映画評「クロワッサンで朝食を」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2012年フランス=エストニア=ベルギー合作映画 監督イルマル・ラーグ
ネタバレあり

実質的にはフランス映画であるが、イルマル・ラーグという監督がエストニア出身であることを考えるとエストニア映画ということもできる。日本で初めて紹介されるエストニア絡みの作品ではないだろうか? 

エストニアで老母を失った初老女性ライネ・マギが老人ホーム勤務時代の上司から紹介され、パリに住むエストニア出身の老婦人ジャンヌ・モローの家政婦として赴任する。が、この老婦人は偏屈極まりなく、まともに朝食を摂ってもらうまでに数日を要する始末。
 元々の依頼主は、ジャンヌがもう少し若い時代に付き合い、今でも訪れて来る元ツバメ、パトリック・ピノーで、彼女の出資したカフェの経営者をしている。ジャンヌはライネが少し「使える」と思って気を良くし、久しぶりにカフェに出かけるが、さすがにピノーが老ジャンヌになびくことはない。
 彼女がこれに気分を害したのを知ったライネは断絶していたエストニア出身の人々を招くが、ジャンヌは彼らが自主的に訪れてきたのではないと知って再びへそを曲げる。
 半ば追い出される形で帰国の途に着いた彼女は結局駅で夜を明かし、ジャンヌの家に舞い戻ってみる。老婦人は笑顔で彼女を迎える。

老婦人が半ば追い出したライネを迎える心境の変化がいつ起こったか正確に解るように描写されていない。説明不足と言えないこともないのだが、話の流れ自体は案外解りやすい気がする。
 つまり、ジャンヌは長いこと愛情を注いできたピノー氏が自分と同じエストニア出身のライネと“出来た”ことに気付いた時に、それまで孤独な自分を守る為にこしらえた殻を破るのである。自ら殻を破ったのか、勝手に破れたのかは解らない。とにかく、老婦人は自分の我儘に付き合い構ってくれる人が欲しく(睡眠薬をめぐる一連のエピソードはその例示である。扉に鍵がかかっていず自由に使えるとなれば彼女はもはや薬に用はない)、遂にピノー氏に代わるに値する人を得たのである。ライネをかつての自分と同化させることができたからそう思えたのであろう。

直接的には何も自分と重ならず、どこと言って感動を催させる部分のある内容ではないが、どの場面だったか、この作品でも僕は涙を流した。迫る老いや、人生を生きる苦しさを身をもって体験しているからだと思う。

今やドラマが見せる全てが他人事(ひとごと)ではないのだ。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年06月22日 10:50
エストニアといえば把瑠都ぐらいしか思い浮かばないねこのひげでありますがね(^^ゞ

いずれはみな同じ状態になるのでありましょう。
バタンキューが理想でありますがね。
ほとんどがそうはいかないようで。。。( 一一)
オカピー
2014年06月22日 20:14
ねこのひげさん、こんにちは。

>エストニアといえば把瑠都
力士が一人いれば立派な大国ですよ(笑)

>バタンキュー
安楽死等、認めてほしいです。
下手な長生きは家族は勿論、若い国民に迷惑をかける。単に平均寿命が延びたところで意味などありはしないでしょう。
2016年01月31日 18:39
フランス映画らしい辛口の人情話といいますか、ピノーとライネ・マギがひかれあってるのを察知したジャンヌ・モローが、ライネが家に居てくれればピノーがもっと家に来てくれるんじゃないかという期待も持って受け入れてる感じでしたね。人間のそういう面をおかしみをにじませてさらりと見せてくれる、ジャンヌ・モローはさすがだと思いました。
ライネ・マギも、家では上履きに履き替えるというエストニアの習慣から脱して、だんだんパリ風になっていく。もう田舎へは帰りたくないのかなあって。冒頭の変な男は離婚した元夫だったのか、そうだとしたら、帰りたくはないですよねえ。怖かったですよ、最初。
オカピー
2016年01月31日 20:44
nesskoさん、こんにちは。

>ジャンヌ・モロー
1960年代悪魔的な女性をやらせたら天下一品でしたけど、あれから半世紀の昨今では、いじわるの中に可愛らしさを感じるおばあちゃんになりましたね。

>エストニアの習慣
そんなところがありましたっけ。
そういうところをちゃんと見ないと、映画鑑賞とは言えませんね。

キルギスタンの映画だったかなあ、家の作りが日本とそっくりだったのは吃驚しました。土間があって靴を脱いで40cmくらい上にある部屋に上がるのですよ。

>冒頭の変な男
たった2年前ですが、全く憶えていず、どうもすみません。

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