映画評「接吻」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年日本映画 監督・万田邦敏
ネタバレあり
キム・キドク「ブレス」と似た着想のサイコ・スリラー寄りの心理サスペンスである。
開巻直後、さりげなく女性に挨拶したばかりの豊川悦司が錠を下していない家に入って主婦を撲殺し、帰宅した娘と夫を撲殺する、というサスペンス場面があるが、犯行そのものを全く映さないのが秀逸で恐怖が見事に高められる。撮り方は全く違うがヒッチコック「フレンジー」を彷彿する。
一方、他人から関心を寄せられない為に疎外感を味わっているOL小池栄子は故意にTVカメラの前で逮捕されてニヤッと笑った死刑希望の豊川に自分と同じ種類の孤独を感じ、せっせと情報を集めた挙句に国選弁護士・仲村トオルを通して差し入れすることから始め、遂に接見することも許され、控訴しないと死刑が確定して会えなくなるので獄中結婚まで果たしてしまう。
世間との究極の断絶である【死】に取りつかれた彼女にとって実は「控訴しないで死を選ぶ」ことこそ大事で、結婚はどうでも良いわけだが、この辺りの屈折具合が実に恐ろしい。普段は無視する癖に一旦逮捕されるや関心を寄せる世間に対して口を利かずに無視するという彼の“復讐”に一方的にシンパシーを抱いて接近するヒロインであるが、相手が囚人と言えども余りに一方的な恐ろしい行為というほかない。
最初は彼女に多少の共感を覚えたらしい彼が悪夢を見ることによって殺人に対して罪悪感を覚えた時に二人の心が大きく乖離しているのを見る観客は、彼の為にではなく自分の為に行動しているヒロインのエゴイストぶりに否応なしに気付かされることになる。
終盤は一種の逆恨みスリラーの様相を呈し、彼女が弁護士にこっそり預けた包丁を使って豊川を刺し、仲村をも殺そうとしながら果たせないとキスをした挙句に刑務官に連行される。
キャッチコピーの「衝撃の結末」が何を指しているのか不明だが、彼女が仲村に渡したものが包丁であるくらいは誰にでも想像がつくので、実質的に【観客が知っているが故のサスペンス】となっていて、頗る優秀。文学的には豊川の悪夢にも出てきたハッピーバースデーのケーキは生の象徴であり、仲村へのキスは恐らくは彼女が死を求める夢から覚め、世間との交渉が避けられない現実を認識したということなのであろう。
監督の万田邦敏は初めてだが、孤独に苛まれる人間の、常人には理解しがたい心の闇を描いて秀逸。脚本も共同で書いているので注目したい才能と言うべし。小池栄子は素晴らしい好演ではあるものの、バストのボリュームが内向的な性格に不釣り合いに映るのは男性観客のサガですかな。
「ほっといて」が うつろに響く 通路かな
2006年日本映画 監督・万田邦敏
ネタバレあり
キム・キドク「ブレス」と似た着想のサイコ・スリラー寄りの心理サスペンスである。
開巻直後、さりげなく女性に挨拶したばかりの豊川悦司が錠を下していない家に入って主婦を撲殺し、帰宅した娘と夫を撲殺する、というサスペンス場面があるが、犯行そのものを全く映さないのが秀逸で恐怖が見事に高められる。撮り方は全く違うがヒッチコック「フレンジー」を彷彿する。
一方、他人から関心を寄せられない為に疎外感を味わっているOL小池栄子は故意にTVカメラの前で逮捕されてニヤッと笑った死刑希望の豊川に自分と同じ種類の孤独を感じ、せっせと情報を集めた挙句に国選弁護士・仲村トオルを通して差し入れすることから始め、遂に接見することも許され、控訴しないと死刑が確定して会えなくなるので獄中結婚まで果たしてしまう。
世間との究極の断絶である【死】に取りつかれた彼女にとって実は「控訴しないで死を選ぶ」ことこそ大事で、結婚はどうでも良いわけだが、この辺りの屈折具合が実に恐ろしい。普段は無視する癖に一旦逮捕されるや関心を寄せる世間に対して口を利かずに無視するという彼の“復讐”に一方的にシンパシーを抱いて接近するヒロインであるが、相手が囚人と言えども余りに一方的な恐ろしい行為というほかない。
最初は彼女に多少の共感を覚えたらしい彼が悪夢を見ることによって殺人に対して罪悪感を覚えた時に二人の心が大きく乖離しているのを見る観客は、彼の為にではなく自分の為に行動しているヒロインのエゴイストぶりに否応なしに気付かされることになる。
終盤は一種の逆恨みスリラーの様相を呈し、彼女が弁護士にこっそり預けた包丁を使って豊川を刺し、仲村をも殺そうとしながら果たせないとキスをした挙句に刑務官に連行される。
キャッチコピーの「衝撃の結末」が何を指しているのか不明だが、彼女が仲村に渡したものが包丁であるくらいは誰にでも想像がつくので、実質的に【観客が知っているが故のサスペンス】となっていて、頗る優秀。文学的には豊川の悪夢にも出てきたハッピーバースデーのケーキは生の象徴であり、仲村へのキスは恐らくは彼女が死を求める夢から覚め、世間との交渉が避けられない現実を認識したということなのであろう。
監督の万田邦敏は初めてだが、孤独に苛まれる人間の、常人には理解しがたい心の闇を描いて秀逸。脚本も共同で書いているので注目したい才能と言うべし。小池栄子は素晴らしい好演ではあるものの、バストのボリュームが内向的な性格に不釣り合いに映るのは男性観客のサガですかな。
「ほっといて」が うつろに響く 通路かな
この記事へのコメント
脚本は、監督の奥さんが中心で書かれたようですね。
「これも愛、あれも愛♪」という歌が、聞こえてきそう(笑)
なかなか凄い脚本ですねえ。
僕は、彼女の行為は「愛」と言っても自己愛に基づくものではないかと思います。
仲村トオル弁護士の方に寧ろ彼女への「愛」を感じますが、基本的には同情のような気がしますし。