映画評「女は女である」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1961年フランス映画 監督ジャン=リュック・ゴダール
ネタバレあり

ヌーヴェル・ヴァーグと言われるグループの中でジャン=リュック・ゴダールは苦手な監督なのだが、それでも商業映画から一時離れるまでの諸作は相当興味深く観られる。幾分左脳人間的な大衆映画ファンに過ぎない僕には、形として商業映画に復帰した「パッション」以降の作品は同じことの繰り返しにしか思えずどうにも退屈。

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本作は「勝手にしやがれ」で日本でもセンセーションを起した後公開された総天然色(笑)の恋愛コメディーで、ミュージカル的な場面も駆使して進行している。

アンナ・カリーナは同棲中のジャン=クロード・ブリアリーの子供を生んで結婚したがっているが、彼が子供を欲しがらないので、男友達ジャン=ポール・ベルモンドと二股にかけているように見せかけて、ブリアリーをその気にさせる。
 というゴダール諸作の中で恐らく一番他愛ない内容ながら、ご贔屓フランソワ・トリュフォーのドワネルものと共通する匂いが漂う軽快な喜劇調が誠に楽しい。

1970年代の作品を比較するとどうしてこの二人が共同歩調を取ったか不思議なくらい作風が乖離しているが、初期には共通点もかなりあったことが解るだけでも再鑑賞した甲斐があるというもの。

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映画は演劇より現実的であるという先入観も手伝って、革新性という意味で演劇に遅れること数十年(三十年くらい?)の映画においてゴダールは登場人物が観客に向って話しかけるという【第4の壁】を破る手法を大胆に取り込んでいる。ハリウッド喜劇でも戦前から単なるお笑い要素として多少利用した作品があったと記憶するが、スクリーンの中(若しくは舞台の上)で行なわれていることは現実であるという約束事を破るという異化効果において本作ほど意識的なものではなかったはずである。

だからと言ってそれをもって過大評価するには及ばず、本作でも楽しいものを見させて貰っているくらいの態度で受け入れれば良いだろう。

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或いは、スクリーンいっぱいのクレジット。これは楽しいと同時に、映画に文字を多用する彼独自のスタイルが既に始まっていることにも気付かされる。街頭で即興演出もさりげなく実行されている様子。

また、アルフレッド・ルビッチ(フランス風に読むとリュビーシュ)というゴダールの愛する監督アルフレッド・ヒッチコックとエルンスト・ルビッチの名前を合せた人物を登場させたり(それを考えると、本作がルビッチの恋愛コメディのパロディと解釈できないこともない)、カメオ的に出演させたジャンヌ・モローを通して「ジュールとジム(突然炎のごとく)」「(雨の)しのび逢い」という彼女が本作と同じ1961年に主演した二本の題名が出て来てニヤニヤできる今の観客こそ幸いなれ。「突然炎のごとく」は日本では1964年公開だから公開当時日本の観客の大半は何のことだが解らなかったと想像される。

かくして、一番他愛ないかもしれないが、一番才気を感じさせる作品と言いたくなる小品。

商業映画の監督は政治に目覚めなくても良い。人間観察に徹せよ、じゃよ。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2012年07月10日 05:13
懐かしい映画でありますね~内容はうろ覚えで・・・・時の流れを感じました。

アーネスト・ボーグナインと山田五十鈴さんが亡くなりました。
ともに95歳で、大往生でありますな。

ボーグナインは、『レッド』でお目にかかり喜んだばかりでありましたけどね。
2012年07月10日 09:39
この映画は未見です。
「気狂いピエロ」以降には食指が伸びなくて、その前の「男性・女性」、「恋人のいる時間」なんかはSCREENで記事も読んでいたので興味がありますね。
この辺りまでは"人間観察”的であったのかなぁと・・・。

>或いは、スクリーンいっぱいのクレジット。

先日記事をアップした「軽蔑」では、クレジットに一切文字を使用せずに、(多分ゴダール本人による)ナレーションで紹介してました。
オカピー
2012年07月10日 17:17
ねこのひげさん、こんにちは。

ご覧になったのは、さすがにリアルタイムではないでしょうねえ(笑)。

僕は多分25年くらい前にTVで観たと思います。今回のWOWOW版はなかなか良いフィルム保存状態で、良い意味でゴダールらしくなく楽しめました。
何でトリュフォーのように普通の映画監督を続けなかったのだろう、勿体ない。明らかに才能溢れる逸材なのに。

>アーネスト・ボーグナインと山田五十鈴さん
ボーグナインは朝刊(総合版)に載っていましたが、こわ~いお姉さん・おばさんの印象の強い山田女史は載っていませんでした。
田舎は夕刊などという洒落たものはないので、明日の新聞に載るかな?

「レッド」はWOWOWで観てさほど経っていないので意外な感じさえしますが、老人はちょっとしたことで亡くなってしまいますね。
老父も3月までは動けないまでも何年生きるかなあという感じで肉体的には元気いっぱいでしたが、恐らく施設の情報網の悪さが原因で死んでしまいました。特に動けない人はちょっとしたことで悪化の一途をたどりますからねえ。ちょっと悔しいんですが、本人には良かったのかな。
オカピー
2012年07月10日 17:25
十瑠さん、こんにちは。

なんだかんだ言いながら日本で公開されたゴダールはほぼ全部観ていますが、「パッション」以降のものは特にいけません。僕のような凡才にはてんでピンと来ない。
五月革命までのゴダールはトリュフォーのようにご贔屓とは言えないまでもまあ楽しめましたが、それ以降彼は政治的になり過ぎましたよね。

>「軽蔑」・・・文字を使用せずに
ああ、確かそうでした。これも三回くらい観ているはずですが、結構忘れてしまうもんですなあ^^;
文字を使わないことで文字を逆に意識させる、一種の文字遊び、と言えるかもしれませんね。さすがゴダール(と一応誉めておく・・・笑)。

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