映画評「ラスト・エクソシズム」

☆☆(4点/10点満点中)
2010年アメリカ映画 監督ダニエル・スタム
ネタバレあり

今年に入ってから何本かの作品評において、“ドキュメンタリーに模した揺れるカメラは、カメラマンがいるという設定をしていない作品において、映像言語的に整合性が取れていない”旨繰り返し発言してきたが、本作は完全なる疑似ドキュメンタリーであるからその点において問題はないと思われる。
 しかるに疑似ドキュメンタリーであれば整合性が常にあるかと言えば、後述するように恐怖映画においてはないケースの方が多い。

本作は、去る五月に観た「ザ・ライト-エクソシストの真実-」という実話もの(?)の構成に近い。
 主人公の牧師パトリック・ファビアンは他のエクソシストの行なった悪魔祓いの過程で死亡事故が起きた為、自分の行なってきた悪魔祓いがインチキであることを紹介するドキュメンタリーを作ることにする。
 キリスト教的な解釈から言えば、スタート時点においてこの牧師は悪魔を信じないから神をも信じていないことになるが、ただ定点カメラ(と想定される映像)の編集のみに頼っている「パラノーマル・アクティビティ」などより着想的にはずっと面白い。

で、彼が最後と決めた悪魔祓いの対象である一家は父親ルイス・ハーサム、息子ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、娘アシュリー・ベルという家族構成で、悪魔に憑かれたのはこの手のお話の定石通り16歳の娘である。家族との会見では最初息子の印象が悪いが、どうも父親の娘への悪さが原因ではないかと内心思いつつ、牧師は悪魔祓いを行ない成功(元々インチキなり)したと撮影クルーと共にホテルに戻るや、少女がそこにいたことから泡を食らうことになる。
 それでも精神分析で解決すると思いながら、妊娠が発覚した少女の告白で相手と言われた少年に逢うと何と同性愛者と判明、これはどうしたことかと戻ってみると、村の牧師が黒ミサを行なっている現場に遭遇、最後は少女の書いた絵が予言した通りの惨劇が起こる。

本稿を進める上で必要なので完全ネタばれすることをお許し戴きたいが、一つ悪魔が存在していた事実を牧師は自分の最期に及んで知る。裏返せば真に神を信ずる時が自分の末期の時であったという悲劇で、対照的な幕切れながら、牧師が真の信仰に還るという意味で「ザ・ライト」と同じである。

もう一つ本稿で一番重要な疑似ドキュメンタリーとしての整合性であるが、恐怖映画の場合カメラを持っている人間とその関係者は大概悲劇的な最期を迎える。本作もしかり。にも拘らず、何故か映像がきちんと存在し誰かによって観られることになる。これはどうしたものか・・・などという疑問は愚問なのであろうが、ドキュメンタリー風に作ってまで大して意味のないリアリティや臨場感に拘るなら、最後まできちんと整合性を維持しなければダメであろう。その点では「パラノーマル・アクティビティ」のほうが無理がないし、洒落っ気もある。

僕は本当のドキュメンタリーを別にして揺れる画面が基本的に嫌いなので、どうしてもこういういちゃもんを付けることが多くなることをお許しあれ。

この手の作品からは、寧ろアメリカ人のキリスト教信仰の深さを知らしめられる。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2012年08月22日 05:15
けっこう根深いものがありますね。
先日見たテレビの番組でスイス生まれのタレントが、スイス人はこういった幽霊とかオカルトは、100%信じないと言ってましたが、神の存在はどうなるんでしょうね?
オカピー
2012年08月22日 15:57
ねこのひげさん、こんにちは。

>スイス生まれのタレント
あの女の子かな?

キリスト教の解釈では、悪魔は堕天使であり、ある意味神の一部だから、幽霊はともかく悪魔は否定できないはずなんですが。
宗派が色々あるのであくまで“原則的には”なんでしょうけどね。

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  • 『ラスト・エクソシズム』

    Excerpt: (原題:The Last Exorcism) ----えっ?“エクソシスト”の話ニャの? もう、いやだニャあ。 でも、これで“最後”か…。安心。 「(笑)。何言ってんの。 ハリウッドが、こんな金.. Weblog: ラムの大通り racked: 2012-08-23 14:33