映画評「嘆きのピエタ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2012年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり

劇映画としては「悲夢」以来4年ぶりとなるキム・ギドク監督作品。

暴利なんてものではない法外な利息で借り主を追い詰め、身体障害者になる怪我を負わせてその保険金でチャラにする悪徳金融会社の取立て屋をしているイ・ジョンジンの前に、30年前に捨てた母を名乗る中年女性チョ・ミンスが現れる。最初は大いに怪しんだ彼も懸命に母親ぶりを示す彼女の言動に遂に瓦解し、借金を抱える人々にも家族があるという思いから取立て屋としての心情にも影響を与えて取り立てをやめてしまう。
 実は彼女は開巻直後に自殺した男の母親で、肉親の前で家族を殺される苦しみを与えるという凝った復讐方法を果たすべく彼に近寄ったのである。つまり、彼女は被害者の誰かに襲われたと見せかけて彼の眼前で飛び降り自殺を果たす。既に残酷な取立て屋の心情を持っていない彼はひどく影響を受け、被害者関係者のトラックの下に身を縛り付け、自らを罰する。

不勉強で知らなかったが、“ピエタ”は、磔から降ろされたキリストを抱くマリアの像を指すという。「サマリア」でもキリスト教的知識を絡ませて絶妙な作劇をしたギドクは再びキリスト教の関連付ける作品として、取立て屋の住むアパートの前に「ハレルヤは永遠なり」というサインが見えるなど、キリスト教関連の要素を随所にちりばめる。

ヤクザが絡む場合臓器を売らせることで借金を払わせる極悪なケースもあると聞くが、本作では専ら町工場の工具を用いることによる手足の痛め付けで、これは即ちキリストの磔への言及に他ならない。息子を奪われて嘆く母親がマリア様であることは言わずもがな。しかし、これは着想におけるモチーフに留まるだろう。

ギドクらしくひねった狙いは、相手に人間らしい心を取り戻させ、しかも、半ば憐れみさえ示した上で、自らの死を以って復讐を果たす母親の執念である。日本にはここまで激情型の人間は少ないからこういうお話を着想する作家は稀だ(敢えて言えば松本清張「霧の旗」が近い)が、タッチこそ一般的な韓国スタイルとかけ離れているとは言え、ギドクもなるほど韓国人である。

リアリティがないというご意見も目にしたが、さもあろう、ギドクは誰が観ても寓話と理解できるものとは別に、「悪い男」や本作のように現実社会の一面を切り取っているように見える作品も、人間関係とその社会を描く寓話として作っている。だから、リアリティの程度を以ってギドク作品を判断するのは残念ながら甚だしい見当違いと言わねばならない。道路に血が刻み込む線の美しいことよ! 主人公の贖罪がなせる寓話的な美しさである。

「映画らしい○○」と定義も曖昧なままに僕らは良く使う。「映画らしい」とは何か? 映画でしか表現できないことの形容であろう。この作品の幕切れの美しさは正に映画でしか表現できないものだ。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年09月05日 17:30
どういう描き方をしようと、人に感動を与えることが出来ればよしとしたいであります。
一人の人間が、同じ顔をいつもしているとは限りませんからね。
この描き方もキム・ギドクの描き方なのでありましょう。
オカピー
2014年09月05日 19:46
ねこのひげさん、こんにちは。

リアリティを狙っていない作品に「リアリティがない」と言ってもねえ。
本当に馬鹿の一つ憶えです。

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