映画評「恐怖の報酬」(1953年版)
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1953年フランス映画 監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
ネタバレあり
1977年にリメイクもされたアンリ=ジョルジュ・クルーゾーのサスペンス映画の傑作である。スクリーンでも観たことがあり、4度目の鑑賞。
ヴェネズエラ、アメリカ資本の石油会社が幅を利かせている町。ここにはフランス、イタリア、ドイツといった国から来た食詰め者で溢れている。
そんな折原油採掘場で発生した火災を収める為に危険極まりないニトログリセリンを長距離に渡って運ぶことになり、食詰め者の中から4人の強者イヴ・モンタン(仏)、シャルル・ヴァネル(仏)、フォルコ・ルリ(伊)、ペーター・ファン・アイク(独)が選ばれ、モンタンとヴァネルを1番手、ルリとファン・アイクを2番目として出発する。
僕が今回見たのは初回公開時の130分より18分長い148分版(恐らくディレクターズ・カット版)で、130分版より人間描写に徹した前半部が短く、見どころの多い後半部が長くなっているので、大衆的には見やすい構成になっている。しかし、前半部が長い130分版とてここを冗長と言うようではお話にならない。後半のサスペンスだけを味わうだけなら、今回のバージョンでも長すぎるくらいだが、ここの人間描写があるからこそ、そのサスペンスの狭間に表れる各々の人間性の面白さが倍増するのである。
具体的には特にヴァネルが全く興味深い。彼は大立者を気取っていてピストルをも恐れない強者ながら、いざトラックに乗ってニトログリセリンを運ぶ段になると恐怖に震えて、運転するモンタンに協力もせずに逃げ出し、落ち着くと一緒に連れて行ってくれと泣きつく。生きる者は怖くないが、自分ではどうしようもない物体については恐れるしかない。ヴァネル個人というより人間心理をついて優れているが、同じことが、途中から運転に専念するモンタンより、横で見ているヴァネルのほうが恐怖に襲われる可能性が高いという部分にも表れる。人間が面白く描かれている映画と言いたい所以である。
さて、サスペンスについて。
恐らくニトログリセリンの恐怖は本作によって一般に知られたのであろうし、それを石油会社のアメリカ人ウィリアム・タップスが一滴垂らして爆発させることで、観客にその恐怖を擦り込む。今となっては定石であるが、実に鮮やかで、これにより詰め込む段で運搬人がよろけてもトラックが穴に落ち込んでも、道をふさいでいた岩を爆破した時の小片がトラックのほうに飛来してきても、ヒヤッとする。登場人物と観客の恐怖が同化して見事に手に汗を握らされる。急カーブでじかには曲がれないところでのサスペンス、原油が噴出して溜まっている窪地を通り抜ける時のスリルなど、まさに超弩級、重量級と言うしかない。
先のグループ(途中で順番が入れ替わる)が何でもないところで木っ端微塵になるというのも一種の布石となっていて、ただ一人生き残ったモンタンが迎えるユニーク千万なラストはそれを踏まえている。彼の生還を知った恋人ヴェラ・クルーゾーが喜んでワルツを踊る場面とクロス・カッティングして彼がトラックでワルツを踊り、カメラが徐々に斜めアングルになっていく(勿論不吉の暗示)のが圧巻。現在同じことをやったら笑われるかもしれませんがね。
これが本当の油断大敵。
1953年フランス映画 監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
ネタバレあり
1977年にリメイクもされたアンリ=ジョルジュ・クルーゾーのサスペンス映画の傑作である。スクリーンでも観たことがあり、4度目の鑑賞。
ヴェネズエラ、アメリカ資本の石油会社が幅を利かせている町。ここにはフランス、イタリア、ドイツといった国から来た食詰め者で溢れている。
そんな折原油採掘場で発生した火災を収める為に危険極まりないニトログリセリンを長距離に渡って運ぶことになり、食詰め者の中から4人の強者イヴ・モンタン(仏)、シャルル・ヴァネル(仏)、フォルコ・ルリ(伊)、ペーター・ファン・アイク(独)が選ばれ、モンタンとヴァネルを1番手、ルリとファン・アイクを2番目として出発する。
僕が今回見たのは初回公開時の130分より18分長い148分版(恐らくディレクターズ・カット版)で、130分版より人間描写に徹した前半部が短く、見どころの多い後半部が長くなっているので、大衆的には見やすい構成になっている。しかし、前半部が長い130分版とてここを冗長と言うようではお話にならない。後半のサスペンスだけを味わうだけなら、今回のバージョンでも長すぎるくらいだが、ここの人間描写があるからこそ、そのサスペンスの狭間に表れる各々の人間性の面白さが倍増するのである。
具体的には特にヴァネルが全く興味深い。彼は大立者を気取っていてピストルをも恐れない強者ながら、いざトラックに乗ってニトログリセリンを運ぶ段になると恐怖に震えて、運転するモンタンに協力もせずに逃げ出し、落ち着くと一緒に連れて行ってくれと泣きつく。生きる者は怖くないが、自分ではどうしようもない物体については恐れるしかない。ヴァネル個人というより人間心理をついて優れているが、同じことが、途中から運転に専念するモンタンより、横で見ているヴァネルのほうが恐怖に襲われる可能性が高いという部分にも表れる。人間が面白く描かれている映画と言いたい所以である。
さて、サスペンスについて。
恐らくニトログリセリンの恐怖は本作によって一般に知られたのであろうし、それを石油会社のアメリカ人ウィリアム・タップスが一滴垂らして爆発させることで、観客にその恐怖を擦り込む。今となっては定石であるが、実に鮮やかで、これにより詰め込む段で運搬人がよろけてもトラックが穴に落ち込んでも、道をふさいでいた岩を爆破した時の小片がトラックのほうに飛来してきても、ヒヤッとする。登場人物と観客の恐怖が同化して見事に手に汗を握らされる。急カーブでじかには曲がれないところでのサスペンス、原油が噴出して溜まっている窪地を通り抜ける時のスリルなど、まさに超弩級、重量級と言うしかない。
先のグループ(途中で順番が入れ替わる)が何でもないところで木っ端微塵になるというのも一種の布石となっていて、ただ一人生き残ったモンタンが迎えるユニーク千万なラストはそれを踏まえている。彼の生還を知った恋人ヴェラ・クルーゾーが喜んでワルツを踊る場面とクロス・カッティングして彼がトラックでワルツを踊り、カメラが徐々に斜めアングルになっていく(勿論不吉の暗示)のが圧巻。現在同じことをやったら笑われるかもしれませんがね。
これが本当の油断大敵。
この記事へのコメント
単に景気付けに選んだ「ジュラシック・ワールド」。
やはり93年「ジュラシック・パーク」に軍配、
前作は恐さの醸成が巧かったなぁと大きな劇場を後に。
恐怖の本元は結局、人間の心理の揺れ動きなので、
本作などの描き方の巧さはもうこれは恐怖表現の
教科書であり、前半部、長い長い「溜め」を観せ
続けるのも、この間の「ディア・ハンター」と
同様に優れた“起爆剤的語り”と解釈できなければ
映画の醍醐味は到底得られないでしょうね。
それにしても、本作は名作!ですね。
そしてシャルル・バネルが油だまりの中で轢かれる一連のシーンの、これでもかと云わんばかりの2段、3段構えのショック演出は恐れ入りますね。
>現在同じことをやったら笑われるかもしれませんがね。
はい、どうしてもここは緊張が切れてしまいますです。
>長い長い「溜め」
昔だっていましたが、今は、溜めを解放させて爆発させるという映画の理屈が解っていない人が多いですよねえ。
1980年頃からのハリウッド・スタイルの悪影響が出てしまっているのかもしれません。ジェットコースター・ムービーなんて言ってね。そういう意味ではスピルバーグが悪い(笑)
今だってすぐれた作品の多くはそうですが、昔の作品は本当に丹念に布石が積み重ねられていますね。安易に見せ場に入っていかない。それが良かった。
本作と「悪魔のような女」はクルーゾーの二大特大ホームランでした。
>岩をニトロで砕くシーン
画面的には一番訴求力があるかもしれませんね。確かに子供には受けそう。
僕は、トラックを方向転換させる場面でしたかねえ。今回見てもヒヤヒヤしましたが、仰る通り油だまりでヴァネルを轢くシーンも凄かったですねえ。止まりたくても止まるとにっちもさっちも行かなくなるので止まれない。痺れました。
>幕切れ
公開当時も「ちょっとやりすぎ」という評価がぼちぼちあったようです。
>蛇足
まあフランス流【塞翁が馬】ということだったのでしょうが。
彼は「送っていくよ」という誘いを断っているんですよね。