映画評「スピード」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1994年アメリカ映画 監督ヤン・デ・ボン
ネタバレあり

大袈裟に言えば、アメリカ製サスペンス最後の傑作である。
 この後は「パルプ・フィクション」に影響された一連の時系列操作もの、「シックス・センス」を追いかけたインチキまがいのどんでん返しもの、「CUBE」のアイデアを応用したようなクローズド・サークルものが大流行、正攻法で見せるサスペンスは稀になり、たまに作られても出来栄えが伴わないものが多かった。出来栄えが良くても正攻法故に観客に正しく評価されなかったケースもあったに違いない。
 今は本来の意味でのSFXを多用する映画が少なくなり、観客もコンピューター(VFX)でやっているのだろうと思って観るからこの映画で感じたような手に汗を握る本来のサスペンスを味わうことがぐっと減った。

皆さんご存じだろうから、お話は軽く触れておくにとどめましょう。

エレベーターを宙づりにする仕掛けを施した上でビルに爆弾を施し身代金を要求する爆弾魔デニス・ホッパーから勇猛果敢なSWAT隊員キアヌー・リーヴズが人質を救い出す紹介的一幕の後、ホッパー氏が繰り出す次の魔の手、即ち時速50マイルを超えると作動し、それ以下になると爆発する爆弾が仕掛けられたバスの乗客をリーヴズ君がいかに救い出すかを描く本番へ入っていく。

映画ファンには“言わずもがな”ながら、このスピード制限爆弾のアイデアは我が邦の「新幹線大爆破」(1975年)を応用したもので、鉄道以上にスピードを保つに制約の多いバスにした為スリルとサスペンスはいやが上にも増すという次第。しかも爆弾魔は乗客を降ろすことを認めない。この間に工事中で道路が寸断されているなど、工夫をこらした色々な見せ場が盛り込まれ、本当に手に汗を握らせるのが上手い。明らかに脚本を書いたグレアム・ヨストの殊勲で、監督ヤン・デ・ボンの腕前でないことはお粗末な「スピード2」が鮮やかに証明した。

ヨスト氏はこのバスだけではまだ飽き足らず、地下鉄を利用したサスペンスを盛り込む。今度の人質はバスで臨時運転手を見事にこなしたサンドラ・ブロックで、三度リーヴズ君がホッパー氏と対決することになる。

僕は高速バスで終わったほうが高い純度が保持されるので好ましいと思っているのだが、ヨスト氏(だけではないかもしれないが)は三つの大きなサスペンスを重ねる総和のほうを取った。純度と総和の関係は多くの場合反比例の関係になる。純度を保てば総和的に物足りなくなり、総和を狙えば純度が下がる可能性が高い。
 本作は社会的背景や犯人の心理を掘り下げないことで高い純度を保ちつつ、かつ、総和も満足させた珍しい例とは言え、やはり純度が多少犠牲になっている。

本作が地上波で初めて放映された時新聞に「犯人の心理も描かないゲームみたいな社会性のない映画は見たくない」というTV番組への投稿があった。「見たくない」人は観なければよろしい。問題は社会性のないサスペンスがプログラムとして失格と読めることである。犯人の心理が見たければそのような狙いをもって作った社会派サスペンスを観れば良いのだ。その為にジャンルが細分化されているのである。
 本作は最初からゲーム感覚を前面に押し出して作っているのだから、鑑賞者はそれがいかに上手く作られているか感じ取るのが肝要。このブログで何度も述べているように、ゲーム感覚の映画と言えども人間の感情、喜怒哀楽と恐怖が心理学的に正確にきちんと背景になければゲーム感覚の映画たりえない。この映画のサスペンスの根幹は観客が素直に自分の恐怖と同化できる乗客の恐怖である。それが過度にあってもバランスを逸する。そこが実にうまく行っている。最近多いゲームそのものの映画とは一線を画し、見かけほど簡単になしうる技ではない。まして単純なプロットを最後まで楽しませるには相当のテクニックが要る。社会性のあるなしで映画の高級・低級を決められるのは映画ファンとしては許しがたいものがある。

ゲイリー・クーパーでさえ英国から渡米したばかりのヒッチコックのスリラーには(ドラマ性のないB級映画だから)出たくないと「海外特派員」(1940年)の主演を断った。ヒッチコックが後年アメリカでも認められた時「出ておけばよかった」と後悔したそうな。1940年頃のアメリカではそういう映画観が主流であった。

この記事へのコメント

2014年03月19日 16:40
ヤン・デ・ボン=「ダイ・ハード」の撮影監督ですね。
allcinemaを見ると、ラジー賞のノミネートが目立ちます。(笑)
記事は書いてないけど、僕のお薦めだと★四つかな。
バスのモニターを犯人がチェックしているのを見越した上での騙し方が面白かったスよね。
それと、工事中で途切れている高速道路をバスが飛ぶところは、角度的に無理があったなぁと思ったのを覚えてます。
オカピー
2014年03月19日 20:10
十瑠さん、こんにちは。

>モニター
なかなか面白いアイデアでしたね。正に頭脳戦!
後年の映画でこれに影響を模倣したようなアイデアがありましたが、何だったけかな?

>角度的に無理
道路の勾配より明らかにバスが急勾配で飛んでいましたね。
明らかに変ですが、全体的によく出来ているので許してあげましょう^^
ねこのひげ
2014年03月25日 02:06
ねこのひげもバスで終わりと思っていたら、まだ続きがあったので驚きました。
地下鉄は蛇足のような気がしますが、面白かったので許す!という作品でありますね。
オカピー
2014年03月25日 19:47
ねこのひげさん、こんにちは。

インパクトが足りないと思ったのでしょうね。
僕は寧ろエレベーターもなくしたいくらいですが、三つの閉所でバランスを取ったのでしょうね。
最後もスペクタクルとしてなかなかでした。

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