映画評「悪人」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2010年日本映画 監督・李相日
ネタバレあり
「パレード」で現代人の不気味な人間関係を描きだした吉田修一の長編小説を、李相日がご本人と共同で脚色して映画化し2010年度の「キネマ旬報」邦画部門第1位に選ばれた話題作。少なくとも僕自身は「パレード」よりずっとピンと来た。
保険外交員の満島ひかりが崖下から死体で発見され、直前に彼女を車に乗せた大学生・岡田将生が容疑者として逮捕されるが、彼の告白から彼女が別に付き合おうとしていた解体工・妻夫木聡が捜査線上に浮かぶ。後で正確に解ることだが、彼女を殺したのは彼で、それを心に秘めたまま日常を送り、ある時出会い系サイトを通じて知り合った紳士服店店員・深津絵里と会うことにし、被害者と同様に会ったその日にモーテルにしけ込む。やがて彼が殺人犯と知っても、彼に自分と同じ孤独の影を見出していた彼女は彼の逃避行につき会い、灯台に身を潜める。
前年度No.1「ディア・ドクター」が行為における善悪の境界の曖昧さを取り上げたのに対して、本作は法律で裁かれる人が本当に悪人なのか、法律で裁かれなければ善人なのかという問題提議を試みる。
しかし、僕には基底に置かれた人間の特徴と言っても良い弱さの方が印象的だ。弱さは愚かさに通じる。かくしてこの映画のような悲劇が起きる。被害者は“身から出た錆”を地で行き、犯人に同情したくなるところがあるが、両者が加害者と被害者になったのは人間的な弱さが偶然に重なったことが起因している。
僕ら常識的な人間にとって一番許しがたいのは他人の弱さや不幸や悲劇を笑うぼんぼんの大学生である。彼が付き合っている仲間たちも一人を除いて多かれ少なかれ似たようなものだろう。法律で裁かれないだけで、他人のことを、人生のことを真剣に考えたことのないウジ虫たちである。劇中の台詞にもあるように他人を嘲笑って生きることを強さと思っている。彼らこそ弱いのだ。弱くなければあそこまで愚かになれるはずがない。
逆に彼らに弱いと思われている真面目に生きて来た人々が逆境にある時ある種の強さを発揮する、被害者の父親・柄本明や犯人の祖母にして育ての親・樹木希林のように。孤独な深津絵里はその列に加えて良いものだろうか。
そうした様々な弱さが交錯して人間が人生を送ることの辛さ・厳しさにしゅんとさせられる。柄本明、樹木希林や犯人の叔父役の光石研、その他バスやタクシーの運転手に至るまで俳優たちの見事なアンサンブルの為せる技である。
主演四人が新境地を切り開いた演技は圧巻で、構成や映像もオーソドックスで見応えたっぷり。
新盆で忙しい。もっとましなものを書きたかったけれど、この程度で失礼いたします。
2010年日本映画 監督・李相日
ネタバレあり
「パレード」で現代人の不気味な人間関係を描きだした吉田修一の長編小説を、李相日がご本人と共同で脚色して映画化し2010年度の「キネマ旬報」邦画部門第1位に選ばれた話題作。少なくとも僕自身は「パレード」よりずっとピンと来た。
保険外交員の満島ひかりが崖下から死体で発見され、直前に彼女を車に乗せた大学生・岡田将生が容疑者として逮捕されるが、彼の告白から彼女が別に付き合おうとしていた解体工・妻夫木聡が捜査線上に浮かぶ。後で正確に解ることだが、彼女を殺したのは彼で、それを心に秘めたまま日常を送り、ある時出会い系サイトを通じて知り合った紳士服店店員・深津絵里と会うことにし、被害者と同様に会ったその日にモーテルにしけ込む。やがて彼が殺人犯と知っても、彼に自分と同じ孤独の影を見出していた彼女は彼の逃避行につき会い、灯台に身を潜める。
前年度No.1「ディア・ドクター」が行為における善悪の境界の曖昧さを取り上げたのに対して、本作は法律で裁かれる人が本当に悪人なのか、法律で裁かれなければ善人なのかという問題提議を試みる。
しかし、僕には基底に置かれた人間の特徴と言っても良い弱さの方が印象的だ。弱さは愚かさに通じる。かくしてこの映画のような悲劇が起きる。被害者は“身から出た錆”を地で行き、犯人に同情したくなるところがあるが、両者が加害者と被害者になったのは人間的な弱さが偶然に重なったことが起因している。
僕ら常識的な人間にとって一番許しがたいのは他人の弱さや不幸や悲劇を笑うぼんぼんの大学生である。彼が付き合っている仲間たちも一人を除いて多かれ少なかれ似たようなものだろう。法律で裁かれないだけで、他人のことを、人生のことを真剣に考えたことのないウジ虫たちである。劇中の台詞にもあるように他人を嘲笑って生きることを強さと思っている。彼らこそ弱いのだ。弱くなければあそこまで愚かになれるはずがない。
逆に彼らに弱いと思われている真面目に生きて来た人々が逆境にある時ある種の強さを発揮する、被害者の父親・柄本明や犯人の祖母にして育ての親・樹木希林のように。孤独な深津絵里はその列に加えて良いものだろうか。
そうした様々な弱さが交錯して人間が人生を送ることの辛さ・厳しさにしゅんとさせられる。柄本明、樹木希林や犯人の叔父役の光石研、その他バスやタクシーの運転手に至るまで俳優たちの見事なアンサンブルの為せる技である。
主演四人が新境地を切り開いた演技は圧巻で、構成や映像もオーソドックスで見応えたっぷり。
新盆で忙しい。もっとましなものを書きたかったけれど、この程度で失礼いたします。
この記事へのコメント
筋金入りのあまのじゃく記事
持参させていただきました。
どちらを向いても絶賛の嵐の中、
満身創痍になりながら、というのは
ウソ。
原作、すらすらと先月末読了。
文字からもインパクトで感想変わるかしら、
と期待いたしましたが
別に、でございました。(^ ^);
監督さんも原作者もきっと
イジワルでもなければ
ヒネクレてもいないんだと思う。
インパクトは予想ほどありませんでしたが、悪か善かというより登場人物が示し続ける弱さと一部の人間のほんの僅かに見せる強さが印象的でした。
幕切れは、少なくとも、性的快楽とは関係ないと思いますが、如何でしょうか。
馬鹿正直で損ばかりしている僕もやはりひねくれていないのかなあ(笑)
この三日間新盆で多忙につき、TBだけは済ませましたが、そちらへのコメントは多分月曜日くらいになると思います。<(_ _)>
そう他人をあざ笑う奴は許しがたいです。
以前、池袋駅で二人づれの男女の女のほうが、指差して笑っているので、そちらを観たら、若い身体障害者で松葉杖をついて歩いてました。
頭に血が上りました。
抑えるのに苦労しました。自分の彼女だったら張り倒したかもしれません。
こちらも新盆ですが、時季をはずして静かに一人で墓参りに行きます。
>満島ひかりさん
ひかりだけにやはり光るんですね^^)v
>池袋駅
通常、そういうのは似た者同士がくっつくでしょうから、男の方も多分似たレベルだと思います。
TVで使用自粛用語がありますけど、言葉を自粛しても規制しても余り意味がないんだけどなあ。
それは寧ろ、世間が他人に厳しく、自分に甘くなっている証左と思いますよ。
あゝ、やだやだ。
>新盆
そうでした。
いつも一緒にお墓に行った人がいないのでちょっと変な感じがします。
お互い寂しいですね。