映画評「ヤコブへの手紙」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2009年フィンランド 監督クラウス・ハロ
ネタバレあり
カウリスマキ兄弟の映画くらいしか日本では観られないフィンランド映画だが、このクラウス・ハロという監督の75分の小品はなかなか大した作品である。
模範囚のレイラ(カーリナ・ハザード)が終身刑ながら釈放され、さびれた村に暮らすヤコブ牧師(ヘイッキ・ノウシアイネン)のところで働くことになる。盲目の牧師の為に助けを求めてくる手紙を読み、彼の代わりに返事を書くというだけの単純な仕事だが、過去の事件から絶望的になり人も神も信じない彼女は手紙の一部を捨てたりする始末。
毎日やって来る郵便配達夫(ユッカ・ケイノネン)も彼女が殺人犯と知っているので避けるようになり、ある夜忍んだところを彼女に放り出されてから牧師館に寄らなくなる。理由は「手紙が来ないから」。
手紙の差出人を助けることを生きがいとしていた牧師はこの日から孤独に陥り、ありもしない結婚式にでかけたりする。彼女は出て行こうとするが行くあてもないと踏み止まり、遂に心を開いて自身の手紙を読む(告白する)。彼女にとっては懺悔であり再生の道の始まりである。実は他人を必要としているのは信者ではなく自分であると気付いた牧師はそれを確認して天国に召される。
原案者ヤーナ・マッコネンはビートルズの「エリナー・リグビー」からこの話を思い付いたのではないか。かの曲ではエリナーも神父も永遠に救われないのだが、この作品では終盤一気にヒロインの心を閉ざした謎が明らかになって彼女に光明が差し、既に真のキリスト者であった牧師もさらに一段高い境地に至って生を全うする。つまり、人間は他者との関係なくして幸福はないというごく当たり前の一般的人生論への到達である。
この当り前のことがなかなか出来なかったり気付かなかったりして人は苦労する。そこに宗教家と信者の差はない。それを鮮やかに最後に見せるこの作品は我々にすがすがしい後味を残して終わる。
ある時から手紙が途絶えるのは、恐らく、配達人が古い手紙を使い回していたからではないだろうか。
2009年フィンランド 監督クラウス・ハロ
ネタバレあり
カウリスマキ兄弟の映画くらいしか日本では観られないフィンランド映画だが、このクラウス・ハロという監督の75分の小品はなかなか大した作品である。
模範囚のレイラ(カーリナ・ハザード)が終身刑ながら釈放され、さびれた村に暮らすヤコブ牧師(ヘイッキ・ノウシアイネン)のところで働くことになる。盲目の牧師の為に助けを求めてくる手紙を読み、彼の代わりに返事を書くというだけの単純な仕事だが、過去の事件から絶望的になり人も神も信じない彼女は手紙の一部を捨てたりする始末。
毎日やって来る郵便配達夫(ユッカ・ケイノネン)も彼女が殺人犯と知っているので避けるようになり、ある夜忍んだところを彼女に放り出されてから牧師館に寄らなくなる。理由は「手紙が来ないから」。
手紙の差出人を助けることを生きがいとしていた牧師はこの日から孤独に陥り、ありもしない結婚式にでかけたりする。彼女は出て行こうとするが行くあてもないと踏み止まり、遂に心を開いて自身の手紙を読む(告白する)。彼女にとっては懺悔であり再生の道の始まりである。実は他人を必要としているのは信者ではなく自分であると気付いた牧師はそれを確認して天国に召される。
原案者ヤーナ・マッコネンはビートルズの「エリナー・リグビー」からこの話を思い付いたのではないか。かの曲ではエリナーも神父も永遠に救われないのだが、この作品では終盤一気にヒロインの心を閉ざした謎が明らかになって彼女に光明が差し、既に真のキリスト者であった牧師もさらに一段高い境地に至って生を全うする。つまり、人間は他者との関係なくして幸福はないというごく当たり前の一般的人生論への到達である。
この当り前のことがなかなか出来なかったり気付かなかったりして人は苦労する。そこに宗教家と信者の差はない。それを鮮やかに最後に見せるこの作品は我々にすがすがしい後味を残して終わる。
ある時から手紙が途絶えるのは、恐らく、配達人が古い手紙を使い回していたからではないだろうか。
この記事へのコメント
いたのをふと思い出しました・・・「大して
よくなかった人が、ある事やある人によって
ラストはいい人になって・・・そんな映画ばかり」と。
彼の言い分もわかるけれど、やはり映画の醍醐味の一つには
人間の心の変化の妙があるでしょうね。
先日の「質屋」にしても然り、本作でも然り。
ところで、手紙がいつしか来なくなるのは
この主人公の職務怠慢、口述筆記も放棄の上、
返信もしないことが浸透しちゃったからでは
ないかと私は思いましたが。
>優一郎さん
懐かしいなあ。
彼が言いたかったのは恐らく、大したトリッガーでもないのに人間が変わりすぎる、ということだったのでしょう。
大したトリッガーでなくても幾つか積み重なれば人は変わりますし、文字通りショッキングなトリッガーであればたった一つで変わりますよね。
本作の場合は多分積み重ねのほうだと思いますが、でも、牧師の意気消沈が大きなトリッガーだったのかな。
いずれにしても、ヒロインが食事だか飲み物の用意をする場面にはビックリしました。
>手紙
謎なんですね、これが(笑)。
確かに彼女がちゃんと出していたかどうかも解らないし。
でも、この曖昧さが不快でないのも本作の上手さでしょ。
たった三人の登場人物で、うまいものですなぁ。
それにしてもあのおばさん、どうみても曙のお母さんじゃない?(笑)
いま公開されているスウェーデン小説が原作のリンチ監督の『ドラゴンタトゥーの女』も、スウェーデン本国で作られたほうが、日本で公開された時は、ほとんど気づかれなかったんですけどね。
この映画が、リメイクとは知らない人が多いでしょうね。
うまいですね。
三人で、しかも舞台劇調にならない辺りが益々結構。
>曙
くりそつ!
かつての映画マニアが年をとって、昔ほどヨーロッパ映画もヒットしなくなったし。
本国版はなかなか素晴らしい出来だったんですけど、もうリメイクですから、ハリウッドもずうずうしいなあ。
アメリカの一般人は外国映画を基本的に観ないから、これも「アメリカ・オリジナル」の映画と思って観るのでしょうね。
日本人の一般客も似たようなものでしょうが、アメリカ人よりは多少ましでしょうか(笑)。
観終わった後は、「美しい映画」そう思えて、それ以上の言葉も要らないなって思える作品でした。
>「美しい映画」
全て美しい。それに尽きますね。
これは、低予算でも美男美女の俳優がいなくても良い映画は作れるんだというお手本のような映画ですね。素晴らしいです。
聖書に「ヤコブの手紙」ってのがあったかな?
私、小学校時代、幼稚園からの続きで日曜学校に通っておりました。
聖書の中に出てくる場面の絵と言葉が書いたカードがもらえるのが嬉しかったのと、高学年になったら献金の袋を持ってまわれるのがやりたくて。 動機は不純ですね。(笑)
>これは、低予算でも美男美女の俳優がいなくても良い映画は作れるんだ
>というお手本のような映画ですね。素晴らしいです。
全くそう思います。
アメリカのメジャー映画しか観ない人は、ヨーロッパ映画はつまらない、という人が昔から多いですが。
>聖書に「ヤコブの手紙」ってのがあったかな?
ありますね。何年か前に旧約・新訳を通読しました。
>聖書の中に出てくる場面の絵と言葉が書いたカードがもらえる
>高学年になったら献金の袋を持ってまわれるのがやりたくて。
へえ、それは面白い体験ですねえ。
献金の袋なのかなあ、それを持って回る邦画も観たことがあります。洋画では全く珍しくないわけですが。
>原案者ヤーナ・マッコネンはビートルズの「エリナー・リグビー」からこの話を思い付いたのではないか。
かもしれませんね。
「ファーザー マッケンジー」が中学生の空耳では「ハザマ
ケンジ」に聞こえました。ハザマ ケンジって誰や? (笑)
(その気になって一回聴いてみてください。ハザマ ケンジって聞こえますよ)
>つまり、人間は他者との関係なくして幸福はないというごく当たり前の一般的人生論への到達である。
先日コメントを書いた「メルキアデス エストラーザの3度の埋葬」も結局はそこに行きつくロードムービーでしたね。
そのごく当たり前のことが口で言うのは簡単ですが、負のハンデを背負った人間にはハードな旅の先にしかそこにたどり着けなくて、だからまぁ映画にもなるし、感動もするんでしょうね。
それにしても新旧両方の聖書を読破するとは、恐れ入りました!
新約は短いけど面白くないし、旧約は面白いところもあるけど長いし、訳も2000年の間に時々の誰かさんの都合のいいように翻案されているみたいだし、読むのは大変困難な作業だと思います。
まさか詩篇まで読んだんじゃないでしょうね?
いや、読んでそう・・・ すごいな・・・
>「エリナー・リグビー」
>中学生の空耳では「ハザマ ケンジ」に聞こえました。
>ハザマ ケンジって誰や? (笑)
聞えますね^^
中学時代同級生の女子が「レット・イット・ビー」が「エルピー」に聞えるとか言って面白がっていました。
>負のハンデを背負った人間にはハードな旅の先にしか
>そこにたどり着けなくて、
そうなんですよねえ。この映画の登場人物もそうでした。
>新約は短いけど面白くないし、旧約は面白いところもあるけど長いし
僕の感想も全く同じですね。旧約は途中からある程度信頼できる歴史書になりますから、楽しめる。新訳は説教臭いところが多く、歴史的に信用できないし、つまらない。
詩篇も読みましたよ。中身は忘れましたけど(笑)。
kindleには英語版が入っていますが、さすがに読んでいません。これを読むほど暇じゃない(笑)。
>僕の感想も全く同じですね。
こんな風に書いてくださったら私も全部読んだみたいに聞こえるじゃありませんか。全部どころか・・・
神学の学生だって全部読んでいるかどうか分からないのに~
本田哲郎の新共同訳聖書が良いようですが聖書までは手が回りません。
「狭間憲治」って聞こえますでしょう? リヴァプール訛では「ハ」の発音が微妙に「ファ」になるんですよ(嘘)。
>「狭間憲治」って聞こえますでしょう?
>リヴァプール訛では「ハ」の発音が微妙に「ファ」になるんですよ(嘘)。
狭間検事かもしれませんよ。敏腕検事の。
何だ、嘘ですか。最初に読んだ時本当かと思いましたよ。
コックニーでは、"th"を"f"で発音することがあるようですね(本当の話)。僕も、香港で、取引先の青年と遭って、ミーティングがFursdayに決まったと言うので、木曜日と解りつつ、何度も確認しました.。ビックリしたなあ。