映画評「聯合艦隊司令長官 山本五十六-太平洋戦争70年目の真実-」(地上波放映版)

☆☆☆(6点/10点満点中)
2011年日本映画 監督・成島出
ネタバレあり

地上波による21分カット版なので、特に採点は暫定である。

トラ!トラ!トラ!」(1970年)以来僕の山本五十六のイメージは山村聡である。三船敏郎の山本役も有名だが、殊(こと)この有名軍人に関しては東大出身の山村のように理に落ちる印象を与える役者の方が向いていると思う。

本作は太平洋戦争開始70年を記念して作られた戦争映画、というより山本五十六の伝記映画の趣きで、劇場公開も12月と真珠湾攻撃に合わせている(正月興行で偶然か?)。本ブログにおけるジャンル分類上は一応“伝記/実話”ではなく“戦争”に入れておく。

1930年代末、日独伊三国同盟を強硬に推し進めようとする多数派に対し海軍省軍務局長・井上成美(柳葉敏郎)と共に海軍次官・山本五十六(役所広司)はソ連との戦いで役に立たないと反対を訴え、アメリカとの戦争は国力の差を理由に否定的な立場を取る。
 独ソ不可侵条約で意味を失った三国同盟が一度頓挫した頃連合艦隊司令長官に就任した山本は、ドイツのソ連進撃により結局三国同盟が締結された後、アメリカへの最後通告を条件に真珠湾攻撃を敢行させるが、アメリカに通告されたのは攻撃より1時間も後だったと知ってショックを受ける。外務省のヘマか、上層部による意図的な工作か。真珠湾攻撃は成功であると祝杯気分のムードとは裏腹に山本は空母を攻略できなかったことをもって事実上の失敗とみなす。
 その半年後から米国の巻き返し急で、日本軍は徐々に追い込まれ、42年ミッドウェー海戦において山本を補佐する南雲忠一(中原丈雄)を指揮官とする機動部隊が部下の甘い見通しにより主力空母4隻を失い、後は御承知のように下り坂を下るばかりになる。そして、43年4月18日巡視の為にラバウル島を飛び立った山本は、情報を察知していたアメリカ軍にポイント攻撃され、ブーゲンビル島上空で戦死(事実上の暗殺)する。

というのが歴史的な沿革であるが、本作は戦争をするにしてもアメリカとの戦力差を考えて講和を最終着地点とする山本大将の公的な立場がまず強調される。彼の思惑は、上層部は勿論一部部下たちの不見識やヘマにより、実現に近づくどころか、それらが重なって戦争は敗戦に向かって加速し、最終的に自らの命を落とすことになる。彼の言動は日本的精神論とは正反対の外交的分析に基づいてい、それが“神の国”を信じてアメリカとの無謀な戦争へ向かって行く気運の中では見た目以上に無力であったことも感じさせる。
 700年前にモンゴルに勝ったのを神意と取るのはともかく、当時の人々は日清戦争・日露戦争の勝利を過大評価していた。歴史的に見れば、清もロシアも長い体制維持により疲労骨折している老いぼれ国家だった。20世紀に入って遂に世界の覇権を握った青年国アメリカをその二国と同等視する方がどうかしているのだ。

また、香川照之を編集長とする新聞社にも暗澹たる思いがする。特高が恐ろしくて体制批判をするにも出来なかった面があるとは言え、あそこまで国家上層部の代弁者の如く振舞う態度には呆然としてしまう。製作者側にはマスゴミと揶揄される現在のマスコミ界と重ねる部分があったか。多少調子に乗っている数紙・数誌があるとは言え、言論が封殺されていない以上、今のマスコミが彼等と比較されるほど腐っているとはさすがに思わない。
 そう言えば、首相がコロコロ変わる点についても庶民が批判する箇所があり、一部の識者が言うように、現在は本当にあの時代に似ているのだろうか。興味深いなんて呑気なことも言っておられない。

私的な部分では無類の甘党であることが強調されている。幾つかのご贔屓ブログで、旅立ちの前に嫌いな酒を飲むシーンがある旨記載されているが、TV版ではカットされている。自殺覚悟の旅立ちであっとように思わせる効果を狙っているはずだが、ここをカットしては甘党を強調している部分が全く無駄になる。これだから地上波放映でまともな映画評を書くのは難しいのだ。

成島出監督は作るごとに腕前を上げている感じがあり、本作での語り口も安定しているが、本作は無難過ぎて面白味が薄い。

現在の日本俳優陣の中では――余り軍人という感じはしないが――役所広司は適役の部類。一番感じが出ているのは、南雲大将を演じた中原丈雄だろうか。

香川氏が終戦後打って変って“民主主義”宣伝に夢中になっている部分に苦笑が洩れる。あれが元来節操がないと言われる日本人を象徴するものと思うと残念。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2013年01月15日 06:41
役所広司さんは、山本五十六にしては、細身ですけどね。
まあ、しかたないかな?

戦争の勝ち負けは、軍人が一番よくわかっていたということでしょうね。

日清戦争で、日本が勝ったのも、実は、伊藤博文と清国の軍隊を把握していた李将軍のなれあいだったという説があります。
本格的に戦争した場合、隙をついた欧州列強に中国全土と日本を植民地にされたかも?だそうです。
残念ながら、伊藤博文が暗殺されたため、日本と清の共同戦線は成立しなくなったそうで。

せっそうがないというか、戦前の日本においては、ああいう生き方をせざるを得なかったのでしょうな。
逆らったら、特高に殺されていたでしょうからね。
敗戦後、教師のなかにも、ずいぶんと態度が180℃転換した人がいたようで、教師に対する不信感を持った生徒が大勢いたようですね。

現在の中国や北朝鮮は、まさに戦前の日本とおなじ状態でしょうね。また、日本がああならないことを願いますが・・・・
オカピー
2013年01月15日 22:19
ねこのひげさん、こんにちは。

>役所広司さん
山本聡や三船敏郎と比べても線が細いですが、インテリらしさがあって悪くなかったです。

>欧州列強
十分ありうる話でしょう。
もしそうなったら、少なくとも日本と中国が現在のようにいがみ合うことはなかったでしょうけど、違う悲劇があっただろうなあ。

>節操がない
戦後多くの作家がそう指摘していますし、本作の中でもそれらしい発言を誰かが述べていましたね。
あの編集長(社長か?)にしても戦中にあれだけの勢いなら、戦後もそれなりに右翼的であれば筋が通るのですけど。

>中国と北朝鮮
そう思いますね。
しかし、中国では現在広東の新聞社が反旗を翻そうとしていますし、北朝鮮も携帯により徐々に開けていく可能性はあります。
日本は逆に安倍さんが秘密保持法を作ろうとしていて、詳細は知りませんが、こういうのが成立すると大変怖いですね。あの人、生まれるのが百年くらい遅かったのではないですか(笑)。

この記事へのトラックバック