映画評「くちづけ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・堤幸彦
ネタバレあり

僕の世代の映画ファンならこの題名を見ればライザー・ミネリーを思い出すはず。本作は、それとは全く関係のない、俳優兼舞台脚本家の宅間孝行が自ら主宰する劇団の為に書き下ろした戯曲を堤幸彦が映画化したヒューマン・コメディーである。ライザーのほうはちょっと観られそうもない。

かつて人気漫画を描いた竹中直人が、妻亡き後一人で世話してきた知的障害者の娘・貫地谷しほりを連れ、娘と同類の人々が集団生活をするグループホーム【ひまわり荘】にやって来て、住み込み介護士として働くことにする。環境としては理想的であるが、間もなく肝臓がんを発病した為娘をごく一般の施設に預けるが、父親の許を離れたがらない娘を浮浪者や犯罪者にさせたくないと、ある夜自らの手で彼女の命を絶つ、というのがメイン・ストーリー。

訳ありで普段は男性を怖がる娘が、妹・田畑智子が来てくれないとひどく拗ねる宅間孝行を恐れず、この二人が子供のように“結婚話”を語り計画を立てる微笑ましい場面のうちに、この悲しい親娘の物語が深く静かに進行(潜航ではないですぞ)していく。

“知的障害者に犯罪者が多いのは事実かもしれないが、警察が知的障害者を犯人に仕立てている部分も少なくないのではないか”といった社会派的な面が出ている部分もあるものの、基本的には知的障害者を持つ肉親の、特に後見人たる自分が先に死ぬと確信した時の子供の将来への筆舌に尽くしがたい不安――かくも人間的な感情の奔出――がテーマであろう。
 そして、知的障害者の後半生の問題を具体的に扱いつつ、もし一般的な親子への言及が出来ているとすればこれはなかなか大した作品である。ホームの経営者夫婦(平田満、麻生祐未)と娘・橋本愛との関係にそこまで至る要素が内包されていないので映画からそれを直接感じ取るのは無理であるが、観客の中には特殊性を普遍的な物語に昇華して観られる方もいらっしゃるだろう。
 個人的に、僕は老いて認知症になったり、寝たきりにならないように願っている。その前に出来れば死んで家族・親族に迷惑を掛けないようにしたい。

映画としては舞台臭の強さが些か気になり、また、知的障害者の言動を笑ったものかどうかという微妙な部分があって少しすっきりしない。ただ、知的障害者の本質的な奇妙な言動の中に、人間風刺として見事に的を射た言葉を上手く織り交ぜて笑わせるのは、その舞台的である部分が生きている。

舞台臭に関しては後半大分改善される。愁嘆場では親娘をミケランジェロ・アントニオーニみたいにカメラをぐるぐる回して撮るなど映画的な感覚が増してくるし、最後のタイトルバックにおける空撮もなかなか良い。

本作の舞台は埼玉県北部の本庄市だから、隣接するわが群馬南部と共通する言葉遣いが多く出てきて親しみやすい。「~だいね」「~たいね」はこの辺の人は本当に良く使う。本作で一回だけ使われる「ちっとんべぇ(少しばかり)」は三月のお彼岸で兄弟が集まった時に話題になった。僕らの世代では使う頻度が大分減っている言葉だ。
 ついでに、最後に出て来る山は僕らも赤城おろし(風)で自転車通学の時に大変お世話になった(苦労した)赤城山である。

アン・ルイスの「グッバイ・マイラブ」はシングル盤を買いましたです。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年08月03日 08:42
貫地谷しほりさんは好きな女優さんであります。
一般人でも犯人に仕立てられる時がありますから、ましてや知的障碍者に関しては何おかいわんやでありましょう。
自分の成績を上げることしか考えてない奴は多いですが・・・・
バイクで関越道を走っているときに警官に止められて「赤城おろし」が酷いので一般道を走った方がよいと教えられました。
感謝でありました。
オカピー
2014年08月03日 17:57
ねこのひげさん、こんにちは。

警官はともかく、刑事さんはそういうことになりがちでしょうかねぇ。
 大阪では、事件そのものを減らして相対的に成績を良くしていたという報道が先日ありましたね。詐欺ですよ、これ。

>赤城おろし
あれは本当に大変なんですよ。とにかく、逆風になると、自転車のペダルをこいでもこいでも進まない。父親が入院していた病院も吹きさらしで、車のドアが開けられずに苦労したことも。
 ちびまる子ちゃんの声を当てているTARAKO女史が群馬県南部の出身で、以前面白可笑しく語っていました。
 しかし、それは良い警官に当たりましたね。本当に危ないですよ。

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