映画評「少林少女」
☆★(3点/10点満点中)
2008年日本映画 監督・本広克行
ネタバレあり
チャウ・シンチーがエグゼティヴ・プロデューサーとして参加し、「踊る大捜査線」シリーズの本広克行が演出したコミカル・アクション。鏡の間のシーンがあるので「燃えよドラゴン」へオマージュが捧げられているようである。
9年に渡る少林寺での修行を終えて日本に帰って来たカンフー少女・柴咲コウが故郷の道場が廃墟になっているのに驚き、中華料理店をやっているかつての先輩・江口洋介に事情を確認しに出かけ、そこで知り合った中国少女キティ・チャンとの交換条件で国際星館大学のラクロス部に特別招待生として加入する。
という前半はシンチーが日本で一般的に知られるきっかけになった「少林サッカー」のサッカーをラクロスに代えた趣で、最初は個人プレーが目立ったコウ嬢が少年サッカーに加わったり、少林寺をチームメイトに教えることでチームワークを理解し、チームは強豪になっていく、というスポーツ根性ドラマの定石的展開。大して面白味はないが、全くお話の変わる後半に比べれば大分ましでござる。
その後半は、最強であり続けたいと願う学長の仲村トオルが前面に出て来て、汚いやり口で彼女を誘き出して決闘に至るまでのお話になっているが、学長にまでなった人間が強いかどうかも解らぬ少女と闘うことを願う性格設計も出鱈目なら、とりあえず伏せておく落着方法も出鱈目。正体を隠した一味に道場と中華料理店を破壊されたコウ嬢が仇を討つ相手がすぐに解って駆け付けるのも、全く腑に落ちない。腑に落ちないというより、江口店長が危険なライバルの経営する大学で彼女がラクロスをするのを最終的に止めない時点で矛盾が生じている。
加えて、眼目のコウ嬢のアクションが心許ない。スタントなしと喧伝されているようだが、映画はスクリーンに現れたものが全てである。どんなに役者が演技に苦労し、脚本家が書き直しを重ね、監督が悩もうが、出来上がって我々の目に触れた現物のみが評価の対象となる。その意味で「カンフー映画を愛していない者がこんなものを作っては駄目」といった意見も的外れで、出来上がったものがひどいからと言って作者が愛しているか否かなど本質的に判断のしようがない。
話を元に戻すと、(努力の跡は認められるものの)この程度の結果しか出せないのであれば、柴咲コウ嬢のパートではスタントマンを大いに活用すれば良かった。そう認識していない人が多いが、スタントは映画を映画たらしめる基本的なSFXである。
ラクロスを本格的に観るのはこれが初めてなので、ラクロス場面はVFXを使い過ぎとは言え、プラス材料。ゴールの後ろにボールが出た後得点になる箇所がありましたが、ラクロスのルール上これは正しいのですか?
「燃えよドラゴン」の鏡の間シーンは「上海から来た女」を模倣したとも言われているわけで、「上海」の孫に当たるわけじゃが。
2008年日本映画 監督・本広克行
ネタバレあり
チャウ・シンチーがエグゼティヴ・プロデューサーとして参加し、「踊る大捜査線」シリーズの本広克行が演出したコミカル・アクション。鏡の間のシーンがあるので「燃えよドラゴン」へオマージュが捧げられているようである。
9年に渡る少林寺での修行を終えて日本に帰って来たカンフー少女・柴咲コウが故郷の道場が廃墟になっているのに驚き、中華料理店をやっているかつての先輩・江口洋介に事情を確認しに出かけ、そこで知り合った中国少女キティ・チャンとの交換条件で国際星館大学のラクロス部に特別招待生として加入する。
という前半はシンチーが日本で一般的に知られるきっかけになった「少林サッカー」のサッカーをラクロスに代えた趣で、最初は個人プレーが目立ったコウ嬢が少年サッカーに加わったり、少林寺をチームメイトに教えることでチームワークを理解し、チームは強豪になっていく、というスポーツ根性ドラマの定石的展開。大して面白味はないが、全くお話の変わる後半に比べれば大分ましでござる。
その後半は、最強であり続けたいと願う学長の仲村トオルが前面に出て来て、汚いやり口で彼女を誘き出して決闘に至るまでのお話になっているが、学長にまでなった人間が強いかどうかも解らぬ少女と闘うことを願う性格設計も出鱈目なら、とりあえず伏せておく落着方法も出鱈目。正体を隠した一味に道場と中華料理店を破壊されたコウ嬢が仇を討つ相手がすぐに解って駆け付けるのも、全く腑に落ちない。腑に落ちないというより、江口店長が危険なライバルの経営する大学で彼女がラクロスをするのを最終的に止めない時点で矛盾が生じている。
加えて、眼目のコウ嬢のアクションが心許ない。スタントなしと喧伝されているようだが、映画はスクリーンに現れたものが全てである。どんなに役者が演技に苦労し、脚本家が書き直しを重ね、監督が悩もうが、出来上がって我々の目に触れた現物のみが評価の対象となる。その意味で「カンフー映画を愛していない者がこんなものを作っては駄目」といった意見も的外れで、出来上がったものがひどいからと言って作者が愛しているか否かなど本質的に判断のしようがない。
話を元に戻すと、(努力の跡は認められるものの)この程度の結果しか出せないのであれば、柴咲コウ嬢のパートではスタントマンを大いに活用すれば良かった。そう認識していない人が多いが、スタントは映画を映画たらしめる基本的なSFXである。
ラクロスを本格的に観るのはこれが初めてなので、ラクロス場面はVFXを使い過ぎとは言え、プラス材料。ゴールの後ろにボールが出た後得点になる箇所がありましたが、ラクロスのルール上これは正しいのですか?
「燃えよドラゴン」の鏡の間シーンは「上海から来た女」を模倣したとも言われているわけで、「上海」の孫に当たるわけじゃが。
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