映画評「4ケ月、3週と2日」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2007年ルーマニア映画 監督クリスチアン・ムンジウ
ネタバレあり
2007年度カンヌ映画祭のパルム・ドール(最高賞)を受賞した作品。ある時期以降のカンヌは作家主義を偏重する余り実際にはかなり独善的な作品が受賞することが多くなっているので、本作はそうした大賞にふさわしい手応えのある久しぶりの秀作と言える気がする。手法的にはいかにもカンヌ向きだが。
1987年のルーマニア某所、学生寮のルームメイトらしい女子大生二人が何やら旅行に出るような準備をしている。そのうちの一人アナマリア・マリンカが恋人アレクサンドル・ポトチェアンから幾ばくかの金銭を借り、他方のローラ・ヴァシリウが電話で予約したはずのホテルに赴くが予約の記録がなくて門前払い。仕方なく別のホテルに部屋を取る。正体不明の中年男ヴラド・イヴァノフと逢ってホテルに引き返し、かくして三人はホテルの一室に顔を揃える。
ここまで観客は彼らが一体何をする気なのか皆目見当が付かず、僕はチャウシェスク政権末期の87年が舞台なのでキナ臭い方向に向かうのかと思わないでもなかったが、やがてこの男性が闇の中絶医と判って来る。
まず、(ここまで)大した事件もないのに退屈させない監督クリスチアン・ムンジウの手腕に感心させられる。しかも冗長になりがちなワンシーン・ワンカット手法にも拘わらず・・・だ。この手の作品にありがちな【表現の前に手法ありき】ではなく、【表現の為の手法】ということが正しく実施出来た結果と言えようかと思う。即ち、長回しから冗長さではなく緊張感若しくは臨場感を上手く引き出せているのである。
より具体的に言えば、彼女たちが何をしようとしているのかすぐに種明かしをしないネタ伏せ作戦の妙、そしてホテルで種明かしがされた後妊娠5か月にならんというローラ嬢の甘ったれた考えに振り回されるアナマリアに感情移入させていくタイミングの的確さにうならされる。
本編を見ただけでは些か解り難いのは、当時のルーマニアにおいて堕胎は国策により重罪であったという事実。宗教的理由であろうと国策であろうとどちらでも構わないではないかと言われればそれまでだが、密告社会のルーマニアと言えども彼女らがあれほど周囲に気を配る様子がなるほどと納得できるのは資料に当たってからということになり、その辺りは少し弱い。
いずれにせよ、ルームメイトの自分勝手さ故に痛い目に遭わせられたし、術後のことが気にかかるし・・・と恋人の母親の誕生会に請われて出席したものの落ち着かず、加えて年長者の前で喫煙したことを非難されもするヒロインの重苦しい心理が長回しの場面場面から痛いように伝わってくる。
水子の始末もアナマリアの仕事で、戻ってきたらローラ嬢は呑気に食事などしている。ヒロインにしてみれば呆れたお嬢様ではあるが、この作品は彼女らの危険な冒険を通して、どの国でも変わらない普遍的な人間関係の緊張を見せようとしているのだ。
しかし、観客においてはそこに留まらず、しばしば出てくるIDカードや外国製煙草(賄賂に使われる)といった要素から、底流にある独裁社会主義国家の暗黒と庶民の自由への希求を感じ取っておく必要があるだろう。
アナマリア・マリンカ嬢好演。
2007年ルーマニア映画 監督クリスチアン・ムンジウ
ネタバレあり
2007年度カンヌ映画祭のパルム・ドール(最高賞)を受賞した作品。ある時期以降のカンヌは作家主義を偏重する余り実際にはかなり独善的な作品が受賞することが多くなっているので、本作はそうした大賞にふさわしい手応えのある久しぶりの秀作と言える気がする。手法的にはいかにもカンヌ向きだが。
1987年のルーマニア某所、学生寮のルームメイトらしい女子大生二人が何やら旅行に出るような準備をしている。そのうちの一人アナマリア・マリンカが恋人アレクサンドル・ポトチェアンから幾ばくかの金銭を借り、他方のローラ・ヴァシリウが電話で予約したはずのホテルに赴くが予約の記録がなくて門前払い。仕方なく別のホテルに部屋を取る。正体不明の中年男ヴラド・イヴァノフと逢ってホテルに引き返し、かくして三人はホテルの一室に顔を揃える。
ここまで観客は彼らが一体何をする気なのか皆目見当が付かず、僕はチャウシェスク政権末期の87年が舞台なのでキナ臭い方向に向かうのかと思わないでもなかったが、やがてこの男性が闇の中絶医と判って来る。
まず、(ここまで)大した事件もないのに退屈させない監督クリスチアン・ムンジウの手腕に感心させられる。しかも冗長になりがちなワンシーン・ワンカット手法にも拘わらず・・・だ。この手の作品にありがちな【表現の前に手法ありき】ではなく、【表現の為の手法】ということが正しく実施出来た結果と言えようかと思う。即ち、長回しから冗長さではなく緊張感若しくは臨場感を上手く引き出せているのである。
より具体的に言えば、彼女たちが何をしようとしているのかすぐに種明かしをしないネタ伏せ作戦の妙、そしてホテルで種明かしがされた後妊娠5か月にならんというローラ嬢の甘ったれた考えに振り回されるアナマリアに感情移入させていくタイミングの的確さにうならされる。
本編を見ただけでは些か解り難いのは、当時のルーマニアにおいて堕胎は国策により重罪であったという事実。宗教的理由であろうと国策であろうとどちらでも構わないではないかと言われればそれまでだが、密告社会のルーマニアと言えども彼女らがあれほど周囲に気を配る様子がなるほどと納得できるのは資料に当たってからということになり、その辺りは少し弱い。
いずれにせよ、ルームメイトの自分勝手さ故に痛い目に遭わせられたし、術後のことが気にかかるし・・・と恋人の母親の誕生会に請われて出席したものの落ち着かず、加えて年長者の前で喫煙したことを非難されもするヒロインの重苦しい心理が長回しの場面場面から痛いように伝わってくる。
水子の始末もアナマリアの仕事で、戻ってきたらローラ嬢は呑気に食事などしている。ヒロインにしてみれば呆れたお嬢様ではあるが、この作品は彼女らの危険な冒険を通して、どの国でも変わらない普遍的な人間関係の緊張を見せようとしているのだ。
しかし、観客においてはそこに留まらず、しばしば出てくるIDカードや外国製煙草(賄賂に使われる)といった要素から、底流にある独裁社会主義国家の暗黒と庶民の自由への希求を感じ取っておく必要があるだろう。
アナマリア・マリンカ嬢好演。
この記事へのコメント
二人がテーブルをはさんで黙って向き合ったままのラストの演出。黙って、それぞれに何を考えているのか、じわっと見えてくる。このラスとは参りました。
確かに最近のカンヌ映画祭の受賞作品をみていると、作家主義的作品が多いですよね。しかし、これは書かれているように、作品から当時のルーマニア社会の独裁政権の怖さみたいなものが感じられ、特に主人公が走り回る夜の街の殺伐とした映像。映像そのものから伝わってくるギリギリの緊張感というか切迫感が、まさにルーマニアで生きる人々が感じている感覚なんでしょうね。
本作もそうですが、東欧諸国圏の映画が最近ぼつぼつと公開されてるけど、それらの作品に流れる緊張感と、どうかするとグロ一歩ギリギリまで描ききる彼らの精神力にはちょっと圧倒されます。併せてハンガリー映画「タクシデルミア~ある剥製師の遺言」もTBさせてくださいね。本作とは全く違うけれど、でも底流は同じたと思うの。
>カンヌ
作家主義、それもセミ・ドキュメンタリーが強いですよね。
本作も当てはまるけど、作り方の巧さでは一線を画すような気がしています。
「何だろう?」に始まり、「次はどうなるの?」になり、「イライラする」になった揚句があの幕切れ。上手いですよ。
一方では普遍的なものを描き、だから、敢えて協調しなくても、普遍的ではない独裁政権の不自由さが際立つ映画とも言えるような気もしますね。
>ハンガリー映画
WOWOWさんがどうでも良い日本映画を多く取り上げるようになってから、海外のミニシアター系がちょっと弱くなっているような気がするので、シュエットさんには大分遅れを取っていますが、頑張ります。
30年近く前に「ハンガリアン」という映画を見て以来ハンガリー映画は観ていないかもしれません。東欧には描く題材が多いのでしょう。我が国の映画は現在逃避傾向にあって、出来損ないのファンタジーばかり。困りましたね。