映画評「彼女が消えた浜辺」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2009年イラン映画 監督アスガー・ファルハディ
ネタバレあり

ベルリン映画祭で銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞した作品と聞くが、以下に述べる理由で脚本賞の方がふさわしい気がする。

夫婦3組を含む中流階級の男女8人とその子供たちがカスピ海沿岸に三泊の予定でリゾートに訪れる。夫婦三組は同級生といった間柄で、旅行の発案者セピデー(ゴルシフチェ・ファラハニ―)は、子供の保母エリ(タラネ・アリシュスティ)を離婚してドイツから帰国したばかりのアーマド(ジャハブ・ホセイニ)に紹介する思惑で連れてくる。エリは好感を以って迎えられるものの、翌朝事情があって一泊で帰る必要があると言い出す。
 女性たちが買い出しに、男性たちがバレーボールに興じている間に子供が溺れるという事件が発生、早い対応で無難に生還するが、エリの姿が見えない。幼い子供たちの証言は心許なく、子供を助けようとして溺れたものか、言葉通り帰ったものか判然とせず、やがてセピデーが隠していた彼女のバックや携帯が出て来たことから、溺死したものとして大騒ぎになる。
 ところが、彼女の正体をセピデーさえしかと知らず、婚約者がいると判明したことから一同は侃侃諤諤の論議となり、やがて緊張のうちに婚約者を迎えることになる。

Allcinemaのコメントにもあるように本作は「羅生門」のヴァリエーションなのかもしれない。違いは登場人物が真実と称して嘘を言っている「羅生門」に対して本作は肝心な人物な明確なことを言わず、言ったとしても傍証がないという進行を取っていることである。つまり、最終的に女性の溺死体が上がったことで一件落着となるが、“婚約者”は言葉では何の確認もしていないので、厳密に言えばこの映画は藪の中のまま終わっているのである。婚約者が泣いていることは何の傍証にもならない。嬉し泣きという言葉もある。

それは恐らく穿ちすぎだろうが、彼女の死には謎が残る。彼女は子供を助けようとして溺死したのではなく、自死したのではないだろうか。

この映画に限らず比較的最近のイラン映画を見ると、女性たちは僕たちが思っている以上に自由に溌剌としているように見える。しかし、イランは実際にはかなりイスラム教の教えに厳格な部類に入る国家らしく、(親が決めた)婚約者のいる女性が他の男性と旅行などすれば厳しい罰が待っているはずだ。婚約者を嫌っていたはずの彼女が死のうとしても不思議ではない。その直前の凧上げは自由への憧れをシンボライズしていることになり、本作は多数のイスラム女性の本音を代弁する映画という見方が出来る。

気に入らないのはサスペンスフルになる中盤以降のショットの扱いで、揺れるカメラはともかく、(全体としては長回しで、ある特定の場面においてのみだが)ショットを細かく切りすぎではないだろうか。確かにサスペンスではトリュフォーがヒッチコックに言っているように、一般ドラマより多くのショットが必要になるが、本作のようなサスペンスの性格ではここまで細かく割る必要はないように思われる。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2012年02月16日 06:33
いまだに、石打やむち打ちなどの刑がある国々ですからね。
宗教的縛りの範囲を越えない限り自由でいられるということでしょう。
男にとって都合の良い規則ばかりですしね。
映画作りも色々大変でしょう。
オカピー
2012年02月16日 18:50
ねこのひげさん、こんにちは。

タリバンが一番厳格な原理主義らしいですが、国単位で行くとパキスタンは相当ひどいらしいです。パキスタンに限らないのかな?
強姦した場合も、された女性が罪になり、それも相当厳罰ですから、やりきれないものがあります。

>映画作り
もそうですが、アジア大会がつまらないのは、中近東の女性の参加数が余りに少ないこと、レベルの低いことですね。レベルを上げようにも肌を見せるな、ではどうしようもない。
アルカイダもアメリカやキリスト教を怨む若しくは羨むより、女性たちを解放すれば、すぐに追いつくって。
元来あの辺には優れた人が多かったのですから。女性だってそうでしょう。
シュエット
2012年02月24日 13:57
本作は、ミステリアスに描いているけれど、その実態は…といった感じかな?って、あまり食指も魅力も沸かず劇場鑑賞をスルーした作品。目下録画しているのですが未見。オカピーさんのレビュー読んでいると、サスペンスフルな形をとらなくても、って気もします。今度この監督の「別離」というのが公開予定で、こちらもベルリン国際映画祭で金熊賞など3冠受賞したそうで、こちらも観ようかどうしようかって迷ってます。作品も素晴らしいのでしょうけど、中近東発のこうした作品ってのに、どうも国際的な映画祭は敏感に反応しすぎというかウィークポイントの傾向があるようで…。作品的には観ないと損損って程の映画でもないような…。
オカピー
2012年02月24日 20:46
シュエットさん、またまたようこそ。

「別離」という作品は解りませんが、本作は敢えて観なくても良いような気がします。
登場人物の言動をぼかし過ぎで、しかも「羅生門」ほど狙いが明確でないので、僕のような面倒臭がりには隔靴掻痒という印象の残る作品でした。

>ウィークポイント
同感です。
ベルリン映画祭の選定は、80年代以降のカンヌ映画祭よりは、概して、僕にはピンと来ますけどね。

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  • 彼女が消えた浜辺/Darbareye Elly

    Excerpt: 2009年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した作品。リゾート地の浜辺にきた男女8人、そのうちの一人が突然失踪する。残された人間だちが繰り広げる人間模様を描いたヒューマンミステリーだ。監督は本.. Weblog: LOVE Cinemas 調布 racked: 2012-02-15 13:19
  • 「彼女が消えた浜辺」

    Excerpt: あまり知らないイランという国の人々の生活の一部が見られたり、ちょっとミステリアスな話で興味が続いた。 Weblog: 或る日の出来事 racked: 2012-06-10 08:42