映画評「マイ・ブラザー」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2009年アメリカ映画 監督ジム・シェリダン
ネタバレあり
「しあわせな孤独」(2002年)という秀作を作ったデンマークのスザンネ・ビア監督が2004年に発表した「ある愛の風景」のリメイクということだが、残念ながらオリジナルは観ていない。
愛する妻ナタリー・ポートマンとの間に二人の娘のいる米軍大尉トビー・マグワイアがアフガニスタンに出征して飛行中に撃墜され、家族の元に戦死の報が届く。出来が悪く銀行強盗の罪で服役した刑務所から出所してきたばかりの弟ジェイク・ギレンホールは、父親サム・シェパードに兄と比較されることで益々すさんでいくが、落胆する兄嫁を見かねて慰めることで自らも再生し、彼女を元気づけることに成功する。
ところが、ゲリラの捕虜になっていたマグワイアはゲリラの壊滅で生還、落ち着きかけていた一家が再び動揺する。捕虜の時に生き残る為に部下を殴り殺した罪の意識と、それを誰にも打ち明けられない苦悩が妻と弟の仲を必要以上に疑わせ凄まじく荒れる。
父と兄弟の関係は、戦場がモチーフになっていることを除けば正に「エデンの東」と全く同じ構図である。父親に愛されない弟がぐれて兄のパートナーに思いを寄せる。しかし、あくまで弟が中心であったかの名作とは、兄とその妻と弟の揺れ動くそれぞれの心理・心境をつぶさに見つめるという点で大いに異なる。
弟があのようなダメ息子になったのは恐らくは父親が必要以上に兄と比較したからなのだろうが、兄嫁を救うという思いから人間的に再生する。帰ってくる兄を迎える彼の表情の微妙さがここから発生する三人の関係を予感させる。ただ、荒れた弟の変化が突然起きた感がありすぎる。省略によって行間を読ませるのは映画でも小説でも大事だが、本作のここはちょっと省略し過ぎではありますまいか。
優秀だった兄も戦場で途轍もなく大きな傷を負って帰還する。帰還兵の父の変化を最初に敏感に感じ取るのは二人の幼い娘たちである。姉娘が妹ほど可愛がられていないと思い込んでいるという、兄弟の関係が簡素化された形で投影される作劇が上手い。
嫌いだった弟の献身的な態度に兄嫁も惹かれていき、夫の帰還を知った瞬間本来とは別の意味で動揺する部分が出てくる。しかし、彼女には自分が唯一本当に愛しているのは夫であるという確信があり、その真摯な思いが彼の戦場で与えられた大きな傷を癒し呪縛を解き放つことになる。
心の襞まで描くという感覚は「しあわせな孤独」に通じるものがある一方で、監督をしたジム・シェリダンらしく、どうしてもこうした内容では生れがちな神経質になりすぎる感じがしないのは商業映画として良いような気がしている。今の僕に、不安に起因する心臓の疲弊に対する不安(ちとややこしいのです)があるせいかもしれないが。
マグワイア、ギレンホール、ナタリーの三人は、有名すぎ若すぎて違和感があるかもしれないが、ここまでアンサンブルが取れていれば十分。シェリダンの子役への演技指導が旧作「イン・アメリカ 三つの小さな願いごと」(2002年)同様大変素晴らしい。
ただ、残念なのはリメイクであるということ。シリーズとリメイクにしか頼れないほどアメリカにはオリジナルの脚本を書き下ろせる脚本家がいなくなったのか。悲しいですなあ。
先日も書いたばかりだが邦題にも注文あり。何十年も経っているなら別だが、21世紀になって三本の洋画に「マイ・ブラザー」という邦題が付けられている。今は良くても何年か経つと非常に混乱することになる。
現在の僕には、映画の中で登場人物が味わう苦悩が他人事でなくなっているのです。
2009年アメリカ映画 監督ジム・シェリダン
ネタバレあり
「しあわせな孤独」(2002年)という秀作を作ったデンマークのスザンネ・ビア監督が2004年に発表した「ある愛の風景」のリメイクということだが、残念ながらオリジナルは観ていない。
愛する妻ナタリー・ポートマンとの間に二人の娘のいる米軍大尉トビー・マグワイアがアフガニスタンに出征して飛行中に撃墜され、家族の元に戦死の報が届く。出来が悪く銀行強盗の罪で服役した刑務所から出所してきたばかりの弟ジェイク・ギレンホールは、父親サム・シェパードに兄と比較されることで益々すさんでいくが、落胆する兄嫁を見かねて慰めることで自らも再生し、彼女を元気づけることに成功する。
ところが、ゲリラの捕虜になっていたマグワイアはゲリラの壊滅で生還、落ち着きかけていた一家が再び動揺する。捕虜の時に生き残る為に部下を殴り殺した罪の意識と、それを誰にも打ち明けられない苦悩が妻と弟の仲を必要以上に疑わせ凄まじく荒れる。
父と兄弟の関係は、戦場がモチーフになっていることを除けば正に「エデンの東」と全く同じ構図である。父親に愛されない弟がぐれて兄のパートナーに思いを寄せる。しかし、あくまで弟が中心であったかの名作とは、兄とその妻と弟の揺れ動くそれぞれの心理・心境をつぶさに見つめるという点で大いに異なる。
弟があのようなダメ息子になったのは恐らくは父親が必要以上に兄と比較したからなのだろうが、兄嫁を救うという思いから人間的に再生する。帰ってくる兄を迎える彼の表情の微妙さがここから発生する三人の関係を予感させる。ただ、荒れた弟の変化が突然起きた感がありすぎる。省略によって行間を読ませるのは映画でも小説でも大事だが、本作のここはちょっと省略し過ぎではありますまいか。
優秀だった兄も戦場で途轍もなく大きな傷を負って帰還する。帰還兵の父の変化を最初に敏感に感じ取るのは二人の幼い娘たちである。姉娘が妹ほど可愛がられていないと思い込んでいるという、兄弟の関係が簡素化された形で投影される作劇が上手い。
嫌いだった弟の献身的な態度に兄嫁も惹かれていき、夫の帰還を知った瞬間本来とは別の意味で動揺する部分が出てくる。しかし、彼女には自分が唯一本当に愛しているのは夫であるという確信があり、その真摯な思いが彼の戦場で与えられた大きな傷を癒し呪縛を解き放つことになる。
心の襞まで描くという感覚は「しあわせな孤独」に通じるものがある一方で、監督をしたジム・シェリダンらしく、どうしてもこうした内容では生れがちな神経質になりすぎる感じがしないのは商業映画として良いような気がしている。今の僕に、不安に起因する心臓の疲弊に対する不安(ちとややこしいのです)があるせいかもしれないが。
マグワイア、ギレンホール、ナタリーの三人は、有名すぎ若すぎて違和感があるかもしれないが、ここまでアンサンブルが取れていれば十分。シェリダンの子役への演技指導が旧作「イン・アメリカ 三つの小さな願いごと」(2002年)同様大変素晴らしい。
ただ、残念なのはリメイクであるということ。シリーズとリメイクにしか頼れないほどアメリカにはオリジナルの脚本を書き下ろせる脚本家がいなくなったのか。悲しいですなあ。
先日も書いたばかりだが邦題にも注文あり。何十年も経っているなら別だが、21世紀になって三本の洋画に「マイ・ブラザー」という邦題が付けられている。今は良くても何年か経つと非常に混乱することになる。
現在の僕には、映画の中で登場人物が味わう苦悩が他人事でなくなっているのです。
この記事へのコメント
まったくの無名とかオリジナルが少なくなってますね。
失敗することを恐れているからでしょうけど・・・・役人か?官僚か!?ですね。
映画屋が失敗を恐れてどうすんだ!
コッポラなど5・6回破産しても映画を作っているというのに・・・
ですけど、映画制作の過程が複雑になりすぎているのかもしれませんね。
最近そういったプロデュサーの苦労を描いた映画がありましたけど・・・・
同じようなタイトルだけはなんとかせいよ!ですね。
シリーズも一種のリメイクですから、恐らくメジャー系の30%以上はその類ですね。洒落ではないですが、ちょっと異常です。
リメイクでないにしても、ゾンビ物やシチュエーション・スリラーなど流行るとすぐに似たようなのがタケノコのように作られる。上手く作ってくれれば良いものの、実際には余り誉められるようなのはないです。日活映画の模倣なんてのは実に愛嬌があって出来栄えはともかくニヤニヤ観ていましたけどね。
僕の尊敬する双葉先生が、「模倣でもちゃんと作って面白ければ良いのである」と仰っていて、僕もその通りと思いますが、映画界の現状を天国の先生が観たら呆れるでしょうね。先生がご覧になりたいような映画的な映画は本当に減りましたよ。
>コッポラ
「ワン・フロム・ザ・ハート」とか酷評されましたからねえ。
昔からハリウッドはそういう傾向がありますが、監督の立場は決して高くはないですね。1960年ごろ編集権を持っていた監督は、ヒッチコック、ジョン・フォードなど両手に届かなかったようですよ。日本だった実態は解りませんが、アメリカほどひどくはないんじゃないかなあ。
欧州映画は、比較的監督の作家性が高いところを観ると、監督の権限がかなりある(あった)ようですね。
>タイトル
余りに多いので、一時クイズにしようかなと思って並べたら出てくるわ出てくるわでした。20年も30年も経てばとりあえず勘弁しますが(笑)。