし】になったということですね。
【誠実なマリアンヌ】を神様はお見捨てにならなかった、なんちゃって。
次々コメントを書き散らしてめんどくさい婆さんだと思われてやしないかと、ちょっとだけ(笑)心配しております。
これ、劇場で2回も観てしまいました。2回目は勧めた友人に付き合ったんですが。
>世界各地の風俗(一般的な意味の風俗でござる)を目にするのも映画を見る楽しみの一つであるが、こんな商売もあるのかと感心つかまつった。
この商売のネタは日本発らしいですね? 新宿辺り・・・?
知りませんでした?(笑)
これを観に行った中高年はだいたいマリアンヌ・フェイスフル目当てでしょうね。
これの前に「豚も空を飛ぶ」???でしたか? とか「インティマシー」やマリア・テレジア役をみていたのでそこまで驚きませんでしたが、やはり年々貫禄がでてきておられますね。
「あの胸にもういちど」 原作のタイトルは「オートバイ」なのにねぇ。マンディアルグの原作も読んでしまいましたよ。
なんだか哲学的で映画と全然違ってましたね。
私はこの映画よりはミック・ジャガーとのツーショットのほうが記憶の中のインパクトが強いですね。
60年代の理想のカップル。別れちゃったけど・・・
フェイスフル自身は実はブライアンが好きで、その次にキースが好きだったとか・・ マネージャーの指図で戦略的に付き合いだしたらしい・・・ わからんもんですわ。
歌手活動もされているようで、ライブ映像を観たことありますが、黒いパンツスーツ姿でドスのきいたお声で、シャンソン ド レアリストみたいでカッコよかったです。
>次々コメントを書き散らしてめんどくさい婆さんだと思われてやしないか
いや、そんなことは全くありません。
コメントがあるとアクセスも増えますし、マイナス面は全くありません。
数が多いと、当日のうちにレスできないことがありますが、それは勘弁してもらって・・・
>この商売のネタは日本発らしいですね? 新宿辺り・・・?
フーゾクに余り興味がないので、知りませんでした^^
ブログ記事を書いた時にどこかで読んだ気もしますが、
邦画を見て色々出て来るフーゾク業を指す言葉を聞いても区別がつきません。
>やはり年々貫禄がでてきておられますね。
西洋人は、有名人でも節制する方とそうでない方に二分されている感じで、カトリーヌ・ドヌーヴなんかもご貫禄ですよね。
彼女の場合は、毎年のように見ているので、びっくりすることはなかったですが、時々若い時の映画を観ると“細いっ!”と思います。
>原作のタイトルは「オートバイ」なのにねぇ。
日本人は、題名に内容を求め、それも情緒的なものを求めがちだから、原題とは違うものになりがちですね。特に1960年代までがそうで、今世紀になりまた昔に戻ってしまいました。
図書館に蔵書がありますので、いずれ読むつもりです。
>ミック・ジャガーとのツーショットのほうが記憶の中のインパクトが強い
僕はその時代全く子供でしたので、記憶がないですね。洋楽は聞くには聞いていましたが。
>マネージャーの指図で戦略的に付き合いだしたらしい・・・
ある意味そりゃ悲劇だ。“芸能人はつらいよ”だなあ。
>黒いパンツスーツ姿でドスのきいたお声で
ごく初期は可愛い声だったそうですね。色々変わる人なんですね^^