映画評「オーストラリア」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2008年オーストラリア映画 監督バズ・ラーマン
ネタバレあり
リアリズムが必要以上に有り難がられるようになって久しいが、映画はそもそも夢を見せるものである。夢というのは少年が魔法を使うといったファンタジーばかりではないし、悪夢も夢のうちに数えられる。
バズ・ラーマンが監督した本作には戦争が絡み、魔法も出て来ないが、観客を実際には体験できない世界へ誘うに十分な要素がある。その意味でなかなか見どころが多い。
第二次大戦前夜のオーストラリア北部にある牧場、英国貴族の夫をアボリジニに殺された未亡人ニコール・キッドマンが生計を立てる為にその後を継いでカウボーイのヒュー・ジャックマンを雇って、最北都市ダーウィンまで1500頭の牛を運ぶことになる。その間彼女に追い出されてライバルに付いた野望男デーヴィッド・ウェンハムが一同の行く手に立ちふさがる。
というスタートは1946年の英豪合作映画「オヴァランダース」を思い出させるが、あちらが戦時中なので北から南への移動だったのに対し、こちらは戦争が始まる前なので逆に北からさらに最北部への移動となっている。
ニコールとジャックマンは「アフリカの女王」のキャサリン・へプバーンとハンフリー・ボガートような【呉越同舟】的関係になるかと思いきや比較的早めに仲良くなってしまう。
かくしてキャトルドライヴが最初の見どころになるが、全て実写というわけには行かずCGを大量に使っていることと移動描写に具体性を欠いている部分があることが残念で、「赤い河」(1948年)の迫力には大分及ばない。それでも何十年かぶりに本格的なキャトルドライヴを扱った作品なのでご機嫌になった。
キャトルドライヴの競争に勝った二人は愛を育み、使用人のアボリジニと白人の間に出来た子供(ブランドン・ウォルターズ)と共に牧場で幸福に暮し始めるが、意見の相違でジャックマンが出奔した後太平洋戦争が勃発、町が火の海になる中ニコールの奮闘空しく少年は日本軍が狙う島の教会に送られてしまう。彼女を救いに戻ったジャックマンは彼女を探し出せない一方で日本軍が攻撃を繰り出す中少年を救出する為に島に向う。
という後半は大甘ながらも「風と共に去りぬ」とかなり似ている大ロマンになる。脚本家グループは南北戦争を背景に気丈なヒロインが牧場を守ろうとする「風」を相当に念頭に置いて作ったに違いないが、戦争関係の場面が尽く露骨なCG映像なのが興を醒ます。
かかる冒険映画的な展開のうちに「裸足の1500マイル」と共通するアボリジニの差別や強制隔離政策の問題が扱われ、オーストラリア政府は一応この問題にけりをつけましたという言い訳めいたコメントを以って終る。
まさかそれを言わんが為に本作が作られたわけではあるまいから、その形式的な扱いは決して誉められないものの、大衆映画として見せ場を詰めに詰め込んだサーヴィス精神は評価したい。「アルセーヌ・ルパン」とトルストイとを比較しても仕方がないように、大衆映画を純文学やジャーナリズムの視点からけなしても余り意味がないでござる。
スカーレット・オハラとタラの代わりにサラ(ヒロインの名前)とナラ(混血少年の名前)が出てきます。
2008年オーストラリア映画 監督バズ・ラーマン
ネタバレあり
リアリズムが必要以上に有り難がられるようになって久しいが、映画はそもそも夢を見せるものである。夢というのは少年が魔法を使うといったファンタジーばかりではないし、悪夢も夢のうちに数えられる。
バズ・ラーマンが監督した本作には戦争が絡み、魔法も出て来ないが、観客を実際には体験できない世界へ誘うに十分な要素がある。その意味でなかなか見どころが多い。
第二次大戦前夜のオーストラリア北部にある牧場、英国貴族の夫をアボリジニに殺された未亡人ニコール・キッドマンが生計を立てる為にその後を継いでカウボーイのヒュー・ジャックマンを雇って、最北都市ダーウィンまで1500頭の牛を運ぶことになる。その間彼女に追い出されてライバルに付いた野望男デーヴィッド・ウェンハムが一同の行く手に立ちふさがる。
というスタートは1946年の英豪合作映画「オヴァランダース」を思い出させるが、あちらが戦時中なので北から南への移動だったのに対し、こちらは戦争が始まる前なので逆に北からさらに最北部への移動となっている。
ニコールとジャックマンは「アフリカの女王」のキャサリン・へプバーンとハンフリー・ボガートような【呉越同舟】的関係になるかと思いきや比較的早めに仲良くなってしまう。
かくしてキャトルドライヴが最初の見どころになるが、全て実写というわけには行かずCGを大量に使っていることと移動描写に具体性を欠いている部分があることが残念で、「赤い河」(1948年)の迫力には大分及ばない。それでも何十年かぶりに本格的なキャトルドライヴを扱った作品なのでご機嫌になった。
キャトルドライヴの競争に勝った二人は愛を育み、使用人のアボリジニと白人の間に出来た子供(ブランドン・ウォルターズ)と共に牧場で幸福に暮し始めるが、意見の相違でジャックマンが出奔した後太平洋戦争が勃発、町が火の海になる中ニコールの奮闘空しく少年は日本軍が狙う島の教会に送られてしまう。彼女を救いに戻ったジャックマンは彼女を探し出せない一方で日本軍が攻撃を繰り出す中少年を救出する為に島に向う。
という後半は大甘ながらも「風と共に去りぬ」とかなり似ている大ロマンになる。脚本家グループは南北戦争を背景に気丈なヒロインが牧場を守ろうとする「風」を相当に念頭に置いて作ったに違いないが、戦争関係の場面が尽く露骨なCG映像なのが興を醒ます。
かかる冒険映画的な展開のうちに「裸足の1500マイル」と共通するアボリジニの差別や強制隔離政策の問題が扱われ、オーストラリア政府は一応この問題にけりをつけましたという言い訳めいたコメントを以って終る。
まさかそれを言わんが為に本作が作られたわけではあるまいから、その形式的な扱いは決して誉められないものの、大衆映画として見せ場を詰めに詰め込んだサーヴィス精神は評価したい。「アルセーヌ・ルパン」とトルストイとを比較しても仕方がないように、大衆映画を純文学やジャーナリズムの視点からけなしても余り意味がないでござる。
スカーレット・オハラとタラの代わりにサラ(ヒロインの名前)とナラ(混血少年の名前)が出てきます。
この記事へのコメント
オーストラリア出身の映画人もずいぶん増えてきましたね。
昔、メル・ギブソンがすさんだ近未来都市でバイクをぶっ飛ばすシーンには、なかなかぐっと来るものがありました。
>オーストラリアの映画人
そうですね。
僕が映画を見始めた昭和40年代にはオーストラリア映画なんて日本では見られなかったですものね。
「マッド・マックス」は冷静に見ればそう大したことはなくても、ちょっとビックリするところがありました。
映画芸術という点でオーストラリア映画に目を見張らせた最初は、ピーター・ウィアーでしょう。アメリカで撮った「刑事ジョン・ブック」なんかも素晴らしかったですが、最近は余りぱっとしないですね。
>比較的早めに仲良くなってしまう。
どうもキッドマンは苦手で、本作も未見。「風とともに去りぬ」や「愛と追憶の果て」みたいって、いまさら…と劇場へは足を運ばなかった作品。
それなりに見応えのある作品だったようですね。
ただ、最近の映画って本当にくっつくのが速過ぎるし早過ぎるのがどうもいけません。男女の距離感とか歩み寄り方がいろんなことを物語る重要な要素なんですけどねぇ。…とまた愚痴ってしまった!
「愛と追憶の果て」ではなくって「愛と哀しみの果て」でした。メリル・ストリープとロバート・レッドフォード主演の作品。失礼しました。
>見応え
あくまで問題意識等を無視し、ミーハー的に楽しむ感覚で言えば、ということですが。
勿論「風と共に去りぬ」とは数段差があります。
しかし、もう少し実写で勝負してもらいたかったという思いが強くて、☆☆☆★は大甘ですよ。シュエットさんには物足りないんじゃないかな。
>「愛と追憶の果て」
「愛と・・・」というタイトルが一時期馬鹿みたいに流行りましたから、後になると非常にややこしいですね。
「愛と哀しみの果て」はレーザーディスクを持っているんですが、ブルーレイ時代の今見ると悲惨なものです。4:3にトリミングされているし。