映画評「チャイナタウン」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1974年アメリカ映画 監督ロマン・ポランスキー
ネタバレあり

35年前突然降って湧いたようなハードボイルド映画の傑作。翌年「さらば愛しき女よ」というフィリップ・マーロウものの秀作が発表されるが、このロマン・ポランスキー監督作品はロバート・タウンのオリジナル脚本というところにちょっとした驚きがあったのだ。

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タウンとポランスキーがマーロウものを相当研究していることが伺われるが、映画版の最高傑作「マルタの鷹」を演出したジョン・ヒューストンを悪役に起用することで同監督にオマージュが捧げられていると共に、ポランスキーが“オーヴァーアクトになりがちな役者”ヒューストンから自然な重厚さを引き出したのが注目される。彼演ずる実力者が毎回探偵の名前を間違えるのは小事に拘らぬ大物なのか、それとも探偵をいらいらさせる意図を持っているのか考えるのも一興。「悪役が良ければサスペンス映画良し」というヒッチコックの言葉を地で行くように、悪役の迫力もあって本作はアメリカにおいて頗る高い評価を受けている(現在IMDb56位)。

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1930年代のロサンゼルス、チャイナタウンの警察上がりの私立探偵ギテス(ジャック・ニコルスン)がモーレイ夫人と名乗る女性(ダイアン・ラッド)から水道施設局長を務める夫の浮気調査を依頼され、きっちりと仕事をするが、依頼主に渡した写真が新聞に載り、本物のモーレイ夫人(フェイ・ダナウェイ)から強く抗議される。
 だまされたことに気付いた彼は名誉回復の為に調査に乗り出し、この一件にモーレイと地元の実力者ノア・クロス(ジョン・ヒューストン)のダム建設を巡る対立が大きく絡んでいることに気付いて調査を進めている最中に貯水池から当のモーレイの水死体が上がり、再び現場に踏み込んだ彼自身も奔流に襲われたり、事件に絡んでいるらしいヤクザに鼻を切られたりする。

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その鼻を切る小柄なヤクザをポランスキー自身が楽しげに演じて印象深い(画像上)。

夫人との親密度を増していく探偵の食わせ者クロスとの接触や偽モーレイ夫人の殺人などを経て、夫人とその父親であるクロスとの歪な関係が浮かび上がってくるまでのお話で、ハードボイルド映画らしい一筋縄ではいかぬ人間関係が大きな魅力と陰影を生み出しているわけだが、そうしたドラマ部分の厚みもさることながら、大衆映画ファンたる僕としては昨今の映画ではなかなか観られない段取りをきちんと踏んだ正攻法のミステリー展開に感服せずにはいられない。ギテスが夫人とお楽しみの最中に出かけることを知って夫人の車のテールライト・カバーを割って追尾するといった辺り実に丹念な描写である。但し、本格ミステリーのような痛快な大団円はありませぬので、勘違いなさりませぬように。

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クラシックな自動車や古い街並み、ファッション、当時の流行音楽などを駆使して手抜きなく再現された30年代ムードも大きな見どころと言うべし。

本作の後の「カッコーの巣の上で」と「シャイニング」で苦手な俳優になってしまうニコルスンはハンフリー・ボガートを十分彷彿とするハードボイルド演技で好調。フェイ・ダナウェイのニュアンスも大変素晴らしく、幕切れのやりきれない余韻に繋がっている。

時系列操作もナレーションもない映画は気持ち良いね。

この記事へのコメント

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2009年03月11日 21:49
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2009年03月12日 00:06
こんばんは。この作品はポランスキー監督作でも「フランティック」「ローズマリーの赤ちゃん」と並んで、わたし的にも☆4つ越えの作品です。
同監督は「赤い航路」のようなご本人がお得意とするフェチ的な映画よりも、こういった「段取りをきちんと踏んだ正攻法の」作品を作った時の方が、意外と力を十二分に発揮されている気がします。
特に「チャイナタウン」はレイモンド・チャンドラーの小説を彷彿とさせますね。(村上春樹氏の影響でチャンドラー、好きなんです)

>時系列操作もナレーションもない映画は気持ち良いね。

まさに共感です。
最近気づいたのですが、オカピーさんとは「一番好きな映画」の傾向は違うと思うのですが、その割には「オールド・ムービーで☆4つ以上だ!」と認定する作品や、逆に昨今の作品で「なんだ、これ?」とダメ出ししたくなる映画のセレクトや、その観点が意外と近い気がしているのですが、いかがですか?? 笑
オカピー
2009年03月12日 02:50
RAYさん、コメント有難うございます。

>「赤い航路」
あれは失敗作でしょう? 少なくとも僕には面白くなかった。

>正攻法の
はったりではなく、実力があるんです。^^

>チャンドラー
ロバート・タウンもポランスキーも相当研究したのでしょう、小説と映画の両方で。本作のゲテスは単独ではないのでマーロウとは些か違いますが。

>ナレーション
に関しては、ハードボイルド映画はモノローグとして使うことが多いので一概に否定しませんが、最近の映画はゲームの設定説明みたいなのが多くて嫌になっているんですよ。

最後の質問に関してはよく解りません(笑)が、映画を見る時に使う定規が極めて近いということではないでしょうか。
その中での判断は人間ですからどうしても違うわけで、一番好きな映画が同じでないことはままありうると思われるのですが。^^
シュエット
2009年03月12日 09:22
P様 おはようございます。
TBもって参りました!
この作品に流れる、澱んだような粘っこいような空気がたまりません。こうしてポランスキー作品をみていると、彼の監督デビュー作でもある29歳の作品
「水の中のナイフ」にじとじとと漂っていたあの空気を思い起こします。本作は40歳の作。彼の作品にずっとまとわりついているこうした感覚は、極めてポランスキー的と、つくづく思います。やはりこの感覚は好きだわぁ!
「戦場のピアニスト」のあと、期待して観に行った「オリバー・ツイスト」はブーだったんだけど、その次にカンヌ映画祭60周年を記念してつくられた30人以上の監督によるオムニバス「それぞれのシネマ」では、結構ユーモアのある笑わせてくれる映像を見せてくれました。彼ももう70歳を過ぎたのかぁ。ちょっと感慨です。
シュエット
2009年03月12日 09:31
どうでもいいんだけど、書き忘れた!
>フェイ・ダナウェイのニュアンスも大変素晴らしく
ニコルソン、ダナウェイ良かったっす。
やはりダナウェイはこういう神経症的な役で光る女優だわ。
ニコルソンも眼に、「シャイニング」でみせた怪しい・妖しいあの光の片鱗がみえているのが、本作では魅力となっていた。
ニコルソンも今更もなんですが、「ゴッドファーザー」のアル・パチーノ同様、こうして若い時の作品をみると凄い役者だなって思いますね。その前の「イージー・ライダー」「さらば冬のかもめ」とかと違う魅力出してますね。今となってはなんも記憶に残ってない「愛の狩人」っちゅう映画も劇場で見てましたわ。もう一度これ観てみたいような…。レンタルしてるかしら?
オカピー
2009年03月13日 02:59
シュエットさん、トラコメ有難うございます。

>澱んだような粘っこいような空気
アメリカ製作でありながら珍しくハードボイルド映画には少なからず澱んだムードがある作品が多いのですが、本作のような粘っこさは余りないです。
やはりポランスキーは【空気】ですよね。

>オリバー・ツイスト
ポランスキー的なものを期待すると、そういう印象を持ってしまうかもしれませんが、僕はあの街並みを見るだけで結構良い気分でした(古い街並みの残っているチェコで撮ったんでしょうね)。
結構ハードルが低いんですよ、僕は。(笑)

>ダナウェイ
ここ数年が彼女の演技者としての絶頂期だったような気がしますね。
「ネットワーク」という秀作もありました。

>ニコルソン
本文でも書きましたが、「カッコーの巣の上で」以降の彼は時々やりすぎの感があって苦手になってしまいましたが、本作や「愛と追憶の日々」なんかはとても良い。凄い役者ですけどね。

>「愛の狩人」
当時中学生だったので大して解りませんでした。^^;
ビデオ・レンタルはあるみたいですが・・・
mirage
2024年01月08日 09:15
こんにちは、オカピーさん。

1970年代の映画の中で、大好きな「チャイナタウン」のレビューをされていますので、コメントしたいと思います。

この映画「チャイナタウン」は、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドへのオマージュを込めたハードボイルド探偵映画の傑作だと思います。

この映画「チャイナタウン」の舞台となっている1930年代のロサンゼルスは、アメリカ社会が東海岸から西海岸へと発展の波を広げて行った時期に、太平洋岸最大の近代都市を形成しつつありました。

だが、そうした急速な膨張の反面には、かなりの無理がまかり通って来るもので、当然の事ながら、そこには不当な利権や醜い政治的な裏取引が蔓延して来ます。

この映画は、そのような時代背景の中に、それぞれの数奇で不条理な宿命とでも言うべき運命を背負って、哀しみの中で生きる人間たちの苦悩、葛藤をスリリングに、尚且つドラマティックに描いています。

レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドという二人のハードボイルド・ミステリー作家へのオマージュを込めて、しかも、ロバート・タウンのオリジナル脚本によって、それまでのどの映画よりも1930年代のロサンゼルスのハードボイルド探偵映画らしく映画化されていて、複雑で錯綜する話の内容をハードボイルド的なサスペンスでたたきこんでゆくので、一時たりとも画面から目が離せません。

ストーリーや当時の風俗やしぐさが、それらしいだけではなく、この映画製作に携わった人々は、"ハードボイルド的世界の精神"をきちんとつかんでいるし、主役の過去を秘めた虚無的な私立探偵ギテスを演じるジャック・ニコルソンの"シニシズムと人間臭さ"がまた映画好き、探偵小説好きにはたまらない魅力があります。

そしてロバート・タウンは、ジャック・ニコルソンとは長年の親友で、彼を念頭に置いてこの脚本を書いたと言われるだけに、ジャック・ニコルソンの魅力を十二分に引き出していると思います。

この映画は、1930年代のロサンゼルスの陽光きらめく太陽の底に淀む、退廃的なムードと虚無感に満ちた、陰湿な世界が展開されていますが、脚本のロバート・タウンは、そのレイモンド・チャンドラー的ハードボイルドの世界を見事に再構築していると思います。

監督は「戦場のピアニスト」、「ローズマリーの赤ちゃん」の名匠ロマン・ポランスキーで、彼は1933年生まれのポーランド系ユダヤ人で、第二次世界大戦中にその子供時代を過ごし、母親をナチスの強制収容所で失うという、悲惨で哀しいトラウマを抱えた過去を持っています。

「私の最も辛かった時期は子供時代である。----ドイツ兵がゲットーを一掃した頃から、私は肉体的苦痛と恐怖のギリギリを味わって来たのだ。----そして私は人生の早い時期に、政治的思想を持ち行動にも参加した。だが私は信じられないような多くの失望を味わった」と語る彼の言葉は、この映画の持つ"戦慄と人間不信"の背景となっているような気がします。

そして彼の妻は、彼の子を身籠ったまま、狂信的なヒッピーに惨殺されたあの女優のシャロン・テートであり、その恐ろしい事件の地、ハリウッドに再び戻ってこの映画を撮りました。

そして、彼はこの映画に冷酷な殺し屋の一人として特別出演していて、存在感のある演技も披露しています。

この映画のラストの30分の思いがけない意表を衝く結末については、これは有名な話ですが、監督のポランスキーと脚本のロバート・タウンで意見が分かれ、ポランスキーの主張する不幸な結末でなければ、この映画のテーマが台無しになってしまうという意見が通り、この結末になったそうですが、やはりラストはこの結末以外には考えられません。

警察も手が出せない政財界の大物であるクロス(ジョン・ヒューストン)が、「時と所を得れば人間は何でも出来るのだよ」という神をも恐れぬセリフは、ポランスキー監督の人間不信の言葉でもあるような気がします。

このクロスを「マルタの鷹」等のハードボイルド映画の監督でもあるジョン・ヒューストンが、実に憎々しげでアクの強い人間像を演じて見事です。

そして、クロスの娘であり、また女でもあるという"複雑で哀しい宿命を背負い、妖気と虚無的で退廃感の漂う"人妻イブリンを演じるのが、フェイ・ダナウェイで、彼女が十字架として背負う哀しい宿命は、彼女の左の緑の瞳の中の小さな黒点として象徴されています。

彼女の瞳の中にその黒点を認めた時、共に暗く哀しい過去を持つギテスとイブリンは、宿命の糸で結ばれます。
しかし、その愛はほんの束の間で、急速に回転し出した運命の歯車は、一気にカタストロフィへ突き進んで行きます。

車でロサンゼルスから逃れ去ろうとするイブリンを背後から撃った警官の銃弾が撃ち抜いたのは、彼女の左目である事を我々観る者は見落としてはいけないと思います。

映画の題名である"チャイナタウン"が、この映画の舞台になるのは、この最後の10分程の短いラスト・シークェンスにすぎませんが、なぜ、このチャイナタウンを映画の題名にしたのかという事を考えると、"チャイナタウン"は、アメリカの街の中の異境であり、迷路のようなこの街の中に、ポランスキー監督は、ポーランドでのゲットーと同じ安らぎを見出し、併せて、自分の妻のおぞましい惨劇を引き起こしたアメリカへの批判をしているとしか思えてなりません。

紙屑が舞い、野次馬が去って行く薄汚いチャイナタウンの夜のシーンは、哀しさと怒りを込めた、静かな中にも深く、優しさに溢れた名ラストシーンだと思います。
オカピー
2024年01月08日 19:48
mirageさん、こんにちは。

>狂信的なヒッピーに惨殺されたあの女優のシャロン・テート

僕は、大のビートルズ・ファンなので、マンソンのような狂人に利用されたのが悔しくてたまりません。

>自分の妻のおぞましい惨劇を引き起こしたアメリカへの批判をしている

アメリカに行けなくなったポランスキーは、アメリカに復讐されたのかもしれませんねTT

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  • 独断的映画感想文:チャイナタウン

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  • 「チャイナタウン」

    Excerpt: CHINATOWN 1974年/アメリカ/131分 監督: ロマン・ポランスキー 製作: ロバート・エヴァンス/アンドリュー・ブラウンズバーグ/C・O・エリクソン 脚本: ロバート・タウン 撮影.. Weblog: 寄り道カフェ racked: 2009-03-12 09:04
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