映画評「長い散歩」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年日本映画 監督・奥田瑛二
ネタバレあり

遅ればせながら監督奥田瑛二を初めて観る。予想以上にしっかりと作っていて、アメリカだけでなく日本の映画俳優もやるもんだなと感心した。

教育者として厳格すぎるが故に娘・原田貴和子に嫌われ、妻・木内みどりをアルコール中毒で失った元校長の緒形拳が新しく越した一人暮らしのアパートで、母親・高岡早紀から虐待を受ける5歳の幼女・杉浦花菜と知り合う。
 やがて、妻と娘への贖罪の念にかられて不憫な幼女を連れ出し、娘の少女時代に家族旅行をした山を目指し、憂鬱を抱えるザンビアからの帰国子女・松田翔太と知り合うなどして旅を進めるうちに、母親が捜索願を出した為に誘拐犯として追われることになる。

というお話で、ベースとなるのは世にはびこるネグレクトを含む親による児童虐待。序盤暫く続くその描写には目を覆いたくなるが、現実にこのような出鱈目な親がかなり存在するのだろう。

サチと呼ばれるこの少女は暴力が日常的であった為他人に触れられることを極度に恐れるが、老人はアパートの近くで鳥のヒナを介して取っ掛かりを作り、旅に出ては「人に触られても痛くない」という信頼感を与えていく。彼女に残された恐怖は「捨てられること」だけになる。笑顔を取り戻させるのは途中で行動を共にする若者である。

以上のように、本作は恐らく児童虐待の現実を訴えることを目的としたわけではなく、ごく当たり前の「人は一人では生きていけない」という人と人との関わり合いをテーマをやや寓話的に扱った内容と理解したい。説明不足の点が多々あるのに、好意的にみてしまうのは身近なテーマとその扱いのせいだろう。

最後に井上陽水の名曲「傘がない」(歌はUA)が流れる。人生は雨の中を傘を持たずに歩いているようなものである。傘を差してくれる人がいて初めて雨をしのげる。
 暴力に震える幼女にとって老人は傘を差し出す人であり、娘や妻との過去について自責の念に苛まれる老人自身も傘を差して差され、何とか生きて行くのである。その反対に、少女時代に自身も虐待されていた母親が濡れ鼠になって歩いているショットは彼女の傘のない人生を象徴して効果的。

配役陣では、子役の杉浦花菜ちゃんの演技に驚かされました。

♪だけども 問題は今日の雨 傘がない~

この記事へのコメント

2009年11月25日 00:26
TBありがとう。
奥田監督は、ちょっと苦手なんですけどね(笑)
今作は、わりと落ち着いて見れました。
ラストのUAの「傘がない」、とてもよかったな。
オカピー
2009年11月25日 01:10
kimion20002000さん、こんばんは。

>奥田監督
僕はとにかく初体験なので比較はできませんが、本作は素直な内容ではなかったでしょうか?

>「傘がない」
初期の陽水はナイーヴで特にご贔屓なんです。
2009年11月25日 20:28
『長い散歩』は、緒形拳の晩年の重要な作品としても忘れがたいです。

『長い散歩』はモントリオール映画祭で高い評価を受けましたが、モントリオール映画祭って日本映画と相性がいいですよね。

『いつか読書をする日』や『ヴィヨンの妻』といった日本の現在や過去を細やかに描き出した秀作を、きっちりと評価してくれる点に好感がもてます。
オカピー
2009年11月26日 01:08
yuasaさん、初めまして。

>緒形拳
素晴らしい俳優でしたね。
「復讐するは我にあり」の連続殺人犯の凄みは特に印象深いです。

>モントリオール映画祭
他国の受賞作を観ても、その国らしさをよく出した作品が受賞する確率が高いようです。「おくりびと」もそうですね。

>『ヴィヨンの妻』
未鑑賞ですが、原作を昔読んだことがあり、観てみたい作品です。

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