映画評「リンカーン」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2012年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり
2010年代民主党のオバマ大統領による所謂オバマケアを、共和党が債務上限問題を人質に、後退させようと民主党やオバマ大統領と争っている。実際はともかく、スティーヴン・スピルバーグがこの映画を作った理由もそれを見せるためではないかと深読みしたくなる作品である。
1865年共和党のリンカーン大統領(ダニエル・デイ=リュイス)は、南北戦争も4年目に入って泥沼化した頃、奴隷解放を謳った憲法修正法案を通そうとする。一方、下院多数派の民主党議員たちは戦争さえ止めれば経済的な不利をこうむる奴隷解放法案を通す必要がないと考える。大統領以下修正法案派は共和党の保守派は勿論、民主党議員の一部を取り込んで、法案成立に必要な三分の二を票獲得を目指す。南部同盟の代表団が戦争終結を打診する為にワシントンを目指したことを知ったリンカーンは部下に命じて彼らを別の場所へ行かせる。証拠隠滅である。かくして修正法案採決の日が訪れる。
法廷ものは多いが、議会ものは戦前の「スミス都へ行く」(1939年)、最近の奴隷貿易禁止を巡る「アメイジング・グレイス」が目立つくらいで、それほど多くない。ましてここまで法案成立だけに焦点を絞って作った作品は皆無ではあるまいか。ドラマというジャンル分けは間違いないにしても、それなりにサスペンスの感じられる作り方がされている。
スピルバーグの絵は楷書的で相変わらず見やすく、カット割りも字余り字足らず的部分が殆どなく的確で、多少の面白いつまらないは別にしてこれほど安心して映像を観ていられるアメリカの監督は現在他にいない。
しかし、細君(サリー・フィールド)や長男(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)との難しい家族関係を多少絡めて硬派ドラマに色彩をつけているが、アメリカの歴史や政治の仕組みにそれほど精通していない大半の日本人にこの作品の面白さがどこまで伝わるか心配になる内容。僕自身も抜群に興味深いというわけには行かなかった。
ダニエル・デイ=リュイスは相当感じを出した好演。
ところで、現在は南部出身者が多い共和党のほうがぐっと保守だから様相は当時と逆だが、アメリカの社会を大きく変えるという意味で、奴隷解放とまでは行かないにしても、オバマケアは社会主義的思想が大嫌いなアメリカ人にとって相当踏み込んだ政策であることは間違いない。白人層の多くは自分の金で有色人種の健康の面倒を見たくなく、共和党はその阻止の為に債務上限法案を人質にしているわけだ。細かい構図は違うにしてもどこか奴隷解放法案と南北戦争終結の問題に通ずるものがあるとは思う。
元来欧州からやって来た人々の子孫なのに、アメリカ人は何故欧州の人々とかくも他人に対する考えが違ってしまったのか。インディアンとの戦いを含め開拓の艱難辛苦が大いに関係しているのだろう。
2012年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり
2010年代民主党のオバマ大統領による所謂オバマケアを、共和党が債務上限問題を人質に、後退させようと民主党やオバマ大統領と争っている。実際はともかく、スティーヴン・スピルバーグがこの映画を作った理由もそれを見せるためではないかと深読みしたくなる作品である。
1865年共和党のリンカーン大統領(ダニエル・デイ=リュイス)は、南北戦争も4年目に入って泥沼化した頃、奴隷解放を謳った憲法修正法案を通そうとする。一方、下院多数派の民主党議員たちは戦争さえ止めれば経済的な不利をこうむる奴隷解放法案を通す必要がないと考える。大統領以下修正法案派は共和党の保守派は勿論、民主党議員の一部を取り込んで、法案成立に必要な三分の二を票獲得を目指す。南部同盟の代表団が戦争終結を打診する為にワシントンを目指したことを知ったリンカーンは部下に命じて彼らを別の場所へ行かせる。証拠隠滅である。かくして修正法案採決の日が訪れる。
法廷ものは多いが、議会ものは戦前の「スミス都へ行く」(1939年)、最近の奴隷貿易禁止を巡る「アメイジング・グレイス」が目立つくらいで、それほど多くない。ましてここまで法案成立だけに焦点を絞って作った作品は皆無ではあるまいか。ドラマというジャンル分けは間違いないにしても、それなりにサスペンスの感じられる作り方がされている。
スピルバーグの絵は楷書的で相変わらず見やすく、カット割りも字余り字足らず的部分が殆どなく的確で、多少の面白いつまらないは別にしてこれほど安心して映像を観ていられるアメリカの監督は現在他にいない。
しかし、細君(サリー・フィールド)や長男(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)との難しい家族関係を多少絡めて硬派ドラマに色彩をつけているが、アメリカの歴史や政治の仕組みにそれほど精通していない大半の日本人にこの作品の面白さがどこまで伝わるか心配になる内容。僕自身も抜群に興味深いというわけには行かなかった。
ダニエル・デイ=リュイスは相当感じを出した好演。
ところで、現在は南部出身者が多い共和党のほうがぐっと保守だから様相は当時と逆だが、アメリカの社会を大きく変えるという意味で、奴隷解放とまでは行かないにしても、オバマケアは社会主義的思想が大嫌いなアメリカ人にとって相当踏み込んだ政策であることは間違いない。白人層の多くは自分の金で有色人種の健康の面倒を見たくなく、共和党はその阻止の為に債務上限法案を人質にしているわけだ。細かい構図は違うにしてもどこか奴隷解放法案と南北戦争終結の問題に通ずるものがあるとは思う。
元来欧州からやって来た人々の子孫なのに、アメリカ人は何故欧州の人々とかくも他人に対する考えが違ってしまったのか。インディアンとの戦いを含め開拓の艱難辛苦が大いに関係しているのだろう。
この記事へのコメント
>黒澤映画
確かにリンカーンが戦場を回る場面のトーンなどは「参考にしたな」という感じを受けましたね。
>サリー・フィールド
TVのアイドル女優だった人。
1979年に「ノーマ・レイ」での力演が大評判を呼びましたが、年を重ねた本作の演技の方がずっと良いと思います。