映画評「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2012年イギリス=ドイツ=ギリシャ合作映画 監督ジム・ジャームッシュ
ネタバレあり

ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年)「ダウン・バイ・ロー」(1986年)で感嘆したジム・ジャームッシュは、前作の「リミッツ・オブ・コントロール」(2009年)から僕の理解を超える為に物語的には余り楽しめなくなった。
 特に今回は、【猫も杓子も】状態の吸血鬼がモチーフなので「ジャームッシュ、お前もか」と観る前からがっかりした。個人的な趣味はさておいて、文学・映画・音楽の細かい知識があれば楽しめる部分が少なくないものの、全体の内容として「面白い」とはやはり言いにくい。ジャンルとしては、吸血鬼は出て来ても恐怖映画ではなく、一種のファンタジーと言うべきか? 喜劇という理解でもあながち間違いではないだろう。

うらぶれたデトロイトの町に住んでいる音楽家のトム・ヒドルストン(役名アダム)は、別居している妻ティルダ・スウィントン(役名イヴ)を迎えるが、実はこの二人は吸血鬼で何百年も生きている。彼らに良い血を供給してくれるのはキットと呼ばれる老人ジョン・ハート、その正体は16世紀の有名な劇作家クリストファー・マーロウである。

僕が一番楽しんだのはこの部分で、実はシェークスピアはマーロウが代作していた、というシェークスピ別人説に則った設定が大変楽しめる。彼は恐らくシェークスピア以外にも代作をしているようで、それについては現在はロック音楽、かつてはシューベルトの代作もしたことがあるヒドルストンについても同様。
 彼らが吸血鬼として長生きをしているのは彼らが“ゾンビ”と称する人間の為に良い芸術を提供する為なのではないかと理解したくなり、それが正しいかどうかはともかく芸術観として興味深い。
 人間をゾンビと呼んでいるのはジャームッシュの、ゾンビが氾濫する映画の現状への憂いの表白だろう。

その他二人の偽名がスコット・フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」やジェームズ・ジョイス「ユリシーズ」の有名キャラクターであったり、ドクター・ファウスト(ゲーテ「ファウスト」)、ドクター・ストレンジラブ(スタンリー・キューブリック「博士の異常な愛情」、ドクター・ワトソン(「シャーロック・ホームズ」)、カリガリ博士といった文学・映画上のドクターで遊んでいる部分もあり、この辺り相当ニヤニヤして観ていた。

音楽も特に有名な曲はないが、相変らずジャームッシュのセンスは良いし、彼の部屋にある少し古いオーディオ装置が僕の目を楽しませてくれる。

しかし、ヒドルストンの便利屋的存在のアントン・イェルチンやティルダの妹ミア・ワシコウスカが絡んで展開する部分が全くピンと来ない為アウトラインが面白くなく、「リミッツ・オブ・コンロトール」ほどでないにしても独り合点と言われても仕方がないのではあるまいか。かくして、僕にはディテイルの面白味だけで終わってしまった。

芸術で遊んでいるということでは、近年のコッポラに通ずるところもあります。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年11月16日 10:48
ねこのひげもニヤッとしました。
シェークスピアは、昔から代作者がいたのではないかと言われてますね。
日本では、松本清張さんもゴーストライターがいたのではないかといわれてましたが、無名時代に書き溜めていたらしいですね。
というのは、知り合いの小説家が、デビュー当時1ヵ月に1本という驚異的スピードで長編小説を発表したので、聞いてみたら無名時代に書き溜めていたのをチョコチョコと手直しして発表したんだと言っておりましたのです。
オカピー
2014年11月16日 19:19
ねこのひげさん、こんにちは。

>松本清張さん
確かにかなり凄い量ですよね。
シェークスピアも短期間にあれだけの傑作をものしたので、哲学者のベーコンなどがグループを組んで発表していたのではないかという説も聞いたことがあります。「知っているつもり」で紹介されたのかな。

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