映画評「白い牙」
☆☆☆(6点/10点満点中)
1960年日本映画 監督・五所平之助
ネタバレあり
井上靖原作、五所平之助監督というコンビ・シリーズの第2弾で、日本の映画とするとかなり珍なる作品ということになるかもしれないが、僕は案外気に入った。
終盤ヒロイン牧紀子が乗るタクシーのナンバーに見える「兵」の文字から彼女の一家が住んでいるのは兵庫県らしいとやっと判るが、キネマ旬報によりますと、六甲山中腹ということになっております。関西の人ならすぐに解るのかもしれない。
彼女は、妻・轟夕起子と離婚して愛人・桂木洋子を邸宅に住まわせることにした社長・佐分利信の娘で、ちょっと離れたところに住み父親の仕事とも多少関係のある南原宏治を思っている。療養中の妻がある彼にそのことを打ち明けると、彼の方から出張先の白浜で落ち合おうと申し込まれる。が、妻のもとに寄って遅れて来た彼に不信感を抱いた彼女は先に家に戻る。彼女の不信は父の妾の彼への置き手紙で決定的になり、別れた両親の偽善的な関係を見るにつけ、遂に家を出る決意をする。
形はメロドラマだが、ヒロインの内面を追ったところに欧州映画を見るような面白味がある。それも後に吉田喜重が発表するようなアンチ・ロマン的なムードではなく、正攻法な邦画的手法に則って作りながら欧州映画のエレガンスを感じさせるところが興味深いのである。
恐らく彼女が森のある地区に住む内省的な上流階級のお嬢さんという設定から生まれるムードなのだろうが、日本を舞台にこのお話を観客に素直に受け止めさせるのはなかなか難しく、そのムードを徹底できればちょっとした秀作になった可能性もあったものの、実際には上手く行っていないところが相当ある。
特に、父親が事故で入院するシークエンスは必要とも思われないし、また、終盤自棄になった彼女が神戸で声を掛けられた外国人に街娼まがいのことをするのは通俗に過ぎ、僕の感じた狙いとの間で齟齬感が生じて気に入らない。結果珍なる作品と理解されても仕方がない作品になっている。
あるいは、ヒロインを演じた牧紀子という女優の無表情もそういう演技なのか、演技力の問題なのか微妙で、彼女が何を考えているのか一向に解らないところが目立って「なっちょらん」と思われる印象もあるが、僕はツルゲーネフの小説「父と子」や「ルージン」(主人公は共に男性)を思い出しながら、人生や愛について気真面目に考えすぎるお嬢さん、一種の女性映画的女性として捉えた。ちぐはぐで残念なところも多い一方で、考え方次第でなかなか興味深い作品なので、怖いもの見たさでご覧になるのも一興でありましょう。
森が出て来るからロシア的なのかもね。
1960年日本映画 監督・五所平之助
ネタバレあり
井上靖原作、五所平之助監督というコンビ・シリーズの第2弾で、日本の映画とするとかなり珍なる作品ということになるかもしれないが、僕は案外気に入った。
終盤ヒロイン牧紀子が乗るタクシーのナンバーに見える「兵」の文字から彼女の一家が住んでいるのは兵庫県らしいとやっと判るが、キネマ旬報によりますと、六甲山中腹ということになっております。関西の人ならすぐに解るのかもしれない。
彼女は、妻・轟夕起子と離婚して愛人・桂木洋子を邸宅に住まわせることにした社長・佐分利信の娘で、ちょっと離れたところに住み父親の仕事とも多少関係のある南原宏治を思っている。療養中の妻がある彼にそのことを打ち明けると、彼の方から出張先の白浜で落ち合おうと申し込まれる。が、妻のもとに寄って遅れて来た彼に不信感を抱いた彼女は先に家に戻る。彼女の不信は父の妾の彼への置き手紙で決定的になり、別れた両親の偽善的な関係を見るにつけ、遂に家を出る決意をする。
形はメロドラマだが、ヒロインの内面を追ったところに欧州映画を見るような面白味がある。それも後に吉田喜重が発表するようなアンチ・ロマン的なムードではなく、正攻法な邦画的手法に則って作りながら欧州映画のエレガンスを感じさせるところが興味深いのである。
恐らく彼女が森のある地区に住む内省的な上流階級のお嬢さんという設定から生まれるムードなのだろうが、日本を舞台にこのお話を観客に素直に受け止めさせるのはなかなか難しく、そのムードを徹底できればちょっとした秀作になった可能性もあったものの、実際には上手く行っていないところが相当ある。
特に、父親が事故で入院するシークエンスは必要とも思われないし、また、終盤自棄になった彼女が神戸で声を掛けられた外国人に街娼まがいのことをするのは通俗に過ぎ、僕の感じた狙いとの間で齟齬感が生じて気に入らない。結果珍なる作品と理解されても仕方がない作品になっている。
あるいは、ヒロインを演じた牧紀子という女優の無表情もそういう演技なのか、演技力の問題なのか微妙で、彼女が何を考えているのか一向に解らないところが目立って「なっちょらん」と思われる印象もあるが、僕はツルゲーネフの小説「父と子」や「ルージン」(主人公は共に男性)を思い出しながら、人生や愛について気真面目に考えすぎるお嬢さん、一種の女性映画的女性として捉えた。ちぐはぐで残念なところも多い一方で、考え方次第でなかなか興味深い作品なので、怖いもの見たさでご覧になるのも一興でありましょう。
森が出て来るからロシア的なのかもね。
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