映画評「エヴァの匂い」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1962年フランス=イタリア合作映画 監督ジョセフ・ロージー
ネタバレあり
英国の人気推理作家ジェームズ・ハドリー・チェイスのサスペンス小説「悪女イヴ」を換骨奪胎してジョセフ・ロージーが映画化したドラマ。再鑑賞。
自らの名義で発表した亡き兄の小説がベストセラーになり映画化もされて小財産を成したインチキ作家テイヴィアン(スタンリー・ベイカー)が、フランチェスカ(ヴィルナ・リージ)という若くて魅力的な婚約者がいるにも拘わらず、ヴェネツィア社交界の華エヴァ(ジャンヌ・モロー)に入れあげ、打擲され足蹴にされても追いかけまわし、その結果フランチェスカに自殺されても付きまとい、彼女から「みじめな男」と言われ実質的に破滅する。
ジャンヌ・モローは「危険な関係」(1959年)で悪女役、「突然炎のごとく」(1961年)で男性に対し超然として君臨するような役柄が定着したようで、直後に出演した本作は両方のタイプを合わせたような印象。とにかくこの映画のジャンヌは超然とした悪女ぶりが圧巻だ。
アメリカから追い出されて定住したイギリスから本作でフランスへ進出したロージーは、多分に当時流行中だったヌーヴェルヴァーグの手法を意識している。パンを多用し、音楽もミシェル・ルグランを起用してジャズを全編にちりばめているのである。その関連もあってビリー・ホリデイの歌う"Willow weep for me"が実際音として効果的に使われている。
映画版はインチキ作家が精神的に追い詰められていくサスペンス性が希薄になっている代わりに、彼のウェールズの炭鉱夫上がりという出自がかなり押し出されているが、これにより本作はD・H・ロレンス(「息子と恋人」は炭鉱夫の息子のお話、「チャタレイ夫人の恋人」は森番と貴婦人の恋愛を描く)ばりに上流階級への皮肉を浮かび上がらせようとした気がする。但し、本作のヒロインたるエヴァは出自から言えば恐らくインチキ作家と同類であり、エヴァその人は皮肉の対象ではなさそうだ。いずれにしても、ロージーは、彼の代名詞のようになっていく辛辣ぶりを発揮していると言うべし。
しかるに、本作を観て後を引くのは、上流階級の扱いより、ジャンヌ・モロー演ずるエヴァの悪女の凄みであって、狙いと結果が一致しない憾みもある。また、場面がぶつ切り的な印象のある個所が多い。相当の長尺であったオリジナルを上映に際して短尺化したという噂を信ずれば、そのツケがぎくしゃくした場面の繋ぎに現れたということになる。
今夏観た「エヴァの告白」のタイトルに既視感があるのは、本作故だ。
1962年フランス=イタリア合作映画 監督ジョセフ・ロージー
ネタバレあり
英国の人気推理作家ジェームズ・ハドリー・チェイスのサスペンス小説「悪女イヴ」を換骨奪胎してジョセフ・ロージーが映画化したドラマ。再鑑賞。
自らの名義で発表した亡き兄の小説がベストセラーになり映画化もされて小財産を成したインチキ作家テイヴィアン(スタンリー・ベイカー)が、フランチェスカ(ヴィルナ・リージ)という若くて魅力的な婚約者がいるにも拘わらず、ヴェネツィア社交界の華エヴァ(ジャンヌ・モロー)に入れあげ、打擲され足蹴にされても追いかけまわし、その結果フランチェスカに自殺されても付きまとい、彼女から「みじめな男」と言われ実質的に破滅する。
ジャンヌ・モローは「危険な関係」(1959年)で悪女役、「突然炎のごとく」(1961年)で男性に対し超然として君臨するような役柄が定着したようで、直後に出演した本作は両方のタイプを合わせたような印象。とにかくこの映画のジャンヌは超然とした悪女ぶりが圧巻だ。
アメリカから追い出されて定住したイギリスから本作でフランスへ進出したロージーは、多分に当時流行中だったヌーヴェルヴァーグの手法を意識している。パンを多用し、音楽もミシェル・ルグランを起用してジャズを全編にちりばめているのである。その関連もあってビリー・ホリデイの歌う"Willow weep for me"が実際音として効果的に使われている。
映画版はインチキ作家が精神的に追い詰められていくサスペンス性が希薄になっている代わりに、彼のウェールズの炭鉱夫上がりという出自がかなり押し出されているが、これにより本作はD・H・ロレンス(「息子と恋人」は炭鉱夫の息子のお話、「チャタレイ夫人の恋人」は森番と貴婦人の恋愛を描く)ばりに上流階級への皮肉を浮かび上がらせようとした気がする。但し、本作のヒロインたるエヴァは出自から言えば恐らくインチキ作家と同類であり、エヴァその人は皮肉の対象ではなさそうだ。いずれにしても、ロージーは、彼の代名詞のようになっていく辛辣ぶりを発揮していると言うべし。
しかるに、本作を観て後を引くのは、上流階級の扱いより、ジャンヌ・モロー演ずるエヴァの悪女の凄みであって、狙いと結果が一致しない憾みもある。また、場面がぶつ切り的な印象のある個所が多い。相当の長尺であったオリジナルを上映に際して短尺化したという噂を信ずれば、そのツケがぎくしゃくした場面の繋ぎに現れたということになる。
今夏観た「エヴァの告白」のタイトルに既視感があるのは、本作故だ。
この記事へのコメント
>ジェームズ・ハドリー・チェイスのサスペンス小説「悪女イヴ」
原作も読んでいます。正直、原作の方がすっきりとわかりやすかった。ただし、小説のほうは主人公男性の一人称語りだったので、イヴ(エヴァ)も男の目に映った印象で語られていますので、映画とは異なる趣向になりますか。
原作小説は舞台がロサンゼルスで、そのせいでドライですっきりした読後感だったのかもしれません。
ほんと、そうですね。
いかにもロージーらしい皮肉。
あのブツ切りは、何らかの効果を出すために
おやりになっているのかと思っておりました。^^;
単に美しさだけでなく「女優」を堪能するという
ジャンルがあれば真っ先に入れたいと思ったり。
「死刑台の〜」のもそうですけれど
ジャンヌ・モローとジャズ、いい感じ。^^
実は原作を読んでいないのに原作と比較するという無謀な試みをしておりますが、英国の作家なのにアメリカを舞台にした点が面白がられたということは知っております。
皮肉屋ロージーとしては、余り男性には興味がなくヒロインに専念した感じで、男性は彼女を浮かび上がらせるツールに終始した感じですよね。
>ジャンヌ・モローを観る映画
それで、悪女がお得意ジャンヌ・モローを観るような作品になったのでしょうね。
>あのあのブツ切りは、何らかの効果を出すために
僕もそういう風に考えながら観ていましたが、Allcinemaのコメントに「長尺を短くした」という旨のコメントがあって、一応納得させられたわけです。
ブツ切りでも、それほど悪くない部類のブツ切りでしたが。
>「女優」を堪能するというジャンル
正に。
大変なことになるのでやりませんが(笑)、そういうセレクションをやってみたいです^^
ファム・ファタール女優というのがあれば、彼女でしょうねえ。
少しずつ再生してきています(笑)。
想えば・・・実は4年前なんですが、オカピーさんのアルベール・ラモリスの「白い馬」の記事にコメントしようとしたんですが、突然送信不可になってしまいコメントが出来ずショックを受けていたんです。
昨年、用心棒さんのコメントで、オカピーさんも現在はSeesaaブログに移られたと連絡を受けていたんですが、更にコメントも記事アップもそこから1年、計4年も遠ざかっていたところです。ドロンも映画鑑賞も相変わらずだったんですが、どうもブログに気持ちが向かず放置したままの状態になっていました。
さて、「エヴァの匂い」ですが、ジョセフ・ロージーとアキム兄弟の確執や、この映画作りでのロージー最大の理解者ジャンヌ・モローでさえ、最後のセリフは「猫にエサをあげるのを忘れないでね」を理解することができなかったとのこと。結局「みじめな男」になってしまったとのことです。
オカピーさん、どう思われます?
わたしは悪女ものとしては、スタンバーグの「「嘆きの天使」と比較してしまいどうもスタンリーベイカーが、ラート教授ほど悲惨だと感じられなかった・・・むしろマゾヒスティックに悦んでいるような・・・。ジャンヌ・モローも、ローラより嫉妬深くて、かつスタンリーベイカーとのやりとりではどこか満足そうにも見えるんですよね。
そんな風に見ると、この二人にとても愛着が湧いてしまいます(笑)。ロージーの自伝でバイアスかかちゃったかな?(笑)
それでは、また。
>少しずつ再生してきています(笑)。
良かったです。
現在非常に多忙で、そちらにもなかなかお伺いできない状況です。
ドロンが誘因になったとは言え、アラン・ドロンの出ていない映画でトラックバック(代わりのリンク)が来るとは思っていませんでした(@_@)
>オカピーさんのアルベール・ラモリスの「白い馬」の記事にコメントしようとしたんですが、突然送信不可になってしまい
そうですか。そんなことがありましたか。
>オカピーさん、どう思われます?
9年前に観たきりですので、正確にはコメントできませんが、僕も“狙いと結果が一致しないと言っているのはその辺りでしょうか。
>スタンバーグの「「嘆きの天使」
言われてみると、構図が似ていますね。
また、オカピーさんのコメントで書き足りないことに気付いてまた記事アップしました。オカピーさんの記事も直リンしてしまいました。事後報告ですみません。
・・・本作のヒロインたるエヴァは出自から言えば恐らくインチキ作家と同類・・・おっしゃるとおりジョセフ・ロージーはまさにそう言っています。
ロージーの主題はいつも不平等による人間疎外、これもおっしゃるとおり、彼の代名詞のようになっていく辛辣ぶりを発揮・・・でしょうね。
では、また。
>事後報告ですみません。
いや、寧ろ有難いことです。
僕の文章には著作権もへったくれもないので、どんどん使ってください。
Allcinemaで名前を出さずに僕の文章に言及した人もいますし、5チャンネルで僕の名前を出した方もいました。しかも、後者は批判ではなく褒め言葉でしたから嬉しかったですね。