映画評「言の葉の庭」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・新海誠
ネタバレあり

6年前甥に「秒速5センチメートル」を紹介されてから新海誠監督のアニメ作品を観るようになった。

初めて観たかの作品では市井の中にあのような若者たちの感情をアニメという手段で描く理由を考究すると同時に、花鳥風月をベースにした過度とも言えるセンチメンタリズム・リリシズムから古代・中世の男女による和歌の交換に言及してみた。
 後者に関する僕の勘は外れていなかったらしい。というのも、本作は「万葉集」の【鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ】と返歌【鳴る神の 少し響みて 降らずとも 我(わ)は留まらむ  妹(いも)し留めば】の二首から本歌取りしているからである。

靴職人を目指す15歳の高校一年生・秋月孝雄(声:入野自由)は雨が降ると午前中の授業を休むという習慣を持っていて、新宿の公園にある四阿(あずまや)でデザイン画を描いて過ごすなどしている。雨の降るある日四阿に先客あり、27歳の雪野由香里(声:花澤香菜)である。梅雨の間何度か出会ううちに少年は年上の美人に恋心を覚えるが、やがて梅雨も終わりその機会が減っていく。
 夏休みが終わって学校に赴いた彼は廊下でかの美人を発見、訳ありで学校に行けなくなった古文教師ということを知る。結局彼女はこの学校を辞め、故郷に帰るという。二人は公園で雷雨に降られ、服を乾かすために彼女のアパートで過ごし、心情を交錯させる。

この監督のリリシズムは、二次元アニメの限界とも思える美しい風景の表現だけではなさそうで、二人の名前からして昔の歌人が好んだ題材からの拝借、といった具合に徹底している。

年の離れた男女の思慕という内容に関しては、彼の母親が一回り年下の彼と同棲する為に家出をしているという伏線があり、かつ、通い婚のように家に捉われない結婚観を意識させる。孝雄君の年齢は通い婚時代の平均結婚年齢くらいではないだろうか。

恐らく、新海監督が目指しているのは、(本作に限らず)日本人が古来持つ「もののあはれ」を基調とする感性を現在に再現することである。内容が余りに内向的で感傷的なので、現実主義の人には全く向かないが、僕のようにいつか「八代集(勅撰和歌集八種類))」を全部味わおうと思っている人間には否定しがたいものがある。
 但し、総合的に絶賛したくなる作品を依然作れていない。生活感情に訴えるものに欠け、まだ皮相的なのである。ただ、その皮相の部分については秀逸と言っても良いくらい。

「“言の葉”の庭」か、「言の“葉の庭”」か解らないという人がいましたが、“言の葉”で一語ですから。“言の葉”とは言葉のことだが、ここでは和歌を指していると考えたほうが良さそう。ヒロインの机の上に八代集の一つ「千載和歌集」がありました。読んでいたのは夏目漱石の「行人」。

この記事へのコメント

浅野佑都
2014年09月09日 18:22
アニメファンの間で誉れ高い作品ですよね!

最近、ぼくの行きつけのカラオケ店に、精密採点なる機械が登場・・テレビのカラオケ番組でプロ歌手が得点を競っている、あれですね。
なかでも、May.jという歌手がカラオケ女王なのですが、プロでカラオケ女王の称号ってぼくなら嬉しくないですけどね(笑)

カラオケと比べては新海監督に失礼かもしれませんが、精密描写ということでは高得点必至の「秒速5センチメートル」で感じた不満は、やはり、今回も払拭されませんでした。

原因はやはり、プロフェッサーの指摘された部分に尽きる、と思います。
件のカラオケ女王の歌う曲を、お金を出してまで聴きたいとは思わぬことに似通っている、と言っては言いすぎでしょうか・・。
オカピー
2014年09月09日 20:24
浅野佑都さん、こんにちは。

>精密採点
昔のマシーンは、バイブレーションを音程外れと判断したため、これを用いるプロ歌手のほうが点が出にくいなどといった現象もあったようですが、近年は大分改善されているようですね。
それでも、歌の上手さは採点できないと思います。確かに正確なリズム感、確かな音程、声量など大事ですけど、それが全部あっても心に残る歌になるとは限りませんよね。
冗談半分にも僕が歌手であれば出ないですね(笑)
やはり、この類は素人ならばこそでしょう。

>精密描写
そこにこそ問題が内包されているのかもしれません。
絵画とアニメ映画を比較するのもどうかと思いますが、ピカソやゴッホが評価されるのは実物と間違えそうな精度ではないですものね。
叙情的な作品が好きな僕でも新海作品ではまた強く心を打たれません。やはり登場人物の性格造形やお話など、もっと地に足が付いているように見せないと幅広い客層から高評価を得るのは難しいでしょうね。
ねこのひげ
2014年09月11日 18:04
アニメの難しいのは俳優が演じているわけではないところでしょうね。
俳優が演じると、それぞれの俳優の個性が出て同じ役でも違って見えてきますが、アニメ、特に、新海さんの場合は、ほとんど新海さん一人で作っているところがありますからね。
オカピー
2014年09月11日 18:49
ねこのひげさん、こんにちは。

チェコのアニメ監督などは伝統的に一人で何でもやる人が多いですが、日本はかなり分業制になっていますよね。その方が広い層に受け入られる可能性は多少高くなるかもしれませんね。
脚本に余り多くの人を使うと「船頭多くして船山に上る」なんてこともままありますが(笑)

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