映画評「アパートの鍵貸します」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1960年アメリカ映画 監督ビリー・ワイルダー
ネタバレあり
生涯の後半コメディーを多く作ったビリー・ワイルダーの作品中恐らく最も世評が高い人情喜劇である。
従業員3万人近い大保険会社の平社員ジャック・レモンが管理職の4人にアフター・ファイブに数時間アパートの自室を貸している。おかげで引く手あまたの人気を得るが、これに不審を覚えた人事部長フレッド・マクマレーに調べられて彼に鍵を預けることになる。
その代り初日の舞台ミュージカルの切符を得て、密かに懸想しているエレベーター・ガールのシャーリー・マクレーンと一緒に見る約束を勝ち取る。が、マクマレーの浮気相手こそそのシャーリーで、結局約束はほごにされてしまう。
アパートの一室を他人に貸すというところまでは脚本を仕事にしている人間ならまずは考えられるレベルだろう。しかし、それをどう膨らませて感興を湧かせるかとなると本作のワイルダーとI・A・L・ダイアモンドのコンビくらいの才覚がないと全くおぼつかない。例えば...
懸想している女性が部屋の利用者と知ったら誰でもショックを受けるに違いないが、この段階では【知らぬが仏】だから、どうやって主人公にそれを知らせるかが作者の腕の見せ所になる。ワイルダーらは自室に残された割れたコンパクトをシャーリーが持っていることでレモンが気付く、というアイデアを用意した。誠に鮮やかな話術である。
そして、ここで、しがないサラリーマンのどこまで計算されているか不明な太鼓持ち人生と真面目と思われているOLの日陰人生という底に流れていたペーソスが顕在化して進行と共にどんどん小市民たる我々の心に深く沁み込んでくるのである。
クリスマスの日、彼女が人事部長の愛人と知ってレモンが落ち込んでいる頃彼のアパートで彼女は先のない不倫に絶望的な気分に苛まれ、マクマレーが帰った後洗面台に睡眠薬を発見する。ここでワイルダー話術の上手さの典型が見られる。つまり、彼女がこの後睡眠薬をどうするか描かずにレモンのパートに話を移行させ、先への興味を繋ぎ、最終的にこの二つのパートをドッキングさせる。これまた鮮やかなり。
映画サイトに書きこまれたコメントを読むと、先(多くは結末)が解ることをもってけなす人が多い。しかし、彼らは次の事実を理解した上で「結末が読める」ことを批判しているのだろうか? ブログ・フレンド【テアトル十瑠】の十瑠さんが仰るように、先が全く読めない映画が面白いわけがなく、小説も映画もおぼろげに先が読めて初めて次のステップへの具体的な関心が生まれる、という事実である。上記展開はその典型と言うべし。
つまり、結末が読めてもその紆余曲折が読めなければ映画はいくらでも面白くなる。また、仮に詳細まで読めたとしても場面の扱い次第で或る程度までは面白くなるのである。
売春婦を連れて戻って来たレモンは彼女が睡眠薬を飲んで寝込んでいるのに気付き、隣の部屋に住んでいる医者を呼び出して処置をして貰う。彼女が何とか蘇生した後彼が上役の浮気が発覚しないように色々尽力をする場面は具体的で面白く、彼女が再度自殺を試みないように髭剃りの刃を抜く細かな描写も気に入っている。主人公の人柄の良さと慎重な性格が上手く表現されているからである。
それは言い訳をせずに彼女の義兄に殴られる場面に引き継がれ、シャーリーの心を最終的に動かすのはそんな彼なのだ。可憐ながら終始しょげた表情だった彼女が見せる幕切れの凛とした表情に心なごまずにはいられない。
因みに、ワイルダーの旧作「七年目の浮気」「お熱いのがお好き」に出演したマリリン・モンローねたや「失われた週末」の話題を繰り出す楽屋落ちの面白さもあります。
クリスマスとハッピー・ニュー・イヤーに一人ではちと淋しい。
1960年アメリカ映画 監督ビリー・ワイルダー
ネタバレあり
生涯の後半コメディーを多く作ったビリー・ワイルダーの作品中恐らく最も世評が高い人情喜劇である。
従業員3万人近い大保険会社の平社員ジャック・レモンが管理職の4人にアフター・ファイブに数時間アパートの自室を貸している。おかげで引く手あまたの人気を得るが、これに不審を覚えた人事部長フレッド・マクマレーに調べられて彼に鍵を預けることになる。
その代り初日の舞台ミュージカルの切符を得て、密かに懸想しているエレベーター・ガールのシャーリー・マクレーンと一緒に見る約束を勝ち取る。が、マクマレーの浮気相手こそそのシャーリーで、結局約束はほごにされてしまう。
アパートの一室を他人に貸すというところまでは脚本を仕事にしている人間ならまずは考えられるレベルだろう。しかし、それをどう膨らませて感興を湧かせるかとなると本作のワイルダーとI・A・L・ダイアモンドのコンビくらいの才覚がないと全くおぼつかない。例えば...
懸想している女性が部屋の利用者と知ったら誰でもショックを受けるに違いないが、この段階では【知らぬが仏】だから、どうやって主人公にそれを知らせるかが作者の腕の見せ所になる。ワイルダーらは自室に残された割れたコンパクトをシャーリーが持っていることでレモンが気付く、というアイデアを用意した。誠に鮮やかな話術である。
そして、ここで、しがないサラリーマンのどこまで計算されているか不明な太鼓持ち人生と真面目と思われているOLの日陰人生という底に流れていたペーソスが顕在化して進行と共にどんどん小市民たる我々の心に深く沁み込んでくるのである。
クリスマスの日、彼女が人事部長の愛人と知ってレモンが落ち込んでいる頃彼のアパートで彼女は先のない不倫に絶望的な気分に苛まれ、マクマレーが帰った後洗面台に睡眠薬を発見する。ここでワイルダー話術の上手さの典型が見られる。つまり、彼女がこの後睡眠薬をどうするか描かずにレモンのパートに話を移行させ、先への興味を繋ぎ、最終的にこの二つのパートをドッキングさせる。これまた鮮やかなり。
映画サイトに書きこまれたコメントを読むと、先(多くは結末)が解ることをもってけなす人が多い。しかし、彼らは次の事実を理解した上で「結末が読める」ことを批判しているのだろうか? ブログ・フレンド【テアトル十瑠】の十瑠さんが仰るように、先が全く読めない映画が面白いわけがなく、小説も映画もおぼろげに先が読めて初めて次のステップへの具体的な関心が生まれる、という事実である。上記展開はその典型と言うべし。
つまり、結末が読めてもその紆余曲折が読めなければ映画はいくらでも面白くなる。また、仮に詳細まで読めたとしても場面の扱い次第で或る程度までは面白くなるのである。
売春婦を連れて戻って来たレモンは彼女が睡眠薬を飲んで寝込んでいるのに気付き、隣の部屋に住んでいる医者を呼び出して処置をして貰う。彼女が何とか蘇生した後彼が上役の浮気が発覚しないように色々尽力をする場面は具体的で面白く、彼女が再度自殺を試みないように髭剃りの刃を抜く細かな描写も気に入っている。主人公の人柄の良さと慎重な性格が上手く表現されているからである。
それは言い訳をせずに彼女の義兄に殴られる場面に引き継がれ、シャーリーの心を最終的に動かすのはそんな彼なのだ。可憐ながら終始しょげた表情だった彼女が見せる幕切れの凛とした表情に心なごまずにはいられない。
因みに、ワイルダーの旧作「七年目の浮気」「お熱いのがお好き」に出演したマリリン・モンローねたや「失われた週末」の話題を繰り出す楽屋落ちの面白さもあります。
クリスマスとハッピー・ニュー・イヤーに一人ではちと淋しい。




この記事へのコメント
この映画で先が読めるから面白くないと言っている人は、まさしく結末だけを予測しているだけで、紆余曲折における人情の機微をかみしめてやろうという気持ちがないんですね。
そういう人からは、映画鑑賞免許証を取り上げたいですね。そんなモノがあればですが。
ラスト・シーンで、カードをくりながら、レモンの「I love you」に眉をぴくりと動かすシャーリーの演技が好きです。
結果がわかっていてもすばらしいものはすばらしいのです。
一作目の『スターウォーズ』の公開された当時は、おれは何回観た、おれは何十回観た、というのが流行りましたしね。
ENDマークが出るまで、いかに席を立たせないようにするかが、映画制作の醍醐味というものでありましょう。
『アパートの鍵を貸します』。
タイトルを聞くだけで、二人の顔が浮かび切なくなります。
ホン・役者・演出・編集、その他もろもろ全て
第一級の素敵なお仕事を残してくれましたね。
好きな相手を想い慕うレモンの
哀切とコミカルさが微妙に混ざり
合ったあの演技、不実な恋に疲れた
OLを演じたマクレーンの佇まい・・
どこを切り取っても映画の醍醐味が
キラキラと息づいているようでしたね。
>結末が解る
結末と言っても、ハッピーかビターくらいしかないので、解るも解らないもないわけでして。結局面白いか面白くないかを決めるのは紆余曲折をどう見せるかでありますよね。
僕はまあ【映画塾】でもやっているつもりで映画評を書いているので、十瑠さんのような大人の対応をせずに多少ムキになったような書き方になります。
>眉
良いですね。
この映画の彼女は本当に可愛いです。
僕もこの年になって大分解ってきましたよ。^^)v
>ブログに結末を書いたからといってネタバレしたと怒る
きっと僕なんか怒られっぱなしですね。^^;
ミステリーの犯人とトリック、どんでん返しについては触れないようにしていますが、それ以外は大概語ってしまうから。
自分の意思で読むか読まないかを決めれば良いわけでして、僕が採点を付けているのも読まなくてもある程度解るようにという配慮です。
で、そういう人にしても同じ作品を見直すことはあるわけでしょうから、要は結末が解ったからダメなのではなくて、自分の好みに合わずに退屈したことをそれに帰しているだけという事実に本人が気付いていないということでしょうね。
本作には隙がなくて実に面白く作られていますが、それでも退屈する人がいますか。
>ホン・役者・演出・編集
本当に全て良かったですね。
確かに評価が分かれるタイプの作品もある一方で、
本作なんかは万人受けしそうですが、
中には変わったご趣味の人もいるようで。
鍵やコンパクトといった小道具の使い方うまかった!
本文では殆ど触れなかったですが、
レモンとシャーリーの演技も良かったですねえ。
さて、この作品は昭和35年に公開。パスタを作る。経済や文化の面でもアメリカと日本の違いをまざまざと見せつけられますね。そしてジャック・レモンもシャーリー・マクレーンもいい感じでした。見ていて楽しい映画でした。
>「黄色いロールスロイス」
「ウィンチェスター銃73」同様、物が狂言回しとてリレーしていくオムニバス映画でしたね。
これが観られるんですねえ。
僕は、僅かに残った未アップのアラン・ドロン関連作品として非常に気になります。中学の時に観たきりですよ。
NHKやWOWOWといった主たる衛星放送には出たという記憶はありませんが、U-NEXTとプライム・ビデオのレンタルにあるようです。プライム・ビデオのレンタルは考えないといけないですね。
さてさて、ジャック・レモンは相対的に苦手なのですが、この映画の彼は素晴らしかった。
「黄色いロールスロイス」。第2部でのアラン・ドロンがカッコいいと当時の女性の間で随分話題になったそうです。
第3部のイングリッド・バーグマンはちょっと雑な部分はあるけれど頼りになる姉御タイプの未亡人役を好演していました。
「アパートの鍵貸します」。この作品は僕も好きです。ビリー・ワイルダー監督の手腕ですね。
1960年。日米安保条約の時代ですよね・・・。
>ムービープラスで未見の洋画
Netflixと契約しましたが、これは映画ではなくWBCの為ですから、WOWOW、NHK、プライムビデオに続く第4の候補はU-NEXTですかね。
プライムビデオも映画を観る為というより、アマゾンの送料に無料にするのが今では眼目となっていますが。
>ビリー・ワイルダー監督の手腕ですね。
良い監督ですよねえ。
喜劇で有名になりましたが、実はサスペンスが上手い。
映画館で観て大いに楽しんだ傑作「悲愁」が見られないんですよ。吹替えの情報がないところを見ると、TVに一切出ていないんですねえ、あの傑作が。