映画評「猟銃」

☆☆★(5点/10点満点中)
1961年日本映画 監督・五所平之助
ネタバレあり

井上靖原作、五所平之助監督シリーズ第3弾。

原作は井上靖の初期を代表する出世作で、僕も読んだことがあるが詳細を忘れていた。詳細はともかく、なかなか優れた恋愛心理小説で、三人の女性の手紙による構成が作品の価値を高めていたと記憶する。しかし、誰の主導か知らないが、オーソドックスなスタイルのベテラン五所監督を起用する以上、その手法を取るのはためらわれたようで、一つの時系列で平易に展開している。

中年紳士・佐分利信は、結婚したばかりの若い妻・岡田茉莉子の従姉・山本富士子に関心を持つ。芦屋に住む彼女は京都の内科で研究中の佐田啓二と別居結婚しているが、ある時頭がおかしくなったらしい女性・乙羽信子の訪問を受け、彼との間に出来たという少女を預かることになる。
 かくして離婚した彼女は妻に物足りない中年紳士の訪問を受け、深い仲になり、妻に内緒に密会を続ける悪人になろうと誓う。駅で二人で旅に出る現場を見た岡田女史は知らないふりをし続け、8年の月日が経つ。彼女は従姉や夫に二人の関係を知っていたことを告げる。山本女史は却って彼女を憐れに思うが、それより一度寄りを戻そうとしてきたのを拒んだ佐田が再婚したことに激しく同様、服毒自殺を遂げてしまう。

映画は山本富士子を主人公に据えて、彼女が自分が本当に求めていたのは別れた夫であり「愛は執念である」と悟る、という内容になっている。映画版はどこを切ってもメロドラマだが、この結論めいたものに原作の持っている純文学的な側面が伺われる。

しかし、小説と違ってイメージが強制的に与えられる映画ならではの疑問が湧くのは、岡田女史のような若い美人を妻に持ちながら、中年紳士が富士子嬢に傾いて行く理由である。その過程や事情が省略されているから首を傾げながら観ることになる。敢えて言えば、中年紳士とヒロインの趣味が近かったことくらいしか思い付かない。

今回観た井上小説の映画化作品は、いずれも男性の立場が悪い。全て終戦から10年以内に書かれたものだから、特に女性観が現在とは随分異なっているので、そういう男のエゴ的な部分が余計に浮かび上がるのだろう。

allcinemaの感想に似たものがあるが、この作品で非常に強く印象を残すのは、引き取られた少女がハイティーンになって(馬淵晴子)、母親たちの関係を知った時に通常のドラマで聞かれるような若者ならではなの青臭い言葉を吐かないことである。彼女はあたかも傍観者のように「大人の世界は寂しいのね、恐ろしいのね」と冷静に批評する。天邪鬼な言い方になるが、本作の一番優れた部分かもしれない。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2011年07月14日 06:27
このあたりの作品はまったくお手上げですね。
中高生ころNHKで戦後の混乱期の映画を観た記憶がありますが、記憶にあるというだけ・・・・・
洋画ばかりを観るようになりましたので・・・あのころ黒澤映画でさえ見てなかったですね。
大人になってから黒澤映画や時代劇は観るようになりましたけど、洋画でもメロドラマや恋愛物は苦手です。
オカピー
2011年07月14日 11:26
ねこのひげさん、こんにちは。

最近コメントが激減しているので、苦手な作品にもこうしてコメントしてくださるねこのひげさんには、感謝申し上げたいと思う次第<(_ _)>

僕も断然洋画派でしたが、高校時代に黒澤・溝口・小津・成瀬・市川辺りの有名監督のものは観るようになりましたし、大学へ行ってもう少しすそ野を広げました。
今でも基本は洋画ですが、昨今はお国柄も薄くなって製作国が違っても似たり寄ったり、本当につまらなくなりました。日本映画はTV局主導で内容空疎なものが目立ちますし、本当は毎日昔の映画(1980年代くらいまで)を観ていたいくらいです。
ビデオを含めれば2000本近い旧作がライブラリーにありますから、毎日1本ずつ観ても6年くらいかかる計算。

日本の恋愛映画はちょっとまずくて本当は余り観たくないのですが、他に観るものがなくて。五所さんは日本で最初のトーキー映画「マダムと女房」を作った方ですし、演出はさすがにしっかりしています。

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