映画評「インセプション」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2010年アメリカ映画 監督クリストファー・ノーラン
ネタバレあり
「メメント」で一躍注目監督になったクリストファー・ノーランらしいSFサスペンスである。
実はこの映画を見る日の朝僕は心臓をドキドキさせる夢を見た。実生活で心臓がドキドキするパニック障害がやっと収まってきたのだが、「大したことのない夢だからドキドキする必要もあるまいに」と自覚しながら夢を見ている、という不思議な体験をした。その日の午後登場人物が夢の中の夢に入って行くという映画を観るのも何だか変な気分だ。
依頼された相手の夢の中に入ってアイデアを盗む商売をしつつ、妻(マリヤン・コティヤール)殺しの罪で子供のいる米国には戻れないエージェントであるレオナルド・ディカプリオが、日系ビジネスマン渡辺謙からライバル会社会長の息子キリアン・マーフィーの夢に入って潜在意識を植え付け彼自身にその会社を潰させることに成功したら、米国に戻れるように手配をしてやると交渉を持ちかけられ、引き受ける。盗むよりずっと難しい作業で、大学生エレン・ペイジを含む様々な頭脳を結集してこの作戦を開始、夢の中の夢の中の夢にまで入って行く必要が出て来る。
というのを骨子とするサスペンスで、多重の夢をカットバックで進行させながら意外とすんなり理解できるように構成されている。これは誉めて良いところだが、サスペンスとしては致命的な弱点がある。
観客が一番サスペンスを感じるのは自分の感情移入する人物が命を失いそうになるところを観ることだが、この映画では登場人物におけるピンチは夢の中だからその類のサスペンスを感じることができない。勿論作者にしてもそんなことは百も承知で、通常では簡単に夢から現実に戻れるのに夢を多重にすることで現実に戻っても廃人同様になる設定を用意をしているが、これでは観客はそれほどハラハラできない。そんな現実に我々が遭遇することがないからである。主人公のトラウマを繰り出してピンチを作り出すというノーランの作戦も途中から飽きて来る。
本作一番のサスペンスは、結局、主人公が作戦に成功して米国に帰還できるかどうかという一点ということになる。従って、この作品が繰り出す様々なピンチはその最終目的とは甚だ乖離していて、いかにCGやトリック撮影を駆使して物凄い映像を堪能させてくれることはあってもサスペンスとしての満足度はそれほど高くならない。
ある種の人々はこの類の作品に形而上的な解釈を与えて楽しむことができると思うが、それ程大袈裟に騒ぐ必要のある作品とも思えない。多層の夢を扱って興味深い娯楽作という程度の理解で良いのではないか。
夢を見ている時はそれを夢と思わないというのは僕の体験から言えば嘘ですな。
2010年アメリカ映画 監督クリストファー・ノーラン
ネタバレあり
「メメント」で一躍注目監督になったクリストファー・ノーランらしいSFサスペンスである。
実はこの映画を見る日の朝僕は心臓をドキドキさせる夢を見た。実生活で心臓がドキドキするパニック障害がやっと収まってきたのだが、「大したことのない夢だからドキドキする必要もあるまいに」と自覚しながら夢を見ている、という不思議な体験をした。その日の午後登場人物が夢の中の夢に入って行くという映画を観るのも何だか変な気分だ。
依頼された相手の夢の中に入ってアイデアを盗む商売をしつつ、妻(マリヤン・コティヤール)殺しの罪で子供のいる米国には戻れないエージェントであるレオナルド・ディカプリオが、日系ビジネスマン渡辺謙からライバル会社会長の息子キリアン・マーフィーの夢に入って潜在意識を植え付け彼自身にその会社を潰させることに成功したら、米国に戻れるように手配をしてやると交渉を持ちかけられ、引き受ける。盗むよりずっと難しい作業で、大学生エレン・ペイジを含む様々な頭脳を結集してこの作戦を開始、夢の中の夢の中の夢にまで入って行く必要が出て来る。
というのを骨子とするサスペンスで、多重の夢をカットバックで進行させながら意外とすんなり理解できるように構成されている。これは誉めて良いところだが、サスペンスとしては致命的な弱点がある。
観客が一番サスペンスを感じるのは自分の感情移入する人物が命を失いそうになるところを観ることだが、この映画では登場人物におけるピンチは夢の中だからその類のサスペンスを感じることができない。勿論作者にしてもそんなことは百も承知で、通常では簡単に夢から現実に戻れるのに夢を多重にすることで現実に戻っても廃人同様になる設定を用意をしているが、これでは観客はそれほどハラハラできない。そんな現実に我々が遭遇することがないからである。主人公のトラウマを繰り出してピンチを作り出すというノーランの作戦も途中から飽きて来る。
本作一番のサスペンスは、結局、主人公が作戦に成功して米国に帰還できるかどうかという一点ということになる。従って、この作品が繰り出す様々なピンチはその最終目的とは甚だ乖離していて、いかにCGやトリック撮影を駆使して物凄い映像を堪能させてくれることはあってもサスペンスとしての満足度はそれほど高くならない。
ある種の人々はこの類の作品に形而上的な解釈を与えて楽しむことができると思うが、それ程大袈裟に騒ぐ必要のある作品とも思えない。多層の夢を扱って興味深い娯楽作という程度の理解で良いのではないか。
夢を見ている時はそれを夢と思わないというのは僕の体験から言えば嘘ですな。
この記事へのコメント
2月に新しい40インチのテレビとブルーレイを購入して以来、だんだん、私も劇場よりも自宅映画観賞派になってきました 笑
そのせいか、オカピーさんと同じタイミングでWOWOWとCSで放映された映画を観ていることが多いような??
この作品も、私もWOWOWで先日、録画して観ました。
点数も7点が妥当かなと思いつつ、「それ程大袈裟に騒ぐ必要のある作品とも思えない。」というご意見に共感です。
画作りは面白いし、役者陣も華やかなメンツでしたので、つまらなくはなかったけれど、「トラウマ」×「夢と現実の間を彷徨」=「マトリックス系映画」・・・みたいな図式の作品が巷に溢れ過ぎていることもあって、娯楽作品として割り切って観たものの、あまり新鮮味を感じませんでした。
余談ですが、夢(=Dream)と現実の境界線を行ったり来たりする物語よりも、現実の人生にささやかな夢(=Vision)を見せてくれるような物語の方が、今は観たい気分です!
電車に乗っている夢で、終点で降りると、超巨大なターミナルを乗り継ぎの電車を目指し急ぐところでたいてい覚めます。
なんのトラウマ?と思うぐらいよく観ます。
夢とわかっているから、観客からすると、どんなサスペンスもサスペンスにならんですよね。(~_~;)
僕の映画観は、「映画は何らかの形で現実を反映するものでなければならない」というもの。
それは生活感があるといった意味ではなく、本文で述べた“サスペンス”に関係したりもするのですが、人間は傷つけられれば痛いし死ぬのは怖い、といったようなことで、サスペンスやホラーといったジャンルこそ真に痛がり怖がる人間を感じさせなければ面白くないわけですよね。
ゲームの映画化が概して面白くないのはそういうところに原因があると思うし、そういう人間の基本を無視して作られている映像重視の映画が多すぎますねえ。
僕の環境から言っても、RAYさんの最後の部分は大変共感致します^^
>またこの夢を見ているのか
僕もありますよ。
僕の場合は、山の中で道に迷うのですが、子供の時に通った道の記憶がベースになっている感じがするんです。
>サスペンス
本作は、最後も夢かもしれないと解釈があるようですが、観客に理解を任せるという作劇は余り好きではないですし、夢だったら夢落ちと変わらないことになって、益々辟易することになりますよね。
本作は、なんとも中途半端で空しかったですね・・・、私は。
終点に向かっての物理的な面と精神的な面の二重構造なのですが、要は無意味なんですね。結局、精神面の立ち直りの話なのでが、あのラストでは・・・・。
映画的にはおいしいですけどね。
潜在意識や見えない力からは、自身で覚醒しなければこの手は内容的に無だと感じます。
私はやはり、あのコマがでた瞬間にもう、虚しさでいっぱいになってしまいました・・・・。
しかし、僕は★9なんですな。
映画にはいろんな見方があるし、文学もそうですね。たとえば、埴谷雄高の「死霊」という小説があって、とんでもない「観念」ゲームなわけですよね。でもそのことをそこまで徹底して構築するかという呆れとともに、それが文学だと思うんです。
別にこの作品は単なるエンタメ作品にしか過ぎないんだけど、僕にとってはこういう重層的な脳内世界の表現は、初めてのように思うんです。
似た様な作品はゴマンとあるし、僕も食傷気味なんですけどね。けれども、この作品は、ちょっとそのあたりを1枚か2枚、超えたかな、と思うんです。
僕は人間が出てくる映画である限りは、人間若しくは人生と関連すべき点を見出したい。
本作は、確かに人間が観る夢のお話なので、それも人間を描いていることに違いはないですが、映画の90%を構成している部分がサスペンスを求めている様相から言えば、痛みや生死から程遠く感じられ、物足りない。残る10%の観念的なところは文字文化でお願いしたいところでもあります。
勿論映画は映像を軸に見せるものですから、視覚面での満足度は高いし、多重の夢のカットバックを上手く裁いた脚本の力もたいしたものだと思います。
が、仰るようにどこかに虚しさが残るんですよね。
>映画には色々な見方がある
その通りです。
その人が一番楽しめる方法で観るのが一番です。
僕の場合は、(一部ドキュメンタリーを除いて)映画は人を描く為にある、と思っているので、こういう作品には若干評価が厳しくなる傾向があります(と言っても☆☆☆★というのは決して悪くないですが、kimionさんや世評から言えばやや辛い)。
そして、夢も人間と無関係どころか我々の意識や潜在意識の反映であり、素材としては大変興味深い。ただ、そうした観念の部分については、安くない金を取って見せる商業映画としてはどうなのかなという思いがあります。ただ、実際には満足した人のほうが多いのですから、僕が色々言う必要もないのでしょうけど。^^;
いずれにしても、CGとコンピューターがなければ、こういう映画は作れませんね。