映画評「映画と恋とウディ・アレン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2012年アメリカ映画 監督ロバート・B・ウィード
ネタバレあり

僕が映画ファンになってまだ何年も経っていない1973年に“俳優”ウッディー・アレンが「ボギー!俺も男だ」(兼脚本)で本格紹介された。アレンの知名度とマニアックな内容故に群馬の田舎では公開されなかったはずで、後でTVで観る機会に恵まれた。監督もした「スリーパー」(1974年)はやはりコメディアンとして紹介された印象が強い。

しかし、アレンがドタバタ喜劇から転向した「アニー・ホール」(1977年)がアメリカで物凄い評判を呼び、日本でも映画マニア層、インテリ層に受け、彼の名前が定着した。確かにシチュエーション・コメディーとも違う奇妙なスケッチ風恋愛風刺喜劇であった。

続いて作った、アレンが映画人の中で一番尊敬していると思われるイングマル・ベルイマンの影響を受けた「インテリア」(1978年)は日本では評判が良かったし、僕もアレンの作品の中で「ハンナとその姉妹」と並んで一番評価しているのだが、アメリカでは酷評されたと本作では紹介されている(IMDbにおける投票では7.5なので酷評という扱いは不当)。
 「マンハッタン」(1979年)でその不名誉を取り返し、その後も幾つかある引き出しを入れ替えながら似ているような違うような作品を一年にほぼ一本ペースで作って来ているのはご承知の通り。かくも大量に作るのは彼には“数量理論”という映画製作における信念を若い時から持っているから。“数量理論”などと言うと格好良いが、要は“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”ということである。

本作では不調時代の一本として全く無視された「スコルピオンの恋まじない」(2002年)も僕はかなり気に入った。脚本・主演だけの「ボギー!」路線でマニアックすぎる嫌いはありますがね、悪い出来かなあ? まあ、アメリカでの評価、日本での評価、僕個人の評価との間に多少の不一致があるのは国民性や趣味の違いで致し方ない。

映画としてはそれより「何かいいことないか子猫ちゃん」(1965年)で脚本・キャストに起用される前のお話が感興を呼ぶ。高校時代にジョークを大量に書いて両親より収入を得、次に進出したクラブでのショーでの毀誉褒貶など、後の映画製作に生かされている部分が伺えて興味深いのである。

アレンの個人史が映画内容とうまく関連付けられている上に、フィルモグラフィーも要領よく紹介されているので、先日の「恋のロンドン狂騒曲」などより面白いくらい。アレンに多少でも興味のある方は是非ご覧あれ。

最近映画関係者のドキュメンタリーが多い。VFX時代におけるちょっとしたノスタルジーかもね。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年04月27日 08:18
ウディーの作品では『ミッドナイト・イン・パリ』が好きであります。
好きな作品と嫌いな作品・・・極端に分かれております。
気取りすぎると嫌いになるようであります(^^ゞ
オカピー
2014年04月27日 16:28
ねこのひげさん、こんにちは。

>『ミッドナイト・イン・パリ』
「カイロの紫のバラ」などファンタジー要素を入れると、アレンの知識の広さが良い方面に生かされる感じで、僕も好きですね。
リアルな男女関係を描く作品となると知識や皮肉が嫌味に感じられることがあります。

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