映画評「扉をたたく人」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2007年アメリカ映画 監督トム・マッカーシー
ネタバレあり
9.11以降ハリウッドは家族再生をテーマにした映画を大量に生産したが、本作は事件以降厳格化された有色人種移民・難民への米国当局の扱いをモチーフにした秀作ドラマ。
妻を失ってから心を閉ざし無為に日々を送っている地方の大学教授リチャード・ジェンキンズが学会に出席する為にニューヨークへ赴き、久しぶりに別邸に戻ってみると、見も知らぬセネガル人女性ダナイ・グリラとシリア人男性ハーズ・スレイマンが暮していて吃驚する。友人に騙されたと知った二人は不法滞在なので慌てて出て行くが、教授は行き場所もなさそうなのに気付いて二人をそのまま滞在させることにする。
音楽好きのジェンキンズは若者の叩くアフリカの太鼓ジャンべに興味を覚え、彼に師事して叩き方を学び、久しぶりの充実感を覚える。が、セントラルパークでの共演の後、地下鉄でのちょっとした行為からスレイマンは警察に逮捕され入国管理局へ送られる。やがて彼の母親ヒアム・アッバスが現れ、三人で心痛を分かち合うことになるが、何回目かに逢いに行くと彼は既に本国送還に付され、老教授は地下鉄のプラットフォームで怒りを込めてジャンべを叩く。
話の構図から言えば、本作の主人公たるは人ではなく、移民や難民を巡るアメリカの状況と言うべきで、老教授はアメリカの移民環境を写す鏡であり狂言回しである。
同じように不法滞在中だったヒアムも息子を追って環境の悪い故国に戻らねばならない。彼女が飛行機に搭乗する為にゲートから遠ざかっていく。それに従い星条旗がぼやけてやがてホワイトアウトする。移民に開かれた国家だったはずの米国がその本質を失っていることを見事に暗示して息が詰まる思いをさせられる名場面である。外国人に冷たいのは日本ばかりかと思ったが、かの国も大したことはない。
ジェンキンズがジャンべを叩く幕切れが小市民の無力とせめてもの抵抗を感じさせて素晴らしいが、鏡として配置された彼自身も非常に魅力的に描かれている。狂言回しであると同時に生き生きとした主人公になっている。
彼は元来クラシックが好きでピアノを学んでいたが物にならない。この第一シーンで、教授が音楽好きであることを示すと同時に、クラシック音楽のように規則優先の人生を送ってきたことが象徴される。その閉塞感を突き破るのはもっと自由奔放なアフロ・ビートの太鼓である。
最終的に彼は行動的で、声を大にして意思を表明する人間に変身する。幕切れでジャンべを叩く彼の姿はそうした内面を的確に表現してもいて、頗る感動的。
さらに、学生に厳格に規則を適用した老教授が終盤厳格にルールを適用することの理不尽を味わうことになるという構成が実に上手い。
中堅俳優トム・マッカーシーの長編第二作と聞くが、脱帽するしかない。
【良い邦題で賞】を進呈致します。
2007年アメリカ映画 監督トム・マッカーシー
ネタバレあり
9.11以降ハリウッドは家族再生をテーマにした映画を大量に生産したが、本作は事件以降厳格化された有色人種移民・難民への米国当局の扱いをモチーフにした秀作ドラマ。
妻を失ってから心を閉ざし無為に日々を送っている地方の大学教授リチャード・ジェンキンズが学会に出席する為にニューヨークへ赴き、久しぶりに別邸に戻ってみると、見も知らぬセネガル人女性ダナイ・グリラとシリア人男性ハーズ・スレイマンが暮していて吃驚する。友人に騙されたと知った二人は不法滞在なので慌てて出て行くが、教授は行き場所もなさそうなのに気付いて二人をそのまま滞在させることにする。
音楽好きのジェンキンズは若者の叩くアフリカの太鼓ジャンべに興味を覚え、彼に師事して叩き方を学び、久しぶりの充実感を覚える。が、セントラルパークでの共演の後、地下鉄でのちょっとした行為からスレイマンは警察に逮捕され入国管理局へ送られる。やがて彼の母親ヒアム・アッバスが現れ、三人で心痛を分かち合うことになるが、何回目かに逢いに行くと彼は既に本国送還に付され、老教授は地下鉄のプラットフォームで怒りを込めてジャンべを叩く。
話の構図から言えば、本作の主人公たるは人ではなく、移民や難民を巡るアメリカの状況と言うべきで、老教授はアメリカの移民環境を写す鏡であり狂言回しである。
同じように不法滞在中だったヒアムも息子を追って環境の悪い故国に戻らねばならない。彼女が飛行機に搭乗する為にゲートから遠ざかっていく。それに従い星条旗がぼやけてやがてホワイトアウトする。移民に開かれた国家だったはずの米国がその本質を失っていることを見事に暗示して息が詰まる思いをさせられる名場面である。外国人に冷たいのは日本ばかりかと思ったが、かの国も大したことはない。
ジェンキンズがジャンべを叩く幕切れが小市民の無力とせめてもの抵抗を感じさせて素晴らしいが、鏡として配置された彼自身も非常に魅力的に描かれている。狂言回しであると同時に生き生きとした主人公になっている。
彼は元来クラシックが好きでピアノを学んでいたが物にならない。この第一シーンで、教授が音楽好きであることを示すと同時に、クラシック音楽のように規則優先の人生を送ってきたことが象徴される。その閉塞感を突き破るのはもっと自由奔放なアフロ・ビートの太鼓である。
最終的に彼は行動的で、声を大にして意思を表明する人間に変身する。幕切れでジャンべを叩く彼の姿はそうした内面を的確に表現してもいて、頗る感動的。
さらに、学生に厳格に規則を適用した老教授が終盤厳格にルールを適用することの理不尽を味わうことになるという構成が実に上手い。
中堅俳優トム・マッカーシーの長編第二作と聞くが、脱帽するしかない。
【良い邦題で賞】を進呈致します。
この記事へのコメント
そんなメッセージはすんなり伝わって
来る良作で、ほんと、素敵な邦題でしたね。^^
pretend・・・
みんなフリして生きている
・・・沁みるいい台詞でした。
最後の動画UPが
よろしくない、と消されてしまった
拙記事TBさせていただきました。
僕はこの作品大好きなんですよ。
最後の地下鉄であの保守的なおっさんがジャンベを叩くじゃないですか。
僕はもう、ぼろぼろ泣いちゃいましたよ。
>邦題
原題のThe Visitorの生かしつつ、太鼓を「たたく」と重ね、なおかつ、自らの或いは相手の心のドアをノックして開かせる、といったニュアンスが重層的に伝わってきますね。近年のヒットだなあ。
>最後の動画
著作権というのも良し悪しで、余り長いことカバーすると、有名なもの以外は却って消えて行ってしまう。
YouTubeも著作権者から文句が来ない限りは放置しているようですが、難しいものですね。
僕も大いに気に入ってしまいました。
社会的な要素が真の主題と思われますが、大学教授の再生物語というオブラートにくるんで、さりげなく扱っているところが実に良いです。
>最後の地下鉄・・・
彼自身の人生に関して言えば祝福してあげたい幕切れでしたね。
この名前は憶えておきたいと思いました。
今アメリカではイーストウッドを引き合いに出すまでもなく、俳優をしている監督の方がきちんとした映画を撮りますね。
音楽もの映画なのかと思ったら、そうじゃなくなっていったところも面白かったです。
不法滞在なのは、いけないのでしょうけど、もしかして許可を得るのが大変なのかなあ、などとも考えました。
アメリカも決して不法移民について甘かったわけではないですが、一旦国に入って実績を残せば多少の温情があったような気がします。
正確には解らないものの、9・11以降移民・難民に関する法律が変えられて厳しくなり、幾つかの映画から適用が特にアラブ系に厳格になったらしいことが伺えますね。