映画評「黒い画集-あるサラリーマンの証言-」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1960年日本映画 監督・堀川弘通
ネタバレあり
今年生誕100年につき色々なところで特集が組まれている松本清張の映画化作品の中でも「砂の器」と並んで評判が良く(キネマ旬報ベスト10の第2位)、脚色が橋本忍、監督が堀川弘通という黒澤組に縁のあるお二人だから、長い間観たかった作品。
部下の原知佐子と慎重に逢瀬を楽しんでいる有名企業の課長・小林桂樹が彼女のアパートを出て間もなく知り合いの保険外交員・織田政雄と出食わして挨拶をする。後日その織田が顧客の若妻を殺した罪で逮捕され、全く別の場所で主人公に会ったとアリバイを提示するが、彼は平凡だが幸福なサラリーマン生活を壊したくない為に現場とは反対方向の渋谷で映画を見ていたと嘘をつき、結果的に織田は死刑を求刑されてしまう。
ところが、今度は浮気をばらすぞと彼女のアパートの住人で借金漬けの学生・江原達怡に強請られる。主人公はお金を渡しにその学生が殺された部屋へのこのこと入り込んだ結果逮捕され、最初の事件の真相を告げることで無実を証明するが、家庭の幸福も社会的信用も失ってしまう。
一言で言えば、「浮気すると碌なことになりませんぞ」というお話だが、およそ半世紀前の作品だから今の若い人には理解しにくい部分もあるように思う。
例えば、他人のアパートにすんなり入る場面の多いことから推測されるのは、当時は東京でも(下町なら)錠を降ろす習慣が余りなかったのではないかということである。「子供の時近所の家に勝手に上がり込んでいた」と女優の高木美保が仰るのを聞いたことがある。当時僕の地元では錠は降ろせない障子戸の家しかなかった。
あるいは一介の課長が小さな幸福に拘って大きな嘘を付くのも、雇用環境等全てが不安定な現在の感覚ではピンと来ないだろうが、本作の作られた昭和35年は日本が高度経済成長期に入って4、5年につき、現在に比べて将来的展望が開けていた時代である。その意味で、娘と息子がTVのチャンネルを争う場面にしても単なる情景ではなく、普及し始めたばかりのTVが安定した中流階級生活を象徴する重要な場面として強い印象を残す。
いずれにしても、主人公が極めて小市民らしい小市民なのでハリウッド作品のように自分で事態を積極的に収拾する考えもなく、寧ろ外的要因に流されながら生きているところに所謂サスペンス映画とは別の小市民映画としての面白さがある気がする。
だからこそ平凡なサラリーマン役を得意とする小林桂樹の主人公への配役はふさわしい。これが計算高い冷徹な雰囲気の強い役者、例えば本作にも上司役で出ている中村伸郎のようなタイプを起用したなら社会を凝視するというより、主人公の、ひいては人間のエゴを批判する映画になってしまうであろう。
松本清張は時代を映し出す鏡である・・by Okapi
1960年日本映画 監督・堀川弘通
ネタバレあり
今年生誕100年につき色々なところで特集が組まれている松本清張の映画化作品の中でも「砂の器」と並んで評判が良く(キネマ旬報ベスト10の第2位)、脚色が橋本忍、監督が堀川弘通という黒澤組に縁のあるお二人だから、長い間観たかった作品。
部下の原知佐子と慎重に逢瀬を楽しんでいる有名企業の課長・小林桂樹が彼女のアパートを出て間もなく知り合いの保険外交員・織田政雄と出食わして挨拶をする。後日その織田が顧客の若妻を殺した罪で逮捕され、全く別の場所で主人公に会ったとアリバイを提示するが、彼は平凡だが幸福なサラリーマン生活を壊したくない為に現場とは反対方向の渋谷で映画を見ていたと嘘をつき、結果的に織田は死刑を求刑されてしまう。
ところが、今度は浮気をばらすぞと彼女のアパートの住人で借金漬けの学生・江原達怡に強請られる。主人公はお金を渡しにその学生が殺された部屋へのこのこと入り込んだ結果逮捕され、最初の事件の真相を告げることで無実を証明するが、家庭の幸福も社会的信用も失ってしまう。
一言で言えば、「浮気すると碌なことになりませんぞ」というお話だが、およそ半世紀前の作品だから今の若い人には理解しにくい部分もあるように思う。
例えば、他人のアパートにすんなり入る場面の多いことから推測されるのは、当時は東京でも(下町なら)錠を降ろす習慣が余りなかったのではないかということである。「子供の時近所の家に勝手に上がり込んでいた」と女優の高木美保が仰るのを聞いたことがある。当時僕の地元では錠は降ろせない障子戸の家しかなかった。
あるいは一介の課長が小さな幸福に拘って大きな嘘を付くのも、雇用環境等全てが不安定な現在の感覚ではピンと来ないだろうが、本作の作られた昭和35年は日本が高度経済成長期に入って4、5年につき、現在に比べて将来的展望が開けていた時代である。その意味で、娘と息子がTVのチャンネルを争う場面にしても単なる情景ではなく、普及し始めたばかりのTVが安定した中流階級生活を象徴する重要な場面として強い印象を残す。
いずれにしても、主人公が極めて小市民らしい小市民なのでハリウッド作品のように自分で事態を積極的に収拾する考えもなく、寧ろ外的要因に流されながら生きているところに所謂サスペンス映画とは別の小市民映画としての面白さがある気がする。
だからこそ平凡なサラリーマン役を得意とする小林桂樹の主人公への配役はふさわしい。これが計算高い冷徹な雰囲気の強い役者、例えば本作にも上司役で出ている中村伸郎のようなタイプを起用したなら社会を凝視するというより、主人公の、ひいては人間のエゴを批判する映画になってしまうであろう。
松本清張は時代を映し出す鏡である・・by Okapi




この記事へのコメント
拙記事(主に堀川弘通さん関連)TB
させていただきました。
なんですか太宰生誕記念をひとしきり
やっておりましたが(人間失格裁判とやら
珍妙なNHK番組をぶつくさ言いながら
最後まで見てしまいました・笑)
今度は清張さんですか~。(^ ^)
先日ようやっと録画できましたポーランド映画
「夜行列車」が59年、本作が60年。
おっしゃるようにほんとに半世紀前ね~。
私の父母の青春時代、時代自体が生臭くて
元気だったという感じが実感として記憶薄い
私でさえも、黒澤さんや堀川さんらの映画人が
関わった当時のシャシンがチリチリと始まった途端に
その時代の空気感までもこちらに届く。
これってほんとうに凄いこと。
そして
松本清張、やはり、昭和の文筆家の
巨人のひとりでしょう。(^ ^)
>太宰治
清張さんと同じ年でしたかあ(元々知っていますが^^)。
方や亡くなったのが早く、方や文壇デビューが遅いので、一時代違う感じがしますね。
淀川センセとも同じなんですねえ。双葉師匠は一つ下。
>清張さん
年末にWOWOWでも特集があるので、再鑑賞を含めて何本か観るつもりです。
先日久しぶりに「点と線」を読みました。シンプルですが面白いですよね。
ついでに連作短編集「影の車」も読みました。その昔同名の野村芳太郎のこわ~い映画化作品も観ましたが、長編ではなかったんですなあ。
本作が作られたのは僕が生まれたのと殆ど差がないわけで、物心がついていない頃のお話。我が家がTVを買ったのは1961年でした。それも月賦で、父親が交通事故で入院した為に金が払えず、大騒ぎになったようです。
清張さんは、TVでどこかの誰かさんが仰っていたように、時代を正確に写し取るタイプの作家ですよね。
純文学の手詰まり感の間隙を縫って現れた大作家なような気がします。
記事とは関係ないコメントですが…
作品もまた観ますね。はい。
僕が赤子の頃に作られた作品ですが、時代が非常によく解るところが興味深かったです。
実は偶然にもこの映画を観る直前清張の「点と線」(再読)と短編集「影の車」を読みました。
というのもその前にジェームズ・ジョイスの「若き日の芸術家の肖像」などという全く読みにくい小説を読んでいたもので、読みやすいものをということで図書館から借りてきたっちゅうわけです。
>芥川賞受賞作
「或る『小倉日記』伝」ですね。
清張さん(と言いますか戦後文学)は僕の変なポリシーにより余り読んでいないのですが、東京新聞に掲載されていた「清張通史」は途中まで読んでいたかなあ。途中で大学生になって東京へ引っ越したので、読めなくなっちゃった。
邪馬台国九州説は面白く読みましたが、最近の遺跡発掘で近畿説が有力になってきましたね(ほぼ決まり?)。
僕が赤子の頃に作られた作品ですが、時代が非常によく解るところが興味深かったです。
実は偶然にもこの映画を観る直前清張の「点と線」(再読)と短編集「影の車」を読みました。
というのもその前にジェームズ・ジョイスの「若き日の芸術家の肖像」という全く読みにくい小説を読んでいたもので、読みやすいものをということで図書館から借りてきたっちゅうわけです。
>芥川賞受賞作
「或る『小倉日記』伝」ですね。
清張さん(と言いますか戦後文学)は僕の変なポリシーにより初期の代表作を別にすると余り読んでいないのですが、東京新聞に掲載されていた「清張通史」は途中まで読んでいたかなあ。途中で大学生になって東京へ引っ越したので、読めなくなっちゃった。
邪馬台国九州説は面白く読みましたが、最近の遺跡調査で近畿説が有力になってきましたね(ほぼ決まり?)。