映画評「バンテージ・ポイント」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2008年アメリカ映画 監督ピート・トラヴィス
ネタバレあり

色々な視点で一つの場面を描いて一つの大きな物語を構成するスタイルを僕は「羅生門」型と総称しているが、内田けんじの「運命じゃない人」「アフタースクール」が近年の代表的なところ。
 本作は8人の視点により構成されている(とされる)が、物事は見た目といかに違うことかというのを主眼とした「アフタースクール」などとは違って、一つの視点で欠けている事実を他の視点・現場により補完し、やがて全て明らかになるというミステリー構成の為に採られたジグソーパズル的手法とでも言うべき作劇スタイルである。

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スペインはサラマンガの広場、テロ撲滅サミットの為に壇上に立ったアメリカ大統領が何者かに狙撃され、やがて大爆発が起き多数の死傷者が出る。
 という事件が最初はシガーニー・ウィーヴァーが指揮するTV局、次にシークレット・サービスに復帰したばかりのデニス・ウェイド、観光客フォレスト・ウィッテカー、地元の刑事といった視点で描かれるが、多少角度が違うと言っても同じ場面が3回も4回も繰り返されるとさすがに飽きてくる。

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それを挽回するのが、実は壇上に立った大統領は偽物で、それを本物ウィリアム・ハートが眺めているというエピソードである。
 ここからが第2部の始まりといったところで、裏をかいているつもりがテロリスト側に情報が筒抜け、弟を人質に取られた腕利きエドガー・ラミレスが司令部を全滅させ、本物の大統領を誘拐してグループ首脳部に引き渡す。事件の鍵たる人物に気付いたウェイドは“鍵”の乗る車を追いかけ、かくして猛烈なカーチェースが始まる。

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前半部の繰り返しを見ている最中こんな作り方をする必要があるのかと疑問に思っていた僕は、ここに至って、やはりシークレット・サービス側とテロリスト側の攻防を純粋に描くだけでも相当面白いお話が出来たはずと確信する。基軸となるサスペンス要素が十分優秀であることが確認できたからである。
 本作は、小出しにされた情報が揃う終盤で全てを納得させると正攻法で同じことを描いた場合に比べて印象が増幅される観客の心理を巧みに利用してるだけで、もっと単純に手に汗を握らせる本格的サスペンスを作る機会を棒に振った勿体ない作品という印象さえある。この手法では重量級のサスペンスはとても無理だ。

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「それでもこういうお話は作るのは大変なはず」と思って高く評価したがるムキもあろうが、ポール・ハギスの「クラッシュ」同様最初に一般的な物語をしっかり作った上でバラバラにするだけだから実は効果に比べるとそれほど難儀なものではなく、寧ろ正攻法で楽しませることの方が余程難しい。

ストーリー展開においては幕切れに最大の難あり。弟を人質に取られたラミレスがホテルのメイドを躊躇なく殺しているのに対し、弟を無表情で殺したテロリストのリーダーが子供を避けようとして事故を起こすのはムード的に首尾一貫せず、甘いと言わざるを得ない。弟を殺す段で躊躇するなどさせれば布石にもなったのだが。

この記事へのコメント

シュエット
2009年05月28日 16:55
コメントの件、ありがとうございました(ペコリ)
この作品は面白かったっていう意見が多かったみたい。
でも私はみていて、ブッシュ政権下の時に、大統領を見て感動するシーンとか、テロリストからいのちにかけても大統領を守るって絵も、なんでテロリストが生れたのかってこともちらりとも語らず、敵だ悪だといった絵って、なんで今の政権下でこんな内容の映画つくるねんって思うと、腹が立ってきて、記事も作品から外れてしまってます。
オカピー
2009年05月29日 01:02
シュエットさん、こんばんは。

僕は、余程極端に偏向していない限り、政治背景に関係なく楽しむことにしていますので、ブッシュ政権絡みやテロリストに関しては「いい気なもんだな」くらいの感想に留め、本作などはサスペンスとして楽しめるかどうかが基本に観ました。

で、面白いって言えば面白いかもしれないけれど、基本的には「まやかし」で見せた作品ではないかと思いますね。
サスペンスとして楽しめそうな要素が結構揃っているのだから、フランケンハイマーの傑作「ブラックサンデー」みたいにして見せてくれたらなあ、と【ないものねだり】の僕でございました。
シュエット
2009年05月29日 09:07
右脳人間と左脳人間の違いかな?
私はどうも自分に引寄せて映画もみてしまう。これもChouette流?(笑)
でも血沸き肉躍る戦争物も好きだし、悪の論理を描いた作品なども好きだし、テロをテーマにしてアメリカ側から描いた作品でも面白いと思うものもあるし、結局は映像の力がどれだけあるかなんでしょうね。原作を読んでいたとしても、映像の世界に引き込めるかどうか。映画は映画、原作は原作と但し書きしなくても、それだけの力のある作品みていると、映画は映画、原作は原作ってなりますものね。観ていてこんな風に思わせてしまうっていうのも、それだけこの作品の力が弱いってことなんでしょうね。
シュエット
2009年05月29日 09:07
>サスペンスとして楽しめそうな要素が結構揃っているのだから
私も本作についてもそう思います。
もっと正攻法で描いたほうが…最近、そういうのって多い。クラッシック映画みていると、本当にきちんと正攻法で描いて、ストーリーを積み上げて行ってる。
淡々と見ているんだけれど、いつの間にか引き込まれてしまっている。
デザイン過剰な最近の映画。売りがないからデザインで売るしかない。電化製品もファッションもみんな同じですね。で、シンプルがいいってところに戻るんですけど、映画はどういう道を行くんでしょうかね?
オカピー
2009年05月30日 01:03
シュエットさん、コメント有難うございます。

生まれつき完全な左脳人間というのもありますが、双葉塾で叩き込まれたという側面もあると思います。
双葉式鑑賞法というのは映画の性格に応じて観るのが基本ですから、トニー・ガトリフのように右脳的に観るべき作品はそれなりに感覚的に観るんです。

>それだけこの作品の力が弱い
そういうことでしょうね。
小説と映画というメディアの表現の違いなど関知しないで批判する原作ファンは度し難いですけど。

>映画はどういう道を行くんでしょうかね?
内容でも手法でも事実上限界に達しているので、実は「羅生門」型のヴァリエーションや時系列操作といった方式しかないのが現状。映像的にCGという打ち出の小槌を得てリメイクでお茶を濁していますが、僕などは寧ろ従来の実写の凄さを感じるだけ。CGも限界に近いので、半世紀前に流行った立体映画がまた流行り出していますね。
そのうちホログラム映画なんてのができるのでは。
一部の映画はクラシックに帰っていくかもしれませんね。映画作家は正攻法を恐れてはいけないと思います。
2009年06月11日 16:25
おひさしぶりです。というかいつもシュエットさんかトムさんのところで交互にコメントを出しているので、不思議な感じです(笑)

>作った上でバラバラにするだけ
 時間イジリ作品や視点イジリ作品はやたらと多く作られていますが、結局は普通に作っても平坦な出来でしかないですね。もとのレベルが60点程度なのだから、どうがんばっても80点にはならないですね。果汁60パーセントジュースがどうあがいてもポンジュースに勝てないのと一緒です。

 映画そのものよりさきに、映画鑑賞スタイルが変わるでしょうね。ネット配信公開のペイ・パー・ビュー方式のみとかにしたほうが宣伝費用とか節約できるでしょうし、購買者のアンケートをとって、マーケティングするとかにすれば、ダイレクトに反映されるでしょうしね。

 演出、技術ともに先は見えてこないですね。まあ、窮すれば通ずといいますし、気長に待とうかと思っています。ではまた!
オカピー
2009年06月11日 17:58
用心棒さん、お久しぶりです。
 仰るようにシュエットさんやトムさんのところでよくお見受けしました。
シュエットさんとはお住まいが関西という共通点がありますので、そういうところでお話が弾む要素もありますね。
 トムさんはvivajiji姐さんと同じ北海道!

 さて、本論。
 確かに作り込まれていますが、作るのは一般の観客が思うほど難しいものではないですよね。
 余り大したお話ではなくてもこの手法だと「おおっ、そうか」と思わされるのは僕もよく理解していますが、それだけで傑作のように扱われるのはちょっと違う。傑作というには正攻法にしてもきちんと観られるレベルに達していなければならない、というのが基本的な考えです。
 尤も単純なお話をよくぞここまで見せたという場合もないことはないですが、本作はそこまで行っていないでしょう。

続く。
オカピー
2009年06月11日 18:00
>購買者のアンケート
 諸刃の剣で、シネフィルと言われるレベルの映画ファンには有難くない結果が次々と生まれるでしょうね。
>ネット配信
 最初から小さな画面で観られるのを前提に作ると、映像的にも努力しなくなりそうですし。

 前から申しておりますが、このまま続けば何年もしないうちに、ハリウッド・テイストの新作は見なくなりそうです。若い人には刺激になるかもしれない手法は小手先ばかりで、誠につまらない。
 ハリウッド映画は昔から大味などと言われていましたが、今思うときちんと作られていましたよね。
2009年06月11日 20:03
古典的な手法と呼ばれ、観るべきところはないなどと蔑まされ、欧州映画の方が上等だという人もいるようですが、大間違いですね。
 難しく作るほうが簡単で分かりやすく、しかも多くの人の心にしみる映画を生み出す方が数倍難しい。
 ただ分かりやすいということと受け狙い、もしくは陳腐というのはまるで違いますし、ラブシーンや若手人気俳優を無理やり使って宣伝しまくって、興行収入のみに翻弄されるのが現状というのは疑問が残りますね。
オカピー
2009年06月12日 02:45
用心棒さん、こんばんは。

 昔から配収ベスト10/読者ベスト10と批評家ベスト10は殆ど噛み合わないわけですが、それでも80年代位までの読者ベスト10の作品はそれなりに映画芸術的の完成度を持った作品が多かったような気がしますね。
 
>欧州映画の方が上等
 内容として厳しい映画が多いのは事実ですが、それがイコール映画の出来栄えではないですね。
 クルーンの160km/hと上野由岐子の120km/のどっちが速いか比べるようなものです。距離もボールの大きさも違うので、相対的にどっちが速いとも言いにくい。どっちが打ちにくいかも言いにくい。

>簡単で分かりやすく
 この言葉の本質的な意味は「いかに最小限の時間で最大限の情報を盛り込むか」でしょう。だらだらと作った映画とは180度違いますね。
 日本映画界に関して言えば、TV業界が良貨を駆逐している状態と思います。
2009年06月12日 20:58
ドラマがドラマになっていない。というか、台詞が酷すぎると感じます。見たら解るものをクドクドしゃべってみたり、リアリティがなかったり、台詞の中にこれでもか、これでもかとばかり、説明を詰め込んでくる。
 
 見て解らないバカが多いから説明するのでしょうが、耳障りです。同じようになんでもないコメントに字幕を入れまくるのも画面が汚らしくて嫌です。聴覚障害者向けという事情があるのでしょうが、だったらもう少しきれいな字幕の入れ方を考えて欲しい。バラエティ番組などでの汚い字幕を見て、かれらが楽しんでいるとは思えないのですが…。

 映画でいうと、河瀬直美監督作品へのコメントとして多いのが、「説明が少なくて、うんぬん」があります。賛否両論あるでしょうが、ぼくは反対に「なんでそんなに説明してもらわなきゃいけないの?」と思います。観ながら、自分で人間関係を構築していくということが出来ないのでしょうか。
2009年06月12日 20:59
続きです。

 映像解析能力という以前に、常識がないから理解できないのでしょうね。普通に観ていれば、俳優の演技やカメラの撮り方で無意識でも、そして映画文法など知らなくとも、だんだん人間関係は掴めてくるものです。

 製作者はガタガタ言われてもレベルを落として欲しくないですし、下げてしまうと下げ止まりがなくなりそうで怖い。

 ではまた!
オカピー
2009年06月13日 00:33
用心棒さん、こんばんは。

>台詞が酷すぎる
 映画ではないですが、大人気のTVシリーズ「渡鬼」の台詞はひどくて、虫唾が走って二階の自室に逃げ込みます。
 家人が好きなので困ってしまいます。TVとは言え、全ての面でこれほどひどいものをどうして観られるかって。家庭不和の原因ですよ、あの番組は(笑)。

>バラエティ番組などでの汚い字幕
 全てはここから始まったんですね。もう20年くらい経つでしょうか。
 今はニュース番組でもインタビューでは必須となっていますね。確かに一般人では聞き取りにくいケースもありますので、別に構わないですが。

>河瀬直美監督作品
 評価できる部分とそうでもない部分がありますが、彼女の作品は鑑賞力があれば十分解ります。必要以上でも以下でもない説明でしょう。
 だから、僕らが観て解る映画が解らない人は、実際の人間関係においても相手の心理を洞察できずに終わることが多いと思いますね。

>映像解析能力という以前に・・・
 以下の文章に全く同感。きちんとした映画鑑賞ができる人は実際の生活でもそれなりに上手くやれるはずです。

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