映画評「裸の島」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1960年日本映画 監督・新藤兼人
ネタバレあり

新藤兼人の監督作品はかなり観ているが、映画ファンの間で良く知られ実験作と言われることの多いこの作品は不思議と見る機会に恵まれなかった。

瀬戸内海の小さな島で農業を営む夫婦(殿山泰司、乙羽信子)は、島に水がない為に小さな舟で隣の島に渡って汲んだ水を天秤桶で島の頂上付近にある畑まで黙々と運び上げる。

子供が釣った一匹の鯛を売ってささやかな外食をするシークエンスと、長男が病死するシークエンス以外は殆ど急な坂道を上って水を運び水をくれる情景だけで、掛け声や慟哭と自然音としての歌以外に声を聞くことのない、つまり、台詞が一切ないサイレント映画状態で進行する一種の実験映画である。

台詞が一切ないというのは実際にはかなり不自然で、たまに発せられる掛け声や慟哭が台詞以上に素晴らしい効果を発揮するとは言え、もろ手を挙げて絶賛するという感じにはなりにくい。
 反面、その中で、敢えて文明の利器に頼らず旧態依然に黙々ときつい仕事をすることにさえ人間の幸福はあるのではないかと言わんばかりの、執念を感じさせる描写に脱帽するしかないのも、また事実なのである。

高校の音楽の授業で「映画において音楽は時に台詞以上に雄弁になることがある」と皆の前で発表したことがあるが、この作品は正にその端的な例ではないだろうか。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2011年06月17日 07:35
これはNHKかなにか地上波で観た記憶があります。
映画らしい映画・・・・かな?
いまは体力ないと言うか気力がないので観ませんけど、むかしはこういう実験的映画をよく観に行きました。
オカピー
2011年06月17日 11:26
ねこのひげさん、こんにちは。

多分TVに出た記憶があるのですが、何かの理由で観られなかったんですよ。観られない映画はいつになっても観られないということがあって、何だか不思議だなあと思うこともあります。

ベルイマンとか精神的体力(?)が要りますね。僕は好きなんですけど^^

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