映画評「ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2010年フランス映画 監督エマニュエル・ローラン
ネタバレあり
僕は映画鑑賞に加え読書もする方だが、映画の書籍は殆ど読まない。映画関連で読むとしたら双葉十三郎師匠の本だけである。あとヒッチコック関連の本をほんの少し。
ところが、我がご贔屓のブログ友達の方々は研究熱心で、色々とお読みになっているようで、そうした方々は概ねヌーヴェル・ヴァーグにおける片翼ジャン=リュック・ゴダールに関心を寄せ、研究対象にしているようである。
僕はもう一つの翼フランソワ・トリュフォーを映画作家としてご贔屓にしているものの、批評家としてはヒッチコックにインタビューした「映画術」以外はとんと興味がないし、寧ろ彼がジュリアン・デュヴィヴィエやマルセル・カルネといった所謂詩的リアリズム(この言葉もブログを始めてから知った)作家・作品の大半を尽く批判した狭量を怪しからんと思っているくらいである。
トリュフォーの作品の多くは実は非常に古典的であり、言葉と映像の分解等奔放なスタイルに走るゴダールとどうして同志になったか(笑・・・ちょっと駄洒落)非常に不思議であり、決裂は時間の問題であったことはその作品群を見るだけでよく解る。
初期にはお互いにアイデアを出し合ったり、当然スタート時点における映画製作観は共通していたので、「勝手にしやがれ」と「ピアニストを撃て!」、「女と男のいる舗道」と「突然炎のごとく」、「女は女である」と「夜霧の恋人たち」「家庭」等には少なからぬ共通項が見出せるが、初期から極めて文芸的(バルザック好きであることは色々な作品から伺われる)であったトリュフォーが二十代の時に痛罵していた詩的リアリズム的な古典に回帰していったのは僕は必然であったと思うのである。彼は後年デュヴィヴィエへの批判を反省したとも聞く。
閑話休題。
本作はトリュフォーとゴダールの出会いと決別までを説明するドキュメンタリーである。
若き映画評論家トリュフォーとゴダールが1950年代の初めアンドレ・バザンが主催する映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」においてアルフレッド・ヒッチコックやハワード・ホークスから作家主義を見出し意見を同じうし(その前から知り合いではあったらしい)、エリック・ロメールやジャック・リヴェットに続いて短編映画の製作に乗り出し、トリュフォーの長編第一作「大人は判ってくれない」が当時の文化相の作家アンドレ・マルローの推奨によりカンヌ映画祭フランス代表となって監督賞を受賞する。
この成功により長編製作に心が傾いたゴダールもトリュフォーが収集した犯罪者の切り抜き記事とその脚本を元に「勝手にしやがれ」を作り、ここに所謂静かに流れていたヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)が文字通り潮流となる。しかるに、その商業的隆盛は非常に短く、トリュフォーとゴダール以外は映画製作に行き詰ったようだが、本作で一番重要なのはヌーヴェルヴァーグの盛衰ではなく、両翼たる二人の決別である。
それがはっきりするのが、マルローが二人の生みの親とも言える「シネマテーク」の創設者アンリ・ラングロワを更迭した事件(と続く五月革命)で、この辺りから政治への興味を露骨に示し始めたゴダールが事件終結直後にトリュフォーの商業主義を批判したことが発端になって、永久に袂を分かつことになるのだが、上述したようにそれは作品の傾向を見れば一目瞭然、必然であったのだ。
トリュフォーの分身的な俳優ジャン=ピエール・レオーが巻き込まれたのは気の毒だが、彼の商業主義のおかげでレオ―の俳優生命は保たれたとも言える。
といった内容が、色々な作品と共に解説されていくが、細かい点はともかく、本作の要たる決別については彼らの作品自体が雄弁に物語っているから証文を後から見せられただけのような印象を覚える。
寧ろ僕がまだ見ていないトリュフォーの短編「水の話」(編集はゴダール)やゴダールの短編「男の子の名前はみんなパトリックという」がかなり長めに観られたこと、レオーのオーディション・フィルムが観られたのが収獲。
因みに、ヌーヴェル・ヴァーグには左岸派(アラン・レネ、アニエス・ヴァルダ)というグループもあるです。
2010年フランス映画 監督エマニュエル・ローラン
ネタバレあり
僕は映画鑑賞に加え読書もする方だが、映画の書籍は殆ど読まない。映画関連で読むとしたら双葉十三郎師匠の本だけである。あとヒッチコック関連の本をほんの少し。
ところが、我がご贔屓のブログ友達の方々は研究熱心で、色々とお読みになっているようで、そうした方々は概ねヌーヴェル・ヴァーグにおける片翼ジャン=リュック・ゴダールに関心を寄せ、研究対象にしているようである。
僕はもう一つの翼フランソワ・トリュフォーを映画作家としてご贔屓にしているものの、批評家としてはヒッチコックにインタビューした「映画術」以外はとんと興味がないし、寧ろ彼がジュリアン・デュヴィヴィエやマルセル・カルネといった所謂詩的リアリズム(この言葉もブログを始めてから知った)作家・作品の大半を尽く批判した狭量を怪しからんと思っているくらいである。
トリュフォーの作品の多くは実は非常に古典的であり、言葉と映像の分解等奔放なスタイルに走るゴダールとどうして同志になったか(笑・・・ちょっと駄洒落)非常に不思議であり、決裂は時間の問題であったことはその作品群を見るだけでよく解る。
初期にはお互いにアイデアを出し合ったり、当然スタート時点における映画製作観は共通していたので、「勝手にしやがれ」と「ピアニストを撃て!」、「女と男のいる舗道」と「突然炎のごとく」、「女は女である」と「夜霧の恋人たち」「家庭」等には少なからぬ共通項が見出せるが、初期から極めて文芸的(バルザック好きであることは色々な作品から伺われる)であったトリュフォーが二十代の時に痛罵していた詩的リアリズム的な古典に回帰していったのは僕は必然であったと思うのである。彼は後年デュヴィヴィエへの批判を反省したとも聞く。
閑話休題。
本作はトリュフォーとゴダールの出会いと決別までを説明するドキュメンタリーである。
若き映画評論家トリュフォーとゴダールが1950年代の初めアンドレ・バザンが主催する映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」においてアルフレッド・ヒッチコックやハワード・ホークスから作家主義を見出し意見を同じうし(その前から知り合いではあったらしい)、エリック・ロメールやジャック・リヴェットに続いて短編映画の製作に乗り出し、トリュフォーの長編第一作「大人は判ってくれない」が当時の文化相の作家アンドレ・マルローの推奨によりカンヌ映画祭フランス代表となって監督賞を受賞する。
この成功により長編製作に心が傾いたゴダールもトリュフォーが収集した犯罪者の切り抜き記事とその脚本を元に「勝手にしやがれ」を作り、ここに所謂静かに流れていたヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)が文字通り潮流となる。しかるに、その商業的隆盛は非常に短く、トリュフォーとゴダール以外は映画製作に行き詰ったようだが、本作で一番重要なのはヌーヴェルヴァーグの盛衰ではなく、両翼たる二人の決別である。
それがはっきりするのが、マルローが二人の生みの親とも言える「シネマテーク」の創設者アンリ・ラングロワを更迭した事件(と続く五月革命)で、この辺りから政治への興味を露骨に示し始めたゴダールが事件終結直後にトリュフォーの商業主義を批判したことが発端になって、永久に袂を分かつことになるのだが、上述したようにそれは作品の傾向を見れば一目瞭然、必然であったのだ。
トリュフォーの分身的な俳優ジャン=ピエール・レオーが巻き込まれたのは気の毒だが、彼の商業主義のおかげでレオ―の俳優生命は保たれたとも言える。
といった内容が、色々な作品と共に解説されていくが、細かい点はともかく、本作の要たる決別については彼らの作品自体が雄弁に物語っているから証文を後から見せられただけのような印象を覚える。
寧ろ僕がまだ見ていないトリュフォーの短編「水の話」(編集はゴダール)やゴダールの短編「男の子の名前はみんなパトリックという」がかなり長めに観られたこと、レオーのオーディション・フィルムが観られたのが収獲。
因みに、ヌーヴェル・ヴァーグには左岸派(アラン・レネ、アニエス・ヴァルダ)というグループもあるです。
この記事へのコメント
図書館でざっと見ただけなんですが、私はあれは、ヒッチコックがすっとぼけて煙に巻いているように感じて、どこまで信じていいのかわからない。ほんとうに知りたいのなら、当時撮影現場に関わったスタッフにも取材しないといけないんじゃないかと思いました。
私の場合、映画の本は『スクリーン』で「ぼくの採点表」をお書きになっていた双葉十三郎はもちろんですが、やはり淀川長治がいちばんになります。
西村雄一郎『一人でもできる映画の撮り方』(洋泉社)は、映画評に出てくる専門用語が何かが説明されているので、辞書として使えそうな気がしました。
でも、私は、淀川先生みたいな解説がいちばんになるんですね。
>「断崖」
僕なんか素直なものだから(笑)すぐに信じてしまいますけど、仰る通りオトボケのヒッチコック老ですから、真実は解らないですね。
>淀川長治
実は、映画鑑賞に対する心がけを教えて貰ったのは淀川さんからで、主催する【東京・映画友の会】にも出かけていたんですよ。
僕の親友は会計をしていましたし。
ただ、先生は【勘】を非常に大事にしていたので、具体的に解らないところが多く、お話を聞くまではその映画が好きなのか嫌いなのか予想できないところがありました。
淀川さんの親友でもあられた一つ年下の双葉さんは具体的なので何十年も付き合ってきた僕には簡単に想像がついたのでした。作品の価値という観点では「ぼくの採点表」に始まり「映画の学校」を参考にしましたが、究極と言うべきは「日本映画批判」。批判的な文章を書く時は大いに参考にさせて貰っています。その批判の先に見える映画への愛が、淀川さん同様、感動的でありました。
淀川先生は、お話をさせたら世界の映画批評家の中でもNo.1ではないかと思います。【友の会】の仲間たちも映画本編より面白いとよく言っていましたよ。
わたしも最近この作品を観ました。
わたしは、以前からトリュフォーVSゴダールやベルモンドVSドロンの対比に疑問を持っており、60年代70年代のフランス映画の象徴的な対比をするのなら、ゴダールVSドロンだったように思うのです・・・???
それぞれ映画人として表現しようとしていたものは別としても、いずれにしてもブルジョワ・インテリ層出身VS貧困層出身の対比になってしまうのが、また興味深いんですが。
また、ベルモンド、トランティニャン、ピコリ、バルドー、ドヌーブ、モロー・・・商業娯楽映画で活躍していたかもしれませんが、みんな「ヌーヴェル・ヴァーグ」の洗礼を受けて活躍していたのに、ドロンだけは、わずか1本、それも短編「世にも怪奇な物語」でマルと組んだだけでした。
「ヌーヴェル・ヴァーグ」の全盛期、衰退期、以降の映画へのその影響などのなかで、アラン・ドロンを考え続けているわたしとしては非常に興味深いドキュメンタリーでした。ドロンのイタリア時代・旧フランス映画時代、ハリウッド時代、フィルム・ノワールの時代・・・そのとき「ヌーヴェル・ヴァーグ」は、どう変遷していったのか?などなど
作品のなかでトリュフォーとゴダールのいくつもの作品が紹介されていましたが、トリュフォーの映像はみずみずしいですね、あらためて思います。確かに旧時代とは異なる旧時代の作品?(笑)本当に素晴らしいと感じました。
ゴダールは・・・激しいですね。現代風俗をリアルに描こうとしていて、観客とのコミュニュケーションを旧来の映画の枠からはみ出して行おうとしているのに、誰にもわかってもらえないいらだち・・・わかってくれると思っていたトリュフォーが「アメリカの夜」で「ヌーヴェル・ヴァーグ」を映画の枠に収めてしまったことを憎んだゴダールの気持ちも少しわかるような気がしました。
それにしてもオカピー評は最近「ヌーヴェル・ヴァーグ」が多いですね。凄いですね(驚嘆!)。
わたしは最近ブログアップまでのエネルギーが弱いんですが、「レッド・サン」「フリック・ストーリー」「チェイサー」「友よ静かに死ね」などブルーレイを購入、相変わらずです。
それから、双葉先生の翻訳「大いなる眠り」を20年ぶりに再読したり、溝口の「浪華悲歌」を観ました。ハードな感性に磨きをかけてますよ(笑)。
では、また。
>ゴダールVSドロン
作家同士、演者同士を比較するのが一般的ですが、そういうのを飛び越えて対比するのも先鋭的と言いますか、興味深いですね。
音楽で言えば、ビートルズVSローリング・ストーンズではなく、ジョージ・マーティンVSストーンズといった感じになりましょうか。
>マル
とは言え、マルは他のグループとはまた違う、独自のヌーヴェル・ヴァーグだったと言えるでしょうね。ゴダールがお好きらしいallcinemaの執筆陣はマルを余り高く評価していないようですが、僕はマルには二重マルです(笑)。
尤も60年代半ばにはもうそんなグループ分けが意味しない状態になっていたはずですけどね、70年代初頭のニューシネマ同様に。
>「アメリカの夜」
僕なんか面白くて仕方がないですし、トリュフォーの才気を感じますけど、ゴダールはこの作品を嫌ったようですね。
大衆映画贔屓だったゴダールは何故(なにゆえ)に、大衆が全く理解できないような政治思想や哲学を映画の中で語るようになったのでしょうかねえ。僕なんか何でも屋だから、まあそういうシークエンスを劇映画の中に入れるのも実験として面白いとは思っていますけど。
半分は時間つぶしで映画を観る大衆に過度の期待をしてはダメだったんですよ。彼はどちらかと言えば富裕層のインテリでしょ? それでもゴダールを観たインテリの何割かは彼の映画観に共鳴したわけですし、今でも一生懸命研究素材にされているのだから、革命者としてビートルズに匹敵すると言っても過言ではないと思いますよ。
ヌーヴェルヴァーグが多いのは、まあWOWOWさんのおかげなのですが、シャブロルの90年代の未公開作品とかゴダールの鑑賞済み作品「男性・女性」なんてのも観たいと思いつつ、新しい作品もありまして・・・
邦画の中級以下と目される作品を極力減らしてそちらに回そうと思っていますが、程度が低くても話題作には手を出してしまうので、なかなか。
>ブルーレイ
ブルーレイを観てしまうと、DVDには戻れないですねえ。
この間「友よ静かに死ね」はブルーレイ保存しました。60年代の作品が一向に充実して来ないのが大変残念ですけど。
>「大いなる眠り」
何度買おうとしたことか。で、未だに読んでいないという・・・
双葉師匠も別のペンネームで何作かオリジナル・ミステリーを書かれたらしいですが、今となってはまず読めません。
>「浪華悲歌」
1930年代という、映画と言えば、お涙頂戴と時代劇しかなかったと言っても良い時代にこういうハードボイルド女性映画を作った溝口健二という人も凄いです。
>ゴダールVSドロン・・・作家同士、演者同士を・・・飛び越えて対比
アニエス・ヴァルダの視点をわたしはそう解釈しました。彼女は、この二人を対比させていたのです。
>大衆映画贔屓だったゴダールは何故(なにゆえ)に、大衆が全く理解できないような政治思想や哲学を映画の中で語るようになった・・・
確かにそうですね。ヒッチコックもハワード・ホークスに対してもトリュフォーだけが絶賛していたわけじゃなく、ゴダールも・・・だったはずです。
若い頃のルネ・クレール、ブニュエル、オータン・ララなども1920年代に同グループに帰属して、大衆から離れた芸術至上主義に陥っていた時期があると聞いています。
その後の彼らの活躍は、素晴らしい大衆作家として周知の通り・・・ゴダールも商業映画を完全否定した時期は自己批判していたはずなのですが、やっぱり、
おっしゃるとおり>富裕層のインテリ<なんでしょうね。それでも90年にドロンを使ったことで、わたしはオカピーさんより彼の反省した側面を信じてはいるんですが・・・。
>それでもゴダールを観たインテリの何割かは・・・革命者としてビートルズに匹敵・・・
オカピーさんは、すべて理解されていて、わたしの言いたいことが先取りされちゃってるんで、オカピー批判への反批判ができませんよ(笑)。
パゾリーニやレネ、ロッセリーニ、フリッツ・ラング・・・もしかしたらブレッソンやウェルズも思想家かもしれないけれど、みんな生粋の映画作家です。けれど、ゴダールは彼らとは少し違うかもしれません。もしかしたら思想を映像媒体で表現しようとして失敗した(この結論は早計かな?)「思想家」なのかもしれません。
ではまた。
>アニエス・ヴァルダ
それが可能なのは、ドロン研究に勤しむトムさんくらいでは?
なまなかな僕では「百一夜」から到底そこまで思い至らないですよ。
>90年にドロン
上に同じ。
「ヌーヴェルヴァーグ」からそこまで理解するとは(笑)。
当時もうゴダールに飽きちゃっていたからなあ。
しかし、トムさんの文章に遭遇してから「これはもう一度観ないとあかん」とは思っているですよ。
>ルネ・クレール、ブニュエル、オータン・ララ
ブニュエルはメキシコ時代に解りやすい映画を作っていましたが、晩年比較的解りやすい前衛映画に回帰しましたね。
クレールの前衛作品では「幕間」という短編を一本フィルムセンターで観たことがあります。「イタリア麦の帽子」という日本では未公開に終わったサイレント時代の傑作と一緒に観ました。「帽子」には感嘆しましたが、「幕間」は簡単には理解できない作品(また駄洒落です)。とにかくヒッチコック以外の作家研究はしない僕にとって意外な感はありました。
オータン=ララの前衛映画は想像もつきません。
>「思想家」
なるほど。
文学の映画化は当たり前、しかし、哲学を本来の意味で映画化するというのは多分誰もやっていない試みでしょう。
それをアングラ芸術映画でなく商業映画でやろうとしたところに無理があったというところですか。アングラではゴダールにとって意味のないことだったのでしょうなあ。
ふたりとも生真面目なのが印象に残りました。
しかし、ゴダールにはヒッチコックやホークスの映画はどう見えていたのでしょうね。たぶんゴダールは、映画を楽しんでいるときも、その観ている映画が好きというよりは、その映画を観て楽しんでいる自分が好き、もしくは、そんな自分に興味が湧くのではないでしょうか。
そういうタイプの方は物書きにはめずらしくないんですけれども、ゴダールは映画を作るし、自分で映画を撮ってしまえるのが強味でもあるんでしょうね。映画いついて言葉で語るとなると、おそらくフランスのインテリ業界なら、ゴダールよりスゴい男はいくらでもいるでしょうから。
しかし、このドキュメンタリーの中での、ほんとうに生真面目としかいいようがないゴダールを見ていると、「ぼくの映画はハリウッドの映画よりずーっとおもしろいのに、どうして客はそのことに気がつかないんだろう?」と、素で思っていそうでちょっとこわいです。
それまでの“高級な評論家”が誉めなかったような映画を誉めて、誉めた映画を貶したのが「カイエ・デュ・シネマ」の中でも特にゴダールとトリュフォーであるわけですが、ヒッチコックやホークスはともかく、誉めなくても良い連中や作品が相当入っています。
ただ、それまでの映画批評に風穴を開けたことは間違いなく、一定の評価は出来ますが、最近の「カイエ・デュ・シネマ」を読んだところ経文を読むが如く全く意味不明でお手上げ。フランス文化人のレベルが高いのは解りますが、映画評はお経ではなく具体的であるべきというのが僕の立場であります。
>ゴダール
仰るようにナルシストかもしれませんね。
映画に関してはもっと単純で良いと思います。
一部の芸術映画や文化映画を除いて映画は金を取って見せるものであるのですから、商業主義のどこが悪いか僕には理解できません。その中でいかに映画芸術的に優れたものを作れば良いわけでして。
“芸術”映画と映画“芸術”の“芸術”は全然別の概念であると僕は思って、いつも拙い映画評を書いています。
淀川さんは、勘を大事にしていて、実際にその直感は稀有なものがあり、他の人が出来ない分析や表現をすることが多かったですよね。
40以下の映画ファンには淀川さんを知らない人もいると思うと、寂しいですね。
>トラックバック
ご連絡ありがとうございます。
トラックバックを廃止する業者が多い中トラックバックが依然できるところは偉い(笑)ですね。映画ブログはトラックバックがあったからこそかつての隆盛があったようなものですから。
便利に使わせて戴きます。
双葉師匠の評論を読みましたが、面白かったです。
>クリスティー全般について、奇をてらい過ぎている、ということ。
読者が呆気にとられるのを期待して書いたのでしょうか?
>「十二の刺傷」という身も蓋もない邦題
こりゃあひどいです!ネタバレなんてもんじゃないです。
>僕にも、そういう曲が僅かですけれど、ありますね。
若い頃の僕はビートルズが他人の曲を演奏して歌う(所謂スタンダード・ナンバー)のがあまり好きではありませんでした。だから、ファーストアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」でスタンダード・ナンバーを飛ばしたくなる時がありました。でも今は逆です。「Anna」「Chains」「Boys」・・・etc.みんないいですねー!
>ジャン=ポール・ベルモンド死去。
亡父と同じ年に生まれた。父が9年前に亡くなっていることを考えると、頑張られたと思いますね。
亡父は若い時はなかなかお洒落で、サングラスをかけて煙草を持って歩いているところは、まるでベルモンドにそっくりでしたよ。なかなかもてたようです。
>読者が呆気にとられるのを期待して書いたのでしょうか?
まあそういうことですね。
特に「アクロイド殺人事件」と「オリエント急行殺人事件」はその感が強いです。「アクロイド」はまあ探偵小説の「シックス・センス」みたいなものでした。
>スタンダード・ナンバーを飛ばしたくなる時がありました。でも今は逆です
僕は最初から好きでしたよ。1stアルバムのカバーは選曲も演奏内容も実に良いです。何と言っても、僕がよく歌いますからね(笑)