映画評「くじけないで」

☆☆★(5点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・深川栄洋
ネタバレあり

92歳の時に詩作を始めて2013年に101歳で亡くなった女流詩人・柴田トヨさんの伝記映画である。ミリオンセラーになった第一詩集「くじけないで」をモチーフに深川栄洋が脚本を書きおろし、映画化している。

夫を失ったトヨ(八千草薫)は緑内障を患ってひどく落ち込む。それを観た息子の健一(武田鉄矢)は老けこむのを防ごうと詩を書くよう提案する。彼が子供の頃から貰っていたささやかな教訓的メモを応用すれば出来るのではないかと思ったのである。
 妻(伊藤蘭)に働かせ自分は競輪三昧の日々を送るダメ息子のせめてもの思いにじーんとさせられる。実は母と子の関係を綴る内容である本作最初のハイライトと言うべし。実際彼の発案により21世紀最初の庶民的詩人が誕生したのだから、そう言って間違いないだろう。

お話は、詩作をする際にトヨの脳裏を横切る過去の出来事がどんどん昔に遡る形で、家運が傾いて奉公に出された少女時代のお話から、空襲の時に知り合った夫との出会い、健一の少年時代、彼が恋人即ち現在の妻を連れて来た時のことなどが紹介される。

映画としては平凡であると思う。奉公時代は「おしん」もどき、トヨが若い日の人々を幻影するのは「ペコロスの母に会いに行く」と同趣向で、余り新味がない。過去と現在との往来もスムーズに行われているとは言い難く、ここに工夫があればもっと映画的に楽しめる作品になっただろう。

ただ、母と息子との関係をじっくり描いた内容には、自分を観るような思いに至らせるものがある。高い普遍性がある。健一は平均より出来の悪い息子かもしれないが、自分は彼に優っていると胸を張れる人が世の中にどれ程いよう?
 僕にしても、会社を辞めて、母親に心配をかけた。母が死んだ後誰にも迷惑を掛けていないと思っていた映画鑑賞という趣味が母親を困らせた部分があることにも思いが至った。健一は僕そのものではないか。死んだ後片づけをしていた時に母親が短歌を作っていたことを知った。トヨさんのように出版できるようなものではなかったが、僕の文学好きは母親譲りであると感じた。母も奉公し、空襲に遭っている。

だから、映画として平凡であるとしても、涙を流させる箇所は幾つもある。彼が母親に詩を作れと言った息子としての思い、詩集を自主出版させたことは正に親孝行であり、親孝行ができなかったと思う僕の胸をひどく熱くして已まないのである。

天国の母は失敗続きの僕に「くじけないで」と言っているであろうか?

この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年01月12日 17:52
これは原作も読みましたが・・・読んだみんながくじけないでとみんなが励まされた事でしょう。
人生、失敗はつきものです。
ふんぞり返っている奴らは、失敗を忘れているだけで、そういう奴らはいずれまた失敗するのでありますよ。
オカピー
2015年01月12日 19:22
ねこのひげさん、こんにちは。

>原作
図書館でチェックしましたら、何冊もあるのに皆貸出中でしたねえ。特に映画化された原作は借りにくい。僕は古いのが中心ですから余り関係ないですが(笑)

>失敗
失敗を忘れず、しかし、もう少しスケールの大きい人間になりたいとは思いますです。

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