映画評「グランド・ブダペスト・ホテル」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年イギリス=ドイツ=アメリカ合作映画 監督ウェス・アンダースン
ネタバレあり
僕はリアリズム至上主義ではなく「映画は上手く嘘をついてなんぼ」と思っている一方、嘘を嘘っぽく作る作風も余り好きではない。だからティム・バートンや本作の評判が誠に良いウェス・アンダースンはどうもダメである。彼らのような作風或いは作品世界(最近この意味で“世界観”を使う人が圧倒的に増えているが、本来の哲学的意味とは全く違うので僕は使わない)はアニメ向きで、現にアンダースンで一番僕が高く評価しているのは「ファンタスティックMr.FOX」というアニメだ。
さて、本作は四つの時代で構成されている。
“現在”では、文学少女が或る国民的作家の墓参をする。
1985年その作家トム・ウィルキンスンが、1968年に(この時代の作家にはジュード・ローが扮している)神経衰弱を直しに訪れた観光地にある廃墟同然の“グランド・ブダペスト・ホテル”で、謎めいたホテルの現オーナー、F・マーレイ・エイブラハムと会話した内容を回想する。
1968年アジア系の老オーナーは、1932年彼をベルボーイとして雇い息子のように迎えてくれたホテルのコンシェルジュ、レイフ・ファインズとの冒険を語り始める。即ち、
ホテルの上得意客である富豪婦人ティルダ・スウィントンが亡くなり、その遺言によりファインズに高額な絵画が譲渡されるが、遺言が確定される前に息子エイドリアン・ブロディに排除されそうになったので、絵を盗んでとんずら。ところが、ティルダの死が殺人と判明し、その犯人としてファインズが逮捕される。彼はこんなところで朽ちてはいかんと囚人仲間と脱走を図り、遺産相続に不都合な人物を殺し屋ウィレム・デフォーを使って次々と殺害するブロディを向こうに回し、弟子たるベルボーイ(若き日は新人トニー・レヴォロリ)と共に、冒険を繰り広げる。
表面的にはなかなか痛快なお話になっているが、メランコリックな気分が沈潜しているように感じられる。その理由は着想元にあるようである。
歴史小説で名高いオーストリア=ハンガリー二重帝国出身のシュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされたとクレジットされているように、ツヴァイク自身がウィルキンスン/ロー扮する国民的作家のモデルらしい。そして、史実としてヨーロピアンたらんとしたユダヤ人のツヴァイクはコスモポリタン的理想と現実のギャップに苦しみ、新天地たる移住先の南米で第二次大戦中に自殺している。従って、僕は、この作品の中心となる冒険談はナチスが生み出した現実の様々な悲劇が投影されていると理解するのである。
ところで、この作品の基本となる1932年の謎は全て解決し、アジアの恵まれない少年が大富豪になる理由も問題なく説明されているわけだが、実はその枠外に大きな疑問が残されている。つまり、エイブラハムが本当にあのベルボーイと同一人物なのか・・・ということである。
冷静にご覧になった方ならこの疑問がお分かりになる筈で、1968-1932=36ということを考えるとどうも少年と老人は年齢が二十歳ほど合わない。人種的には合っているが、エイブラハム扮する老紳士はどう見ても計算が示す50代半ばには見えない。本当に死んだのはコンシェルジュだったのだろうか、という次第。
真相はかくも不明確である。アンダースンはこの実社会を全てが不確かな夢のように捉えて、作品を構築したような気がする。ツヴァイクの悲劇からかかるファンタスティックな寓話を生み出すアンダースンは正に異才と言うべきだが、やはり苦手意識は払拭できない。
"Ralph"はいつ“レイフ”になったんじゃ? 僕らが“ラルフ・リチャードスン”と言っていたかの名優も”レイフ”と言わなければならんのかのお。辞書に当たったら、両方とも正解でした。
2013年イギリス=ドイツ=アメリカ合作映画 監督ウェス・アンダースン
ネタバレあり
僕はリアリズム至上主義ではなく「映画は上手く嘘をついてなんぼ」と思っている一方、嘘を嘘っぽく作る作風も余り好きではない。だからティム・バートンや本作の評判が誠に良いウェス・アンダースンはどうもダメである。彼らのような作風或いは作品世界(最近この意味で“世界観”を使う人が圧倒的に増えているが、本来の哲学的意味とは全く違うので僕は使わない)はアニメ向きで、現にアンダースンで一番僕が高く評価しているのは「ファンタスティックMr.FOX」というアニメだ。
さて、本作は四つの時代で構成されている。
“現在”では、文学少女が或る国民的作家の墓参をする。
1985年その作家トム・ウィルキンスンが、1968年に(この時代の作家にはジュード・ローが扮している)神経衰弱を直しに訪れた観光地にある廃墟同然の“グランド・ブダペスト・ホテル”で、謎めいたホテルの現オーナー、F・マーレイ・エイブラハムと会話した内容を回想する。
1968年アジア系の老オーナーは、1932年彼をベルボーイとして雇い息子のように迎えてくれたホテルのコンシェルジュ、レイフ・ファインズとの冒険を語り始める。即ち、
ホテルの上得意客である富豪婦人ティルダ・スウィントンが亡くなり、その遺言によりファインズに高額な絵画が譲渡されるが、遺言が確定される前に息子エイドリアン・ブロディに排除されそうになったので、絵を盗んでとんずら。ところが、ティルダの死が殺人と判明し、その犯人としてファインズが逮捕される。彼はこんなところで朽ちてはいかんと囚人仲間と脱走を図り、遺産相続に不都合な人物を殺し屋ウィレム・デフォーを使って次々と殺害するブロディを向こうに回し、弟子たるベルボーイ(若き日は新人トニー・レヴォロリ)と共に、冒険を繰り広げる。
表面的にはなかなか痛快なお話になっているが、メランコリックな気分が沈潜しているように感じられる。その理由は着想元にあるようである。
歴史小説で名高いオーストリア=ハンガリー二重帝国出身のシュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされたとクレジットされているように、ツヴァイク自身がウィルキンスン/ロー扮する国民的作家のモデルらしい。そして、史実としてヨーロピアンたらんとしたユダヤ人のツヴァイクはコスモポリタン的理想と現実のギャップに苦しみ、新天地たる移住先の南米で第二次大戦中に自殺している。従って、僕は、この作品の中心となる冒険談はナチスが生み出した現実の様々な悲劇が投影されていると理解するのである。
ところで、この作品の基本となる1932年の謎は全て解決し、アジアの恵まれない少年が大富豪になる理由も問題なく説明されているわけだが、実はその枠外に大きな疑問が残されている。つまり、エイブラハムが本当にあのベルボーイと同一人物なのか・・・ということである。
冷静にご覧になった方ならこの疑問がお分かりになる筈で、1968-1932=36ということを考えるとどうも少年と老人は年齢が二十歳ほど合わない。人種的には合っているが、エイブラハム扮する老紳士はどう見ても計算が示す50代半ばには見えない。本当に死んだのはコンシェルジュだったのだろうか、という次第。
真相はかくも不明確である。アンダースンはこの実社会を全てが不確かな夢のように捉えて、作品を構築したような気がする。ツヴァイクの悲劇からかかるファンタスティックな寓話を生み出すアンダースンは正に異才と言うべきだが、やはり苦手意識は払拭できない。
"Ralph"はいつ“レイフ”になったんじゃ? 僕らが“ラルフ・リチャードスン”と言っていたかの名優も”レイフ”と言わなければならんのかのお。辞書に当たったら、両方とも正解でした。
この記事へのコメント
アメリカ人に聞いたら、どちらでもいいよと言われた。
痛快に行ったらもっと面白かったんではないかと・・・・
早朝やっておりました『弾丸を噛め』は面白かったでありますね。
ジーン・ハックマン、キャンデス・バーゲン、ジェームス・コバーン・・・
懐かしい顔ぶれでありました。
>発音
日本では発音が同じでも漢字が違うことが多いわけですが、僅かな違いとは言え、発音が違うのも何だか嫌でしょうねえ。
>『弾丸を噛め』
僕の少年時代のスターたちですね。
キャンディス・バーゲンは比較的最近まで拝見することがありました。相変わらず綺麗ではありましたが、少し雰囲気が変わっていてキャスト表を見て「おっ」ということが何度かありました。
フェー・ダナウェーも突然変わりました。化粧を変えたんでしょうね。