映画評「アウェイ・フロム・ハー 君を想う」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年カナダ映画 監督サラ・ポーリー
ネタバレあり
女優サラ・ポーリーの長編初監督作。認知症になった妻への夫の愛情と献身を描いた作品として「アイリス」や「きみに読む物語」と併せて語りたい作品と思うが、前述二作とは相当趣を異にする。原作はアリス・マンローの短編「クマが山を越えてきた」。
元大学教授ゴードン・ピンセントと結婚して44年になるジュリー・クリスティ―がアルツハイマーを発症し、自らの意思で老人介護施設に入所を決めるが、夫は「入所から三十日間は面会も電話も禁止」というルールが気に入らずに反対。結局入所した妻は一ヶ月後夫を認識できないどころか、入所中の男性マイケル・マーフィーとの愛情を深めるが、マーフィーが家に戻るとすっかり落ち込み生きる屍のようになってしまう。それを目にした夫は若い時に教え子との関係で妻を悩ましたことの罰ではないかと感じ、彼女への深い愛情から細君のオリンピア・デュカキスを説得してマーフィーを施設に連れ戻すことを決意する。
表面的には夫の献身に胸が締め付けられるお話ではあるが、それ以上に、彼を動かしていく妻の言動は、恐らく無意識とは言え、余りにも皮肉で残酷。つまるところは男性の夫婦観・セックス観に対する強烈な批判であり、男性鑑賞者におかれてはやりきれなくなるのではあるまいか。それも開幕と終幕において4本のクロス・カントリーのスキー痕により二人が44年という期間を共に歩んできたことをきちんと観客の頭に染み込ませる演出を取っているだけにそのアイロニーは益々際立つ。あるいは、延々と並行するスキー痕は男女の感性が決して交わらないことのシンボルと考えることもできるわけで、もしそこまで考えているなら実に巧妙な布石と言うべし。
長編デビュー作(兼脚色)とは信じられないほど、登場人物の配置に無駄がなく、出し入れが上手い為、主題展開が誠に鮮やか。鮮やかであればあるほど我々男性客には頭が痛い、というのも皮肉であります。
若い時は演技力より独自の存在感に惹かれたジュリーは実に味わい深い演技者になった。ピンセントも当惑する夫を好演。
女性作家が男性観客をしゅんとさせる作品としては「幸福」以来の秀作かな。
2006年カナダ映画 監督サラ・ポーリー
ネタバレあり
女優サラ・ポーリーの長編初監督作。認知症になった妻への夫の愛情と献身を描いた作品として「アイリス」や「きみに読む物語」と併せて語りたい作品と思うが、前述二作とは相当趣を異にする。原作はアリス・マンローの短編「クマが山を越えてきた」。
元大学教授ゴードン・ピンセントと結婚して44年になるジュリー・クリスティ―がアルツハイマーを発症し、自らの意思で老人介護施設に入所を決めるが、夫は「入所から三十日間は面会も電話も禁止」というルールが気に入らずに反対。結局入所した妻は一ヶ月後夫を認識できないどころか、入所中の男性マイケル・マーフィーとの愛情を深めるが、マーフィーが家に戻るとすっかり落ち込み生きる屍のようになってしまう。それを目にした夫は若い時に教え子との関係で妻を悩ましたことの罰ではないかと感じ、彼女への深い愛情から細君のオリンピア・デュカキスを説得してマーフィーを施設に連れ戻すことを決意する。
表面的には夫の献身に胸が締め付けられるお話ではあるが、それ以上に、彼を動かしていく妻の言動は、恐らく無意識とは言え、余りにも皮肉で残酷。つまるところは男性の夫婦観・セックス観に対する強烈な批判であり、男性鑑賞者におかれてはやりきれなくなるのではあるまいか。それも開幕と終幕において4本のクロス・カントリーのスキー痕により二人が44年という期間を共に歩んできたことをきちんと観客の頭に染み込ませる演出を取っているだけにそのアイロニーは益々際立つ。あるいは、延々と並行するスキー痕は男女の感性が決して交わらないことのシンボルと考えることもできるわけで、もしそこまで考えているなら実に巧妙な布石と言うべし。
長編デビュー作(兼脚色)とは信じられないほど、登場人物の配置に無駄がなく、出し入れが上手い為、主題展開が誠に鮮やか。鮮やかであればあるほど我々男性客には頭が痛い、というのも皮肉であります。
若い時は演技力より独自の存在感に惹かれたジュリーは実に味わい深い演技者になった。ピンセントも当惑する夫を好演。
女性作家が男性観客をしゅんとさせる作品としては「幸福」以来の秀作かな。
この記事へのコメント
男の知識人は、結局、言葉の通用する世界ではなんのかんの庇護者的にいられるんですけどね。こうした状況になると、半分おろおろして判断停止になってしまいます。他山の石でありますな(笑)
またまたせっせと映画を観られて、記事更新されている。
なによりです。
さて、本作、テーマはねぇ、分かるんだけどねぇ。
>延々と並行するスキー痕は男女の感性が決して交わらないことのシンボルと考えることもできるわけで、もしそこまで考えているなら実に巧妙な布石と言うべし。
そんなん、当たり前やんか!「黒の舟歌」の♪男と女の間にはふかくて暗い川がある~♪ ってなのは百も承知で、それでも求め合うそこから紡ぎだされるドラマが切なくて…な~んてね(笑)
ジュリーの夫に対する複雑な心情は分かるんだけど、どうも感情移入できなくて~です。私だったら、女の視点からもっと別の形で…なんて思ったりする。
男の視点はもっと身につまされるんだね(笑)
女も女なりに身につまされたわ。
TBもってきました。
男の視点で捉えられたようで、実は女性の視点というフィルターが掛かっているところが本作の面白さですが、大変精度が高いような印象がありましたね。
しかも、僕の周囲では身につまされる男性鑑賞者のほうが評価が高いのも面白い現象。やはり、”他山の石”のせいでしょうか。(笑)
ふーん、まだ通院など色々あって調子が出ませんが、何とか一日に一本は観ています。
>そんなん、当たり前やんか!
うわっ、怒られた。(笑)
いや、僕が言いたいのは、男と女の感性が交わらないという現象ではなく、四本のスキー痕をダブル・ミーニング、即ち一つは本論に対する順接的な意味として、一つは逆説的な意味として、一緒に扱ってしまった純粋にシンボライゼーションとしての上手さ・鮮やかさ。
しかも、その現象を提示するのではなくて、それは既に絶対的真実とでも言うべき断定調を決め込んで男性を批判しているところにハードボイルドさがある。これは凄いですよ。
男性の視点とは言うけれど、実はそこには女性の視点というフィルターがかかっているわけで、男性作者なら男性を憐れむところを突き離してしまったところが恐ろしい。
身につまされるお話でございますよ。^^;
フム・フムもうひとつおまけでフム!
劇場で観たときは、心情的に反応してしまいましたね。
もう一度見直したら、映像で描こうとしたものがもう少しはっきりと見えてくるかしらね?
やはり、テーマとしても自分自身に引寄せて観てしまうところがある。
そういう年齢に近づきつつあるんだわぁ、お互いに(笑)
>心情的に反応
一観客としてはそれが当然でしょう。
僕なんかは、映画評を謳っている以上、なるべく個人的心情を排して技術論を軸に語ろうとしていますから、こうなりますけどね。
それでも、映画によっては多分に心情的に評価せざるを得ない作品もままあります。
>そういう年齢に近づきつつあるんだわぁ、お互いに(笑)
ちょっと意味が違いますが、
今回の病気で、一気に【年齢】と【お迎え】を意識することになりました。
あそこで痛みを我慢していれば、或いは本当に【お迎え】が来てしまいかねない病気だったようですから、これも神の配剤だったのかもしれないと、妙に抹香臭いことを考えていますよ。