映画評「浮草」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1959年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり
NHK-BSで放映したのを録画して観る。本作自体は久しぶりの再鑑賞だが、ほぼ同じお話のオリジナル「浮草物語」(1934年)を10年くらい前に観たばかりなので、それほど久しぶりという気がしない。
旅役者の一座がある町を興行に訪れる。座長・中村鴈治郎はこっそり足を一軒の家に運ぶ。昔の愛人・杉村春子に生ませた息子・川口浩に会う為だ。浮草稼業故に、大学進学を目指す息子を誇りに思っているが、自分と違う人生を歩ませたいので、その事実をずっと息子には伏して伯父として交流している。
現在の愛人・京マチ子は昔の情婦がこの町に居ることに気付き、しかも息子がいると知って、妹分の若尾文子を使って彼を誘惑させる。が、二人は本気で愛し合うようになり、密かに旅に出てしまう。
これを知った座長は激怒するが、帰って来た息子の、自分を父親と知った時の反応から謙虚に反省、息子を娘に預け、寄りを戻した愛人と列車車中の人となる。
戦後の小津作品としては珍しく動的な作品で、「風の中の牝鶏」(1948年)と似た主人公による暴力場面があり、登場人物の人情が、いつもの機微という形ではなく、表立って描かれている。主人公と愛人が繰り広げる修羅場では室内なのに花が散ったりもする。劇場内なので舞台用の花と解釈できる余地を残すにしても、小津御大としては異色と言える演出である。
下層階級を描く時小津は情を前面に出すこうしたスタンスを取るような気がするが、「晩春」(1949年)など中流階級を扱う際のハイブロウな雰囲気がなくて感情移入がしやすく、小津ファン以外にも人気が高いようだ。
序盤のうちは例の如く繰り返す台詞が五月蠅く感じられるものの、次第にのめり込んで気にならなくなる。結果的に、集中できない最近の僕には珍しく一気に見てしまい、「小津はやはり上手い」と唸った。
小津唯一の大映作品で、カメラマンが名人・宮川一夫につき、いつも以上に端正な絵が楽しめる。動的な内容に対し、固定ショットのみの撮影はいつも通り静的でロー・ポジションのカメラや人物の切り返し等に特に変化はないものの、序盤一座が船(オリジナルでは列車)で町を訪れる直前のショットにハッとさせられる。船の手すりに沿って背景の灯台が右から左に移動していくのだ。船がカメラに固定されているので、固定ショットなのに移動撮影のような効果を生んでいるのである。「そんなの珍しくないじゃないの」と言う勿れ。確かに珍しくないのだが、他の監督の作品ではそれが「移動撮影のようだ」と思わせることはまずない。小津映画という固定観念を割り引いたとしても、実に美しく感じられるのである。
因みに、オリジナルで息子を演じた三井弘次(当時の名は、三井秀男)が最後に泥棒して逐電してしまう座員として出演しているのも面白い。
やはり寅さんを思い起こすよ。
1959年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり
NHK-BSで放映したのを録画して観る。本作自体は久しぶりの再鑑賞だが、ほぼ同じお話のオリジナル「浮草物語」(1934年)を10年くらい前に観たばかりなので、それほど久しぶりという気がしない。
旅役者の一座がある町を興行に訪れる。座長・中村鴈治郎はこっそり足を一軒の家に運ぶ。昔の愛人・杉村春子に生ませた息子・川口浩に会う為だ。浮草稼業故に、大学進学を目指す息子を誇りに思っているが、自分と違う人生を歩ませたいので、その事実をずっと息子には伏して伯父として交流している。
現在の愛人・京マチ子は昔の情婦がこの町に居ることに気付き、しかも息子がいると知って、妹分の若尾文子を使って彼を誘惑させる。が、二人は本気で愛し合うようになり、密かに旅に出てしまう。
これを知った座長は激怒するが、帰って来た息子の、自分を父親と知った時の反応から謙虚に反省、息子を娘に預け、寄りを戻した愛人と列車車中の人となる。
戦後の小津作品としては珍しく動的な作品で、「風の中の牝鶏」(1948年)と似た主人公による暴力場面があり、登場人物の人情が、いつもの機微という形ではなく、表立って描かれている。主人公と愛人が繰り広げる修羅場では室内なのに花が散ったりもする。劇場内なので舞台用の花と解釈できる余地を残すにしても、小津御大としては異色と言える演出である。
下層階級を描く時小津は情を前面に出すこうしたスタンスを取るような気がするが、「晩春」(1949年)など中流階級を扱う際のハイブロウな雰囲気がなくて感情移入がしやすく、小津ファン以外にも人気が高いようだ。
序盤のうちは例の如く繰り返す台詞が五月蠅く感じられるものの、次第にのめり込んで気にならなくなる。結果的に、集中できない最近の僕には珍しく一気に見てしまい、「小津はやはり上手い」と唸った。
小津唯一の大映作品で、カメラマンが名人・宮川一夫につき、いつも以上に端正な絵が楽しめる。動的な内容に対し、固定ショットのみの撮影はいつも通り静的でロー・ポジションのカメラや人物の切り返し等に特に変化はないものの、序盤一座が船(オリジナルでは列車)で町を訪れる直前のショットにハッとさせられる。船の手すりに沿って背景の灯台が右から左に移動していくのだ。船がカメラに固定されているので、固定ショットなのに移動撮影のような効果を生んでいるのである。「そんなの珍しくないじゃないの」と言う勿れ。確かに珍しくないのだが、他の監督の作品ではそれが「移動撮影のようだ」と思わせることはまずない。小津映画という固定観念を割り引いたとしても、実に美しく感じられるのである。
因みに、オリジナルで息子を演じた三井弘次(当時の名は、三井秀男)が最後に泥棒して逐電してしまう座員として出演しているのも面白い。
やはり寅さんを思い起こすよ。
この記事へのコメント
うちの親戚には、旅役者の女性とできて、いなくなった男がいるそうで、そのまま行方不明になったそうです。
戦前の話だそうですけどね。
寅さんみたいな奴だったのかな?
>うちの親戚
そういう小説みたいな人は我が家の家系にはいないようです。
残された家族には不幸ですが、傍から見れば面白そう。
>寅さん
デラシネの悲しさを寅さんは痛感していました。本作の座長は寅さんよりは幸せだけれど、浮草稼業の悲しさを知っているという意味では共通していましたなあ。
また、季節は夏という設定でしょうか?人々が暑そうに団扇で扇ぐ場面も多いです。
>帰って来た息子の、自分を父親と知った時の反応
息子に押し倒されて、厳しい事も言われる。ショックを受ける父親。
その後愛人と寄りを戻す。
泣き笑いと言った感じで良かったです。
>安倍政権以降、権力者絡みの場合どうも忖度していそうな判断が多い気がします。
所詮世の中はそんなもんかと・・・・お決まりの結論になってしまいますね。
>この映画を見た時、いろいろな景色がきれいだと思いました。
小津御大はカラーも良い、という印象があります。
モノクロ時代から撮っている監督は、モノクロの方が良いという印象を残すのですが、小津御大はちと違う。
>泣き笑いと言った感じで良かったです。
こういうところが、山田洋次(とりわけ「男はつらいよ」シリーズ)に引き継がれたんでしょうねえ。
寅さんも笑いのうちに悲哀を感じるところがあり、悲哀のうちに笑いを滲ませる。
>所詮世の中はそんなもんかと・・・・お決まりの結論になってしまいますね。
繰り返しになりますが、かつては、田中角栄も金丸信も逮捕された。あの時代の検察官なら(そこまで大きな犯罪ではないですが)きっと安部氏を起訴していますよ。
>小津御大はカラーも良い、という印象があります。
画面からも夏の暑さが伝わる。そして登場人物たちがビールや酒を飲む。美味しそう。それもまた映像の魅力です。
>寅さんも笑いのうちに悲哀を感じるところがあり、悲哀のうちに笑いを滲ませる。
寅さんが周りに気を遣っているのか?ないのか?それがわからないところがいいです。
>田中角栄も金丸信も逮捕された。
当時の検察官は強かったのでしょうか?そして三権分立がはっきりしていたんですか?
>寅さんが周りに気を遣っているのか?ないのか?それがわからないところがいいです。
初期の寅次郎は、周りに気を遣うことを知らない人でした。但し、この時代も他人には優しかった。
やがて、気を遣わないようでいるという意味で気を遣っている雰囲気が出て来ましたね。同時代的に、大人になった寅さんはつまらないなどと生意気なことを言いましたが、僕自身が壮年になると、彼の心境が解り過ぎて、寅さんのどの場面にも涙を禁じ得ない。
>当時の検察官は強かったのでしょうか?そして三権分立がはっきりしていたんですか?
検察官は強かったでしょう。
日本は昔から司法特に最高裁が政治に対して遠慮しているところが多いのですが、明らかな犯罪に対しては、検査も司法もきちんとしていましたがねえ。
バブルが弾けて日本の官憲が馬鹿になりました(その前から人口対策などでは愚作ばかり採っていましたが)。すぐに結果が出るようなことばかり求めるので、人文系や基礎科学を冷淡に扱う。企業も新しいシステム導入に逡巡する。給料が上がらないから人材が外国に逃げる。これが続けば、日本は益々沈没ですよ。
>僕自身が壮年になると、彼の心境が解り過ぎて、寅さんのどの場面にも涙を禁じ得ない。
ある程度の年齢になるとわかる事ってたくさんありますよね。
>明らかな犯罪に対しては、検査も司法もきちんとしていましたがねえ。
その頃の日本に戻って欲しいです。
>これが続けば、日本は益々沈没ですよ。
見通しが暗いです。
>北朝鮮が短距離弾道ミサイル
二つのテレビ局のニュースを見ました。一方が6発。他方が8発。それを見るだけでもテレビ局によってズレがあるのかなと思いました。
>「武器よさらば」を見ました。
>双葉師匠が厳しい評価をしていました。
どれどれ・・・と読んでみました。
昨日「スタンレー探検記」という古い映画を観て、僕が監督のヘンリー・キングについて書いたのとほぼ同じような論点で非難していますね。僕は、戦前の「スタンレー探検記」では通用したキングの感覚が、戦後古臭くなってまるで通じなくなったと書いたんですよ。
師匠は戦前の「戦場よさらば」にいたく感動して、比較して仰っているのが伺われますが、純粋に出来栄えの差だけではなく、その中には二十数年という月日がもたらす鑑賞者の意識の変化にも思いが行っているわけですね。
まあ僕は甘いので、ヘミングウェイの中では一番大衆的であろう「武器よさらば」そのものが好きな為、★一つ余分に進呈しますが(笑)
>>明らかな犯罪に対しては、検査も司法もきちんとしていましたがねえ。
>その頃の日本に戻って欲しいです。
上の拙文で、“検査”は“検察”の間違いでした。お解りでしたでしょうが、すみません。
当時今より良くない点もありましたが、民主主義という点では今より健全だったでしょう。
今、日本に限らず、少し振り子が揺り戻されていますね。安倍的保守派は明治時代に戻ろうとしていますし、プーチンはソ連どころかロシア帝国に戻ろうとしています。
>二つのテレビ局のニュースを見ました。一方が6発。他方が8発。それを見るだけでもテレビ局によってズレがあるのかなと思いました。
まあ、メディアの考えや感じ方も一定ではないということですね。
先月の「朝まで生テレビ」では若い識者を囲んで今後の日本について議論する内容でした。メディア論も少しだけ展開されていましたが、トランプや安倍元首相などとは違う論点での、マスメディア批判が多かったですね。結局、(安倍氏が思うほどTVはリベラルではなく)結局権力の味方になっている、と。僕も一定程度これには納得するところがあり、その意味では安倍シンパが“マスメディアは反日(非国民)的だ”と言うのは大嘘という理解ができましょう。
でも、赤狩りにおける彼の行動と彼が生み出した作品とは別物なんですよね・・・。僕も相変わらず素人レベルです。
>二十数年という月日がもたらす鑑賞者の意識の変化にも思いが行っている
年月がたつと映画作りにも変化や評価の差が出てくるのでしょう。
>★一つ余分に進呈しますが(笑)
カザン監督が喜びますよ!
>上の拙文で、“検査”は“検察”の間違いでした。お解りでしたでしょうが、すみません。
気づきませんでした。すみません。
>少し振り子が揺り戻されていますね。
何でもかんでも自由が良いとは思えません。
>その意味では安倍シンパが“マスメディアは反日(非国民)的だ”と言うのは大嘘
広告料を頂くのが一番大事という事なんですか?
>赤狩りにおける彼の行動と彼が生み出した作品とは別物なんですよね
僕も勉強不足で、その問題は今世紀に入って他人(ひと)に教えられたのですが、いずれにしても、僕はその立場ですね。極端な話、人殺しでも作品の価値に影響されない。
最近、東京新聞でそういう考えに批判的なコラムが目立って、本ブログで軽く反論していますが。特に、MeTooに関しては、他の問題以上にセンシティヴであるという気がします。その伝で行くと、ウッディー・アレンも危なく、下手すると観られなくなる。それはまずいですよ。
>広告料を頂くのが一番大事という事なんですか?
まあNHKはネトウヨ(事実上の安部支持者、嫌韓・嫌中)に反日的と言われ、その背景に、中国だか韓国だかの絡みがあるなどと、私立の大学の学長までも言っていますが、主だったものをちょいと調べてみましたが、牽強付会も甚だしいですよ。池上彰氏も馬鹿らしいと一蹴していますね。
まして、東京新聞の読者などは、NHKは自民党政権寄りと言う人が多い。どっちが本当なの、という感じです。
実際のところ、右のものを左とは言えないと言った前の会長の時からNHKのニュースはちと偏ったようです。例えば、毎年恒例だった終戦記念日の天皇陛下(現上皇)の御発言で、一番大事である筈の平和尊重の部分を(当時日米安保強化に邁進する安倍政権に忖度して)カットした、と言われていますから。僕はそのニュースを観ていませんが、複数のメディアが伝えているので事実でしょう。