映画評「幸福の黄色いハンカチ」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1977年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
この映画の場合「幸福」は「しあわせ」と読む。
アメリカ版リメイクの「イエロー・ハンカチーフ」を観たが、比較せずに観ればそれなりに楽しめるもののどうも上手さが足りず物足りないので、ご本尊様を拝むことに致しました。観た順番とは逆にこちらを先にアップ。
会社を辞めてぶらりと北海道へ旅に出た武田鉄矢が失恋を癒す為かこれまた旅行中の桃井かおりを買ったばかりの赤いファミリアに乗せて何とか物にしようと狙っているところで、6年余りの刑期を終えて出所した高倉健を乗せる羽目になる。
出所したばかりと知るのは観客だけで、若い二人は、二日の後に彼が無免許運転で警察に御厄介になるに至り初めて事情を知って驚くが、その原因ともなった彼の妻・倍賞千恵子との経緯を聞き、自分から離婚しておいて未練がましく(元)妻に「待っていてくれるならこいのぼりのさおに黄色いハンカチを付けておいてくれ」と手紙を書いたことを知り、不安に苛まれてUターンしようとさせる彼を無理矢理家のあった夕張に引っ張っていく。
20世紀のうちは数年おきに観ていたが、今世紀になってからは初めて。山田洋次はやはり上手いですなあ。主演三人のアンサンブルが絶妙で、前半のドタバタから終盤の人情話に転換する辺りは「寅さん」でお馴染みのパターンとは言えお見事と言うしかない。鑑賞者におかれてはこの前後でトーンは決して変わっていないことを確認しておきたい。
カメラワークも絶品で、健さんが殺人を犯した元服役囚と知った後で、桃井かおりが「一緒に旅を続けましょう(台詞は聞えない)」と誘う様子を台詞なしに描写するところが特にお気に入り。
武田の車から桃井が飛び出るところからカメラは終始一貫ここから捉えられる。桃井が車から出て健さんに近づく。会話をしている二人をロングで捉え、手前にいた武田の車が左側に曲がってゆっくり話し中の彼らに近づき、話がついた彼らが車に近づいてくる。ここまで武田の車からの1ショットで処理するのが実にリリカルで味わい深いのである。情景の中に登場人物の心情が見事に沈潜している。
リメイクでは一度二人をアップで捉え、アップなので半ば必然的に台詞を入れて身も蓋もなくし、5ショットくらいに分割される為どうしても印象が散文的になる。その前に健さんに相当するウィリアム・ハートは若者二人に声をかけている。敢えてリメイクの作者たちを弁護するなら、こちらの健さんがお世話になった二人に声をかけずに去ろうとする日本人的遠慮深さがアメリカ人には理解できず、その後に続くシークエンスが結果的にそういうカット割りになったのかもしれない。
幕切れもリメイクのわざとらしさに比べると自然かつ素直で、解っていても涙が出てくる。今観ても断然感動的ではあるものの、このお話自体は35年くらい前の日本人の生活感情にこそ正にぴったり来る感じがある。未来に明るさがあった良い時代であり、本作はその象徴でもあったような気がする。今、山田監督でも全く同じお話を作る気にはなれないだろう。
未練がましい男だから未練がましい男が出てくるお話は大好き。
1977年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
この映画の場合「幸福」は「しあわせ」と読む。
アメリカ版リメイクの「イエロー・ハンカチーフ」を観たが、比較せずに観ればそれなりに楽しめるもののどうも上手さが足りず物足りないので、ご本尊様を拝むことに致しました。観た順番とは逆にこちらを先にアップ。
会社を辞めてぶらりと北海道へ旅に出た武田鉄矢が失恋を癒す為かこれまた旅行中の桃井かおりを買ったばかりの赤いファミリアに乗せて何とか物にしようと狙っているところで、6年余りの刑期を終えて出所した高倉健を乗せる羽目になる。
出所したばかりと知るのは観客だけで、若い二人は、二日の後に彼が無免許運転で警察に御厄介になるに至り初めて事情を知って驚くが、その原因ともなった彼の妻・倍賞千恵子との経緯を聞き、自分から離婚しておいて未練がましく(元)妻に「待っていてくれるならこいのぼりのさおに黄色いハンカチを付けておいてくれ」と手紙を書いたことを知り、不安に苛まれてUターンしようとさせる彼を無理矢理家のあった夕張に引っ張っていく。
20世紀のうちは数年おきに観ていたが、今世紀になってからは初めて。山田洋次はやはり上手いですなあ。主演三人のアンサンブルが絶妙で、前半のドタバタから終盤の人情話に転換する辺りは「寅さん」でお馴染みのパターンとは言えお見事と言うしかない。鑑賞者におかれてはこの前後でトーンは決して変わっていないことを確認しておきたい。
カメラワークも絶品で、健さんが殺人を犯した元服役囚と知った後で、桃井かおりが「一緒に旅を続けましょう(台詞は聞えない)」と誘う様子を台詞なしに描写するところが特にお気に入り。
武田の車から桃井が飛び出るところからカメラは終始一貫ここから捉えられる。桃井が車から出て健さんに近づく。会話をしている二人をロングで捉え、手前にいた武田の車が左側に曲がってゆっくり話し中の彼らに近づき、話がついた彼らが車に近づいてくる。ここまで武田の車からの1ショットで処理するのが実にリリカルで味わい深いのである。情景の中に登場人物の心情が見事に沈潜している。
リメイクでは一度二人をアップで捉え、アップなので半ば必然的に台詞を入れて身も蓋もなくし、5ショットくらいに分割される為どうしても印象が散文的になる。その前に健さんに相当するウィリアム・ハートは若者二人に声をかけている。敢えてリメイクの作者たちを弁護するなら、こちらの健さんがお世話になった二人に声をかけずに去ろうとする日本人的遠慮深さがアメリカ人には理解できず、その後に続くシークエンスが結果的にそういうカット割りになったのかもしれない。
幕切れもリメイクのわざとらしさに比べると自然かつ素直で、解っていても涙が出てくる。今観ても断然感動的ではあるものの、このお話自体は35年くらい前の日本人の生活感情にこそ正にぴったり来る感じがある。未来に明るさがあった良い時代であり、本作はその象徴でもあったような気がする。今、山田監督でも全く同じお話を作る気にはなれないだろう。
未練がましい男だから未練がましい男が出てくるお話は大好き。
この記事へのコメント
このとき、武田さんは免許の取得が間に合わず、仮免で、車を運転している真似をしていたそうです。
後に種子島で免許を取ったそうですけどね。
そうそう、寅さんの渥美清さんがチラッと出ているのにも驚きました。
私も最近鑑賞していないですね、本作。
山田監督も巧さ、指摘されたシーンもなるほど、いいですね。
ラストも、あれがいいんですよ、ふたりの性格、年齢などあらゆることを考えても、あの描写が自然でとても感動します。
そして、なによりも本作は、高倉健という俳優で成立している作品です。
山田監督も健さんでなくては映画化しなかったでしょう。
名作ですね。
>武田鉄矢さん
70年代の日本の若者って、あんなのが多かったような気がするなあ。
僕はこの頃やっと大学ってところですが。
運転する役なのに実は「免許がない」ってやつですね(笑)
>渥美清さん
短いけれどさすがの存在感でしたねえ。
あの二人は狂言回しなのに、健さんと同じくらいの出番があるし、それでいて狂言回しの枠から決して出て行かず、テーマをかき乱さない。上手いものです。
>高倉健
渥美清もそうですが、健さんも代替がきかない役者ですね。
通俗映画ぎりぎりのところで上品さを保っているところが山田監督の凄いところ。同じ松竹の森崎東なんかも上手いところがあるけれど、どうしても低俗に落ちることが多いんですよ。
健さんはやっぱり大スターですね。絵になる役者です。
この映画で、出所した健さんが食堂に寄って瓶ビールを飲みながら、醤油ラーメンとカツ丼を注文する場面。いいですねー!
>桃井かおりが「一緒に旅を続けましょう(台詞は聞えない)」と誘う様子
この演出もうまいです。
>リチャード・ウィドマーク
「アラモ」の時の吹替えが大塚周夫さんなんですね。イメージに合ってます。
>高倉健主演「南極物語」を初めて見ました。主題曲は昔からよく聞いていましたが・・・。
ヴァンゲリスでしたかね。「炎のランナー」で日本でも知られ、その流れで使われたのでしょう。
>この演出もうまいです。
「ロッキー」のロング・ショットを参考にしたかもしれませんね。参考にしなくても、映像言語に優れた方ですから、参考にするまでもないかもしれませんが。
>「アラモ」の時の吹替えが大塚周夫さんなんですね。イメージに合ってます。
ウィドマーク=大塚周夫でして、大塚氏曰く、自分がやっていないのは「六番目の男」だけだ、と。僕は「六番目の男」は原語版でしか見ていないので、多分子供時代僕が見たウィドマークは全部大塚氏だったはず。一時本当に大好きだったんですよ。
>「ロッキー」のロング・ショット
一度追い返した老トレーナーのミッキーをロッキーが追いかける場面ですよね?僕が大好きな場面です!
>「炎のランナー」で日本でも知られ
ギリシャの音楽家(シンセサイザー奏者・作曲家)。4歳から独学でピアノと作曲を始め、6歳にして自作の演奏会を開いた人。凄いですね。
>「 六番目の男」
ジョン・スタージェス監督。一度見たいです。
>変異ウイルス猛威
メルケル首相が「新たなパンデミック(世界的大流行)だ!」
ドイツはロックダウンを延長しましたね。第3波到来。
>一度追い返した老トレーナーのミッキーをロッキーが追いかける場面ですよね?僕が大好きな場面です!
そうですね。あの場面は僕も大好きです。
>>ヴァンゲリス
アラウンド1980年、シンセ・ブームで、ロック・ファンにも彼に注目した方が結構いました。ジャンルを超えた人気があったという感じがしますね。
>メルケル首相が「新たなパンデミック(世界的大流行)だ!」
>ドイツはロックダウンを延長しましたね。第3波到来。
後はワクチン接種次第ですねえ。物凄いペースで打っているアメリカは6月くらいまでにその類の手段が一切必要なくなるでしょう。
日本は来年までかかりますかねえ。