映画評「殺しのナンバー」
☆☆★(5点/10点満点中)
2012年イギリス=アメリカ=ベルギー合作映画 監督カスパー・バーフォード
ネタバレあり
「007」シリーズ第一作は最初の封切時「007は殺しの番号」という邦題であった。それを知っているベテラン鑑賞者は少しニヤッとしたかもしれない。
大昔から短波を使った乱数表による暗号通信は逆探知できない為に現在でも重用されている。それを受信して活動する側に居たCIAエージェントのジョン・キューザックは、裏切った同僚暗殺のミッションでミスを犯したため、英国の辺鄙な田舎にある送信局に左遷され、暗号オペレーターの美人マリン・アッカーマンを護衛するという簡単な仕事に就く。
が、局の前で何者かに攻撃され、反撃しながら中に入ると、同僚や敵の死体に遭遇する。記録を調べるうちに13もの暗号通信が送られ、彼女に内容を分析させると全てCIA重鎮たちの暗殺であることが判明、実行に移される前に解除の暗号を送らねばならないが、敵の残りがいたり、上司からは秘密を知りすぎたオペレーターを殺す指令も入る。
「007は殺しの番号(ドクター・ノオ)」と違って漫画的なタッチではないが、一種のスパイもので、全体の三分の二くらいは二人芝居の密室ものの趣きである。その中でミステリーやサスペンスやアクションの趣向が一通り入っていながら89分しかない簡素な作り。
キューザック扮するエージェントは、表面上こそ無感動の表情を装っているが、前回のミッションで少女を助けようとしたように内心ではCIAにおける殺し屋稼業に飽き飽きしている様子。相手を務めるマリン嬢にしてもその辺りにある程度気付き、それでも疑心暗鬼の中、重傷を負った身の治療を彼に任せるしかない・・・といった心理の綾もほんの僅かに加えられている。
地味な上にお安い作品だから、中年以上のスパイ映画ファンには一見の価値があるかもしれないが、ジョン・ル・カレの滋味溢れる地味さ(洒落かい?)とも違い、かと言って「007」や「ミッション:インポッシブル」を期待されても困るので、一般ファンにはお勧めいたしかねる。
日本では劇場公開されたが、ビデオ映画だってさ。
2012年イギリス=アメリカ=ベルギー合作映画 監督カスパー・バーフォード
ネタバレあり
「007」シリーズ第一作は最初の封切時「007は殺しの番号」という邦題であった。それを知っているベテラン鑑賞者は少しニヤッとしたかもしれない。
大昔から短波を使った乱数表による暗号通信は逆探知できない為に現在でも重用されている。それを受信して活動する側に居たCIAエージェントのジョン・キューザックは、裏切った同僚暗殺のミッションでミスを犯したため、英国の辺鄙な田舎にある送信局に左遷され、暗号オペレーターの美人マリン・アッカーマンを護衛するという簡単な仕事に就く。
が、局の前で何者かに攻撃され、反撃しながら中に入ると、同僚や敵の死体に遭遇する。記録を調べるうちに13もの暗号通信が送られ、彼女に内容を分析させると全てCIA重鎮たちの暗殺であることが判明、実行に移される前に解除の暗号を送らねばならないが、敵の残りがいたり、上司からは秘密を知りすぎたオペレーターを殺す指令も入る。
「007は殺しの番号(ドクター・ノオ)」と違って漫画的なタッチではないが、一種のスパイもので、全体の三分の二くらいは二人芝居の密室ものの趣きである。その中でミステリーやサスペンスやアクションの趣向が一通り入っていながら89分しかない簡素な作り。
キューザック扮するエージェントは、表面上こそ無感動の表情を装っているが、前回のミッションで少女を助けようとしたように内心ではCIAにおける殺し屋稼業に飽き飽きしている様子。相手を務めるマリン嬢にしてもその辺りにある程度気付き、それでも疑心暗鬼の中、重傷を負った身の治療を彼に任せるしかない・・・といった心理の綾もほんの僅かに加えられている。
地味な上にお安い作品だから、中年以上のスパイ映画ファンには一見の価値があるかもしれないが、ジョン・ル・カレの滋味溢れる地味さ(洒落かい?)とも違い、かと言って「007」や「ミッション:インポッシブル」を期待されても困るので、一般ファンにはお勧めいたしかねる。
日本では劇場公開されたが、ビデオ映画だってさ。
この記事へのコメント
外交官だった人によれば、冷酷非情なのはアメリカもロシアも変わらなくて、ロシアに亡命した人も自殺に見せかけて殺されるだろうとの事でありました。
「007」などに比べればそれなりに本物っぽいですが、密室でなんたらかんたらというのは少々嘘っぽいかなあ。
>アメリカもロシアも
日本も公安が戦前の特高に先祖返りしなければ良いと思いますね。