映画評「はじまりのみち」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・原恵一
ネタバレあり
木下恵介生誕百年記念作品だそうだが、かなり地味な内容に比して案外レビュー数などが多いのはアニメ映画でお馴染み原恵一が初めての実写映画を作ったという話題性もあろうか。しかし、いかに原監督といえどもアニメ映画ファンが本作を観るとも思われない。とにかく、映画ファンとしては嬉しい現象である。
1944年陸軍のアイデアで作った「陸軍」の幕切れが“女々しい”と陸軍の怒りを買って実質的に映画作りを自粛せざるを得なくなった木下恵介(加瀬亮)が、兄(ユースケ・サンタマリア)と脳溢血に倒れて動けず口もよく回らない母親(田中裕子)のいる浜松へ戻るが、空襲が激しくなってきたので、父親(斉木しげる)と妹たちが先に疎開している山奥へ母親を連れていくことにする。
が、体の不自由な母親を運ぶには何十kmもリヤカーで移動しなければならない。見た目と違って頑固一徹、周囲の反対を押し切って、兄と便利屋の青年(濱田岳)とで長い道のりに加え険しい山を越える過酷な旅に出る。
いやあ、木下監督にこんな挿話があったとは知りませなんだなあ。いずれにしても、自分のやることを認めてくれた、母親への信頼・愛情が木下監督をこんな強行疎開に突き動かしたのは間違いない。途中でやっと見つけた宿屋に上がる前に跳ね返ってついた泥を母の顔から取る場面にはジーンとさせられた。
こうした母との関係(各エピソードは原監督の想像だろう)が「陸軍」や「日本の悲劇」(1953年)や「楢山節考」(1958年)の製作やお話の細部に結実していったのかもしれない。それ以外にも親と子をモチーフ若しくはテーマに据えた作品が多いのも、彼の両親に対する感謝の念が背景にあるに違いない。
本作の最後にまとめて紹介される作品群のうちでも「喜びも悲しみも幾年月」(1957年)「新・喜びも悲しみも幾年月」(1986年)はその代表的なところであるし、紹介されなかった「二人で歩いた幾春秋」(1962年)もこれに加えたい。
戦中実現する見込みのないと本人の言ったアイデアは戦後すぐに「わが恋せし乙女」として映画化された。原恵一監督の木下監督へのオマージュは、宿の近くで12人の子供を率いる女先生(宮崎あおい)の姿を見るという情景に最もはっきり現れる。木下監督に「二十四の瞳」(1954年)という代表作があるのを知っている人ならニコニコせざるを得ない場面だ。
彼をして映画界へ戻ろうと決心させた二つのエピソードが印象に残る。一つは現実主義の若い便利屋が「陸軍」を観て洩らした感想から自分がこの映画を作った意図が十分伝わっていたことを知り、彼から“こんな映画をもっとみたい”と聞いたこと、もう一つは母親から“木下恵介の映画が観たい”と言われたこと。本作の二大名場面である。便利屋(のアイデア)は監督の創作だろうし、母親もそんな言葉は言わなかっただろうが、実際にも母親なくして名監督・木下恵介は生まれなかったのではないか、と想像すると感慨深いものがある。
木下恵一か、原恵介か、といったところですね。原監督、何とわが群馬県出身とな。しかも世代が同じ。驚きましたなあ。
2013年日本映画 監督・原恵一
ネタバレあり
木下恵介生誕百年記念作品だそうだが、かなり地味な内容に比して案外レビュー数などが多いのはアニメ映画でお馴染み原恵一が初めての実写映画を作ったという話題性もあろうか。しかし、いかに原監督といえどもアニメ映画ファンが本作を観るとも思われない。とにかく、映画ファンとしては嬉しい現象である。
1944年陸軍のアイデアで作った「陸軍」の幕切れが“女々しい”と陸軍の怒りを買って実質的に映画作りを自粛せざるを得なくなった木下恵介(加瀬亮)が、兄(ユースケ・サンタマリア)と脳溢血に倒れて動けず口もよく回らない母親(田中裕子)のいる浜松へ戻るが、空襲が激しくなってきたので、父親(斉木しげる)と妹たちが先に疎開している山奥へ母親を連れていくことにする。
が、体の不自由な母親を運ぶには何十kmもリヤカーで移動しなければならない。見た目と違って頑固一徹、周囲の反対を押し切って、兄と便利屋の青年(濱田岳)とで長い道のりに加え険しい山を越える過酷な旅に出る。
いやあ、木下監督にこんな挿話があったとは知りませなんだなあ。いずれにしても、自分のやることを認めてくれた、母親への信頼・愛情が木下監督をこんな強行疎開に突き動かしたのは間違いない。途中でやっと見つけた宿屋に上がる前に跳ね返ってついた泥を母の顔から取る場面にはジーンとさせられた。
こうした母との関係(各エピソードは原監督の想像だろう)が「陸軍」や「日本の悲劇」(1953年)や「楢山節考」(1958年)の製作やお話の細部に結実していったのかもしれない。それ以外にも親と子をモチーフ若しくはテーマに据えた作品が多いのも、彼の両親に対する感謝の念が背景にあるに違いない。
本作の最後にまとめて紹介される作品群のうちでも「喜びも悲しみも幾年月」(1957年)「新・喜びも悲しみも幾年月」(1986年)はその代表的なところであるし、紹介されなかった「二人で歩いた幾春秋」(1962年)もこれに加えたい。
戦中実現する見込みのないと本人の言ったアイデアは戦後すぐに「わが恋せし乙女」として映画化された。原恵一監督の木下監督へのオマージュは、宿の近くで12人の子供を率いる女先生(宮崎あおい)の姿を見るという情景に最もはっきり現れる。木下監督に「二十四の瞳」(1954年)という代表作があるのを知っている人ならニコニコせざるを得ない場面だ。
彼をして映画界へ戻ろうと決心させた二つのエピソードが印象に残る。一つは現実主義の若い便利屋が「陸軍」を観て洩らした感想から自分がこの映画を作った意図が十分伝わっていたことを知り、彼から“こんな映画をもっとみたい”と聞いたこと、もう一つは母親から“木下恵介の映画が観たい”と言われたこと。本作の二大名場面である。便利屋(のアイデア)は監督の創作だろうし、母親もそんな言葉は言わなかっただろうが、実際にも母親なくして名監督・木下恵介は生まれなかったのではないか、と想像すると感慨深いものがある。
木下恵一か、原恵介か、といったところですね。原監督、何とわが群馬県出身とな。しかも世代が同じ。驚きましたなあ。
この記事へのコメント
当方、軽い目の手術で、しばらくPCから離れておりました。
プロフェッサーの映画評論も、久しぶりで、過去記事を読ませtれもらっているところです。
原さんは、館林出身ということですが、彼の『クレヨンしんちゃん
嵐を呼ぶオトナ帝国の逆襲』は、ジョンとヨーコを彷彿とさせる未来人が、現実に疲れたオトナたちに干渉してゆくストーリーで、秀作です。
そうでしたか。こんなブログはどうでも良いので、是非ご自愛ください。
こちらは、やっと人的水害による二階の復旧リフォームが終り、文字通り少しずつ物品を移動中です。
それでも家の見えないところに傷みはないか、濡れた電気製品の絶縁部が腐食して火をふかないか、心配する日々であります。心配性すぎると人からは言われますが。
放熱口から明らかに雨水が入っていたTVは故障いかん(現在でも時々音が出ず)に拘わらず、新品を買って貰おうと思います。怖いですから。一番雨漏りがひどかったところに置かれていたテーブルタップからはコップ三分の一くらいの水が出てきました。ゾッとしましたね。
ストレス性の異変か、慢性膵炎の影響か、体の随所に違和感があります。長く続かないといいですが。前回の胃カメラも二年前ですので、そろそろでしょうか。苦手なので、つい避けてしまいますね(笑)
そんなこんなで最近の僕の映画評は無気力も良いところで、余り自信がありませんが、時間つぶしにでもなれば嬉しいです。
「クレヨンしんちゃん」は第一作と「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」しか観ておりませんが、後者の出来は良かったですね。
「オトナ帝国」はその前作らしいですが、浅野さんのお薦めならチャンスがあれば観てみようかなと思います。
以前、イラク・イラン戦争のとき、誤ってアメリカ軍がイラクの民間機を撃ち落したたため、戦争の終結に向けての話し合いが始まったのですがね。
中国国内でもおきそうですし、イスラエルでも・・・いい加減びしてほしいものですがね。
『オトナ帝国』は傑作でありますよ。
何だか冷戦が復活しそうな雰囲気ですねえ。
嫌ですねえ。
今のところ経済制裁だけですが、アメリカかウクライナかロシアに兵隊を送るようになれば、わが自衛隊員も参加ということになるのでしょうなあ。まだ法律がなにも作られていませんが。
自衛隊に入る人は減り、止める人は増え、やがて徴兵制度ですか。やばいやばい。
僕はもう知らんけど。
>『オトナ帝国』
ねこのひげさんもお薦めですか。強力ですなあ^^
こちらのブログは数年前より拝見していたのですが、今回勇気を出してコメントを投稿することにしました。
この作品の公開時、機会があって原監督の講演を聞きに行ったのですが、本当に木下恵介監督の作品が大好きなんだなぁという感じで、一番のお勧め作品に「永遠の人」を挙げられていました。
(残念ながら私はまだ未見なのですが…)
「木下監督と言うと優等生っぽいイメージがあるけれど、反骨精神のある冒険した作品もたくさん作っていることを、もっと多くの人に知ってほしい」というようなことをおっしゃっていたのが印象的でした。
これからも一ファンとして陰ながらこのブログの更新を楽しみにしていますね。
あと、私も「オトナ帝国」は名作だと思いました。
>勇気を出して
済みません。
どうもこのブログは、断定調を多用して語勢が少し強いせいか、敷居が高いと言われて恐縮しているのですが、スタイルなのでずっとこのまま行くつもりです^^;
>「木下監督と言うと優等生っぽいイメージがあるけれど、反骨精神のある冒険した作品もたくさん作っていることを、もっと多くの人に知ってほしい」
僕も同じ意見です。会って話をしてみたいなあ(笑)
木下監督は実は実験精神に富み、色々やっていて、見れば見るほど面白い人ですよ。
内容的に他の日本の名匠・巨匠よりとっつきやすい作品を作っているせいで、そう思われ、実力より過小評価されていると思います。
>「永遠の人」
相当良い映画だったと記憶しております。
「二十四の瞳」「女の園」「野菊の如き君なりき」「カルメン故郷に帰る」「香華」より知名度で落ちるかもしれませんが、十分伍すると思います。
申し訳ありませんが、大昔に一度観ただけなので、詳細に語れません・・・
>「オトナ帝国」
そうですか。
皆さん、揃ってお誉めになるところを見ると、良さそうですね。
>陰ながら
ご遠慮なく書き込んでくださいませ。