映画評「蜩ノ記」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2014年日本映画 監督・小泉堯史
ネタバレあり

「雨あがる」(1999年)で極めて印象深いデビューを飾った小泉堯史が、葉室麟の時代小説を映画化した時代劇である。

城内で刃傷沙汰を起こした若き文官侍・岡田准一が、7年前に城主の側室・寺島しのぶと密通事件を起こしたかどで死罪(切腹)と決まり、10年の猶予を与えられて蟄居を強いられた元郡奉行・役所広司の動向を探る役目を家老(串田和美)から仰せつかる。彼が亡き城主の遺志で綴っている家譜の清書を手伝うという名目である。
 しかし、近くの和尚(井川比佐志)や、仏門に入った側室の話を聞いた岡田は、密通事件は事実無根で、彼が城主の跡取りをめぐるお家騒動を治めるために犠牲になろうとしていることを知り、娘・堀北真希と息子・吉田春登を立派に育て上げている役所自身の人柄にも惹かれ彼に傾いていく。
 そんな折、家老が目の上のこぶである役所を処分したい思いが先走って、村民の子供を拷問死させる事件が起きる。これに激怒した子供の親友たる春登君が岡田の協力を得て家老に暴力をふるうが、役所が巧みな対応で釈放させ、家譜を完成させた後切腹することになる。

「雨あがる」から15年にして五本目という寡作の作家である小泉監督は、極めて誠実にけれん味なく、侍の気高き精神を描き上げて静かな感動を呼ぶ(しかし、彼自身がさほど不満なく果てたとしても、僕は大いに不満である。不条理である。映画鑑賞上の感動とは別の感情が湧き上がるのである)。
 気高き主人公と対照的な家老の低俗な官僚根性には、官僚が跋扈する現在の社会と通底する怒りを感じると同時に、藩を支える土台として犠牲になっていった人々のことを思い、封建制度の不条理に切なくなるものを覚える。小泉監督が最後まで折り目正しく描写を積み重ねてきた結果が、鑑賞者をしてそういう印象をも持たせるのであろう。

文官侍が探偵役のようになっているのが、真面目一本の映画に少し華美さを与えていて効果的。最近は戦争映画でも時代劇でもこうしたミステリー仕立てで効果を上げる作品が増えている。そもそも回想形式にはそういう要素を内包しているのであり、他人が見聞きすることで強調されるわけである。余り安易に使われるのもどうかと思うが、悪い傾向ではない。

役所、岡田を始め俳優陣は総じて好調。しかし、家老はもう少し知名度の高い重量級の俳優を起用してほしかったし、回想場面に出てくる亡き城主の三船史郎は相変わらず上手くない。

封建制度に関し、「忠臣蔵」では感動し、「武士道残酷物語」では義憤を感じる。矛盾するが、これが偏っていない日本人の見方ではないかい?

この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年08月09日 18:48
この映画の原作は映画化される前に読んでおりました。
武士とは大義のために死ぬことと見つけたりというところでしょうか。
日本人の根幹に流れているものかもしれません。
大勢を救うための自己犠牲・・・・いやですけどね・・・・
徳川幕府の元270年。戦後70年。一度も戦争がなかったのもそのせいかもね。
オカピー
2015年08月09日 20:44
ねこのひげさん、こんにちは。

江戸時代に日本の庶民がお上を恐れるDNAが形成されたと聞いたことがあります。
僕は、個人主義と標榜していますが、だからこそお上は怖くて、3年前に病気になりました。

今日の新聞にありましたが、ドナルド・キーン氏が以前調べたところ、日露戦争や日清戦争では日本人は大量に捕虜になっていたようで、どうも1930年代の軍人が「捕虜となるのは恥」という観念を国民に植え付けたらしいです。あの時代は日本書紀やら何やから色々持ち出して、悪用しましたのですなあ。
沖縄の人々もあれほど死なずに済んだろうになあ。

封建制度ではきちんとした人間ができますが、不条理な面も多い気がしますね。

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