映画評「チョコレートドーナツ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2012年アメリカ映画 監督トラヴィス・ファイン
ネタバレあり

原題"Any Day Now"を見て、ボブ・ディランが作ってザ・バンドが名盤「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」の最後で披露した"I Shall Be Released"を思い出した。Any Day の後に Now が付くのが特徴的な歌詞であったからだが、果たして本作の幕切れで主人公がこの曲を歌うのであった。

1979年(本作において年代は非常に大事)、ゲイバーでショーを披露するアラン・カミングは客として来ていた検事ギャレット・ディラハントと同性愛の関係を結ぶ一方、隣室に住む女性が麻薬使用の容疑で逮捕され残されたダウン症の息子アイザック・レイヴァ君を何とかしなければならないと奔走、ディラハントの検事としての知識に与って、服役中の女性から監護権を認めて貰うと、同棲を始めた二人が養育に勤しむ。
 が、ディラハントを同性愛者と見た上司が画策して二人が親失格とされた為少年は施設をたらいまわしにされ、監護権を巡る二人の裁判も敗訴や棄却の憂き目に遭う。監護権奪回と引き換えに出所した母親に冷遇された少年は町を彷徨した挙句に死んでしまう。

世界的に性的マイノリティへの偏見は急激に解消され、欧米では同性で結婚できる国や州も出てきているが、そのアメリカでは1980年頃はまだこんな偏見が大道を闊歩していたのである。欧米では戦前まで同性愛者は犯罪者扱いであり、時代によっては死刑になったり、オスカー・ワイルドのように服役する羽目になったりした。

女性判事は二人の親としての努力を認めながらも世間的しがらみに縛られてそれ以上踏み込めない。検事の上司に至っては人間として言語道断で、親としての自覚に欠ける女性を出所させてまで二人の情愛を破壊し、結果として少年を死に至らしめる。未必の故意と言っても良いくらいだ。
 ディラハントは少年の死に関する小さな記事を関係した人々に送る。かつての上司はこの記事をどんな気持ちで読んだか。

日本初紹介となる俳優出身の監督トラヴィス・ファインの進行ぶりは素朴であるが、内容をぐっと絞って98分という短い尺としている。それが情緒性に富む本作の感情面を上手く浮かび上がらせたことから、本国より情緒的映画に弱い日本人に受けたのである。「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」の一曲目は「怒りの涙」Tears of Rage・・・本作の感想はそれに尽きる。

一部保守の(弱者やマイノリティに関する)権利嫌いには非常に困ったものだ。いつか自分が弱者になるかもしれないなどとは想像できないのだな。利己的な中学生が加えるホームレスへの暴力と何ら変わらない。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年07月26日 11:19
同性愛というだけで殺すという感覚は日本人にはよくわかりませんですね。
織田信長などの戦国武将たちは両刀使いでしたからね。
オカピー
2015年07月26日 19:27
ねこのひげさん、こんにちは。

この間、姉貴の次のように、言ったことがありました。

「日本は同性愛天国で、僧侶・尼僧・武士などやりまくり。井原西鶴は『男色大鑑』で『同性愛(男色)のほうが異性愛より純粋で素晴らしい』旨述べているくらい。明治時代になって、欧米からそうした同性愛タブーの観念が入ったのだろう」

それでも、おかまちゃんがTVに堂々と出られるのは逆にアメリカでは考えにくいので、そういう伝統が残っているのかもしれませんね。

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