映画評「愛、アムール」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2012年フランス=ドイツ=オーストリア合作映画 監督ミヒャエル・ハネケ
ネタバレあり

ミヒャエル・ハネケ監督の作品は映画評が実に書きにくい。主張を押し付けないからである。漠然と投げ出された命題らしきものについて、こちらがぼんやりと考えるしかない。それが実際の命題である保証もない。きちんと把握したターゲットについて出来栄えをはかるのが僕の映画評スタンスだから困惑することが多いのだ。

本作のモチーフは商業映画では殆ど観た記憶のない老老介護。認知症絡みの作品は少なくないが、老老介護ですぐに思い出せるメジャー作品はない。

八十代の音楽家夫婦の夫ジャン=ルイ・トランチニャンが、頸動脈のつまりからぼけっとしていたところから始まり、手術の失敗を経て、半身不随、顔面麻痺、寝たきり状態、記憶の著しい衰えといった症状の悪化を辿る妻エマニュエル・リヴァの介護をし、その末にある決断を下す。

ある決断と書いたが、観客はファースト・シーンによりその結果自体は知っている。我々の関心は必然的にどういう経過を経てそういうことになったかということに絞られる。「どうなるか」に関心を持たせないことは一つ一つの場面やシークエンスに関心を抱かせる手法としては実によく計算されたものと言える。その代り場面がタイトでないと、観客が許してくれないという危険性もある。その点長い固定ショットを計算尽くして配置した本作に緩みはない。二番目の看護婦を追い出す場面に代表される極端な省略は良し悪しと思うが、研ぎ澄まされた凄みに達している場面が多い。

老人の見る夢の数々にはその追い込まれていく心情が反映されている。そして妻は窒息死する。

この映画は原題も"Amour"だから命題としては、妻は夫の愛により死んだのか、ということで間違いないだろう。観た瞬間に僕はそう感じた。しかし、その“愛”の正体がはっきりしない。苦しむ妻をこれ以上見たくないからか、自分が妻を愛せなくなるのを恐れたからか、等々色々と考えらえる。それがハネケらしい狙いなのだろうとは思う。

「ファニーゲーム」(観たのはリメイクの「ファニーゲームU.S.A.」のみ)のように金輪際再鑑賞しないぞ、という印象とは違うが、それでも冷徹な、よく言えば観照的な作りによる後味は苦すぎる。保存版は作る予定ではあるものの、二度と観ないかもしれない。

翻って我が家の話をすれば、父親が入院・入所する前ほんの少し老老介護になりかけるのを僕は目にした。神経が詰まって手足が自由にならなくなった父を母が風呂に入らせたのだ。幸い父親の預貯金と年金収入が十分だったので、僕ら子供たちが駆けずり回って入院・入所手配をした結果、その後母は僅かな日々とは言え好きな畑仕事を満喫できた。しかし、皮肉にもそんな母が先に呆気なく死んだ。普段から“誰にも迷惑を掛けない”を秘かなモットーにしていた母らしい最期だった。父親は介護タクシーで葬儀場までやってきて、控室で母親の死に顔をじっとみてお棺の蓋を閉じる前に「これで最後か」とぼそっと言い、葬儀に参列せずに帰って行った。本作を観ている間は殆ど両親には思いが行かなかった。本作の映画評なるものを書くことによりその思いが生まれたのである。

二十四時間の情事」(1959年)のエマニュエル・リヴァが品の良いおばあちゃんになっていて感慨深い。

涙の入る余地がない。

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